妖精の指先 その11

WEST(MTS)

※この文章は巨人が小人を様々な手段で弄ぶ表現が含まれています。
 残酷な表現等が含まれますので、18歳未満の方は読まないで下さい。

 11.古代妖精とマリク

 『七人の子供達』という魔法使いの少年少女達に出会ってから、リーズにとっては楽しい日々が続いた。
 彼らは、リーズがいつ尋ねていっても迎えてくれた。実質、彼女は8人目のメンバーだった。
 マリクは気まぐれにリーズの前に現れて、捕まえようとする彼女の手を避けて煙に巻いたし、メリアは人間の女の悪い知識を色々とリーズに伝授した。
 そういう個人的な交流も含めて、一年ほど、リーズと人間達の交流は続いた。
 その間、一番、リーズと会う機会が多かったのはフレッドだった。
 彼は頻繁にリーズの前に現れ、彼女に戦いを挑み、毎回玩具にされていた。
 その日も、彼は目の前にいる巨人の女の子に、恐れを抱く事も無く挑みかかっていた。
 二人が会うのは、いつも何も無い広い草原。
 何も無いから、妖精も人間も通らない、二人だけの世界を作れる。
 人間の魔法使いの少年と、彼を踏み潰すのに充分な体の大きさを持っている、妖精の女の子の世界だ。
 フレッドはリーズから数10メートル程、距離を取っている。
 リーズに近づくのが嫌だった。捕まって、彼女の手のひらの中に入れられたら、おしまいだからだ。
 とはいえ、数10メートルの距離というのは、リーズにとっては数歩の距離である。
 数歩、彼女が足を進める前に魔法で彼女を倒すのが理想なのだが…
 フレッドにとっては、一応、真剣勝負だ。彼は色々考える。
 「じゃ、今日も、勝負しようね!」
 リーズは陽気に言った。
 彼女にとっては、遊びである。フレッドの魔法を楽しんで、彼を捕まえて玩具にする遊び。
 …えへへ、今日は、どうやって遊ぼうかな?
 リーズは、小さなフレッドを見ているだけで楽しい。
 ともかく、フレッドはリーズに向かって魔法を放った。
 人間なら跡形も無く消し飛ぶような、閃光を伴なった魔力の塊がリーズへと向かう。
 リーズは両手をかざす様にして、自分も魔力を使って、それを受け止める。
 魔法の使い方は、やはりフレッドの方が上手だ。
 彼女は自分に襲い掛かってくるフレッド魔法を無力化する事は出来ない。
 幾らか力が弱まった、破壊の為の純粋な魔力の塊がリーズを襲った。弱まったとはいえ、相変わらず人間なら跡形も無く消し飛ぶような力だ。
 リーズは、それをまともに浴びる。
 フレッドの魔力を浴び、少し、指で弾かれたかのような痛みをリーズは感じた。
 確かに痛い。
 だが、それだけだ。例え、弱めていないままのフレッドの魔法を浴びても、痛いだろうけれど死ぬ事は無いだろう。
 リーズは構わずにフレッドに向かって足を進め、フレッドの側に、彼を踏み潰せる大きさの足を強く踏み降ろした。
 ずしん。
 と、人間が立っているには辛い振動が起こり、さすがのフレッドもバランスを崩す。
 その隙に、彼女は、あっという間にフレッドに手を伸ばし、彼の事を摘み上げた。
 これで、おしまいだ。もう、フレッドは何も出来ない。
 「えへへ、今日もあたしの勝ちだね」
 手の中に拾い上げた小さな生き物に、彼女は笑いかけた。
 胸の辺りまで彼を持ち上げ、少し、あごを上げて、上から見る目線で彼の事を見下ろした。
 「負け…だな」
 こうやって摘まれたら、どうしようもない。
 リーズの手のひらの中でフレッドは素直に負けを認めた。にこにこと勝ち誇っているリーズの笑顔が、少し憎らしい。
 憎らしいが、顔を赤くして、彼女の事を見つめてしまう。
 彼女が手のひらを軽く握れば、自分の命は消し飛んでしまうわけだが、フレッドは恐怖を感じていなかった。それは、彼が勇敢だからというより、相手がリーズだからという事の方が大きな理由だった。別に、リーズにだったら握り潰されても構わないとも思う。
 元々は、巨大な妖精達と戦う為の訓練という事でリーズに戦いを挑んでいたわけだが、1年以上も彼女と戦ううちに、段々と彼の気持ちも変わってきた。
 最初に会った時から、リーズには敵わないという気持ちを感じたが、それは、彼女に会う度に大きくなっていた。
 「もう、無駄な事はやめようよ…ね?」
 リーズは彼を摘んだまま座り込み、手のひらの上の彼を諭すように撫でた。
 フレッドは小さな部屋位の広さがあるリーズの手のひらの上に、彼女のもう一方の手の指先で押し付けられて撫でられる。人形遊びの人形のように、彼女に玩具にされる。
 「こら、馬鹿にするな…」
 そう言いつつも、いつまでも彼女の手のひらの上で玩具にされていたいという心を感じた。
 「でもさぁ、この半年位、フレッド、進歩無いよ。
  …もう、限界なんじゃない?」
 リーズは諭すように言い続ける。
 ここ半年、彼の強さがあまり変わってないような気がした。
 それまでは、物凄い勢いで強くなって、このままだと本当に負けちゃうんじゃないかと思った事もあった。期待と興味、少しの恐怖をフレッドに感じていた。
 でも、今のフレッドは、無力にリーズの手のひらに乗せられるだけで進歩が無い。
 「リーズと戦うのは…もうやめるかな」
 フレッドは小さく言った。
 少なくとも、今は何の訓練にもならない。
 「…お、おい、それはともかく、股の間を触るのはやめろ。
  全く…どこで覚えてくるんだ、そういう事を?」
 気づけば、リーズの細い指がフレッドの股の間に伸びている。彼女の指はフレッドの足よりは太いから、股の間を触られると少し怖い。
 まさか、彼は、リーズの情報源がメリアだとは思わなかった…
 「あたしも、妖精のお友達とも話してるけどね、フレッドやメリアさんに興味があるっていう子も、何人か居るよ?
  今度、話してみようよ」
 「そいつらは…人間を今までに何人、玩具にして殺してきたんだ?」
 フレッドが低い声で尋ねると、
 「だーかーらー!
  そんな事言ってたら、いつまでも仲良く出来ないでしょ?」
 リーズは彼の事を握り締めた。
 「わ、わかった。手を離せ」
 彼女に握り締められると、苦しい。
 フレッドも皮肉で言ってみただけなので、自分達話してみたいという妖精が居るなら、その過去に関わらず話したいとは思っていた。
 「うん。わかってくれたら、いいよ」
 リーズは、彼を握り締めるのをやめてあげた。
 彼女なりに、仲間の妖精達に人間について考え直すように、話をし続けていた。
 「話が出来るなら、してみたいな」
 フレッドは言った。
 彼は相変わらず強い目線、情熱が篭った目線が特徴的だったが、その雰囲気や考え方は、最初に自分に襲い掛かって来た時とは、大分違うようにリーズには思えた。
 「あと、一応言っておくが、俺は進歩をしていないわけじゃないぞ。
  …お前を相手に、本気で魔法を使う事が、もう出来ないだけだ」
 リーズから顔を背けるようにして、フレッドは言った。恥ずかしくて、彼女の顔を見て言う事が出来なかった。
 そんな彼の告白に答えるように、彼を乗せているリーズの手が握り締められた。
 「あはは、もう、何を言ってるのよ!」
 リーズは、大笑いしてしまった。
 「フレッド、優しいんだね。
  あたしの事を心配してくれるのね?
  でも、君の小さな力で、あたしがどうにかなると思うの?
  えへへ、カワイイな!」 
 にぎにぎ。
 あんまり楽しかったので、彼の事を少し強く握ってしまった。
 こんなに小さくて無力なのに、カワイイなぁ…
 嬉しくて、うっとりとした顔で、フレッドの事を玩具にした。
 「お、おい、やめろ!」
 リーズに握り潰されそうになって、フレッドが、もがいた。
 「ほら、手加減なんかしない方がいいよ?
  本気でがんばらないと…あたしに握り潰されちゃうよ?」
 にぎにぎ。
 ああ…楽しいな。
 フレッドみたいな男の子を思い通りの玩具にする事の快感に、リーズは身を任せている。
 例えば、メリアをこういう風に、手の中で握って弄ぶ事は、とても出来ない。
 でも、フレッドは、こういう風に玩具にして遊ぶのがすごく楽しい。
 …私が女の子で、メリアさんも女の子だけど、フレッドは男の子だから。
 きっと、そういう事なんだろうと、リーズは理解するようになっていた。
 「こら、いい加減にしろ!」
 そう言って口答えするフレッドの声が気持ち良い。手のひらに伝わってくる、抵抗する彼の力がとてもカワイイ。
 メリアに教えてもらった風にして、少し、股の間を撫でてやる。フレッドが本気であわてている。
 …あーあ、マリクも、こんな風に手のひらに入れて遊んでみたいな。
 フレッドを玩具にしながら、リーズは彼の兄の事を考えた。
 しばらくして、さすがに強気なフレッドも降参した頃、リーズは彼を解放して、柔らかい草原の地面に降ろしてあげた。
 「殺す気か…お前は?」
 段々、リーズの遊びがエスカレートしているような気がして、フレッドは少し怖かった。
 「えへへ、潰さないように手加減して遊ぶのって難しいけど、がんばるよ」
 ぐったりしながら呟くフレッドに、リーズは微笑んだ。
 リーズにとって、フレッドと過ごす、いつもの楽しい時間だった。フレッドにとっても、リーズと過ごせる大事な時間だった。
 「じゃあ、今度、あたしの友達を紹介してあげるね」
 「ああ、頼む…」
 フレッドはリーズに答えて、彼女に別れを告げた。いつもと変わらない、リーズの無邪気で優しい笑顔が、彼を見送る。
 彼はリーズと別れ、少し重い足取りで歩いた。
 一応、少しづつ、全てが良い方向に向かっている事は理解できる。
 先の事も全く見えず、ただ、妖精を殺す事だけ考えたいた頃よりは、自分自身に関しても、よっぽど進歩したんじゃないかとフレッドは思う。
 リーズが妖精と人間の間で架け橋になって、がんばってくれている。
 彼女のおかげで、妖精と話が出来るようになる日が、少しづつ近づいている事は確かだと思えた。
 …ただ、フレッドは、少し心配だった。
 何よりも、リーズの無邪気さが怖かった。
 リーズは優しい。人間の女でも、リーズのような優しさを持った者は滅多に居ないだろう。
 ただ、心と頭が、余りにも幼すぎるのだ。それこそ人間の子供のようだ。人間に換算すれば、10台前半位の容姿に見える彼女だが、内面的には、下手をするともっと幼いかもしれない。
 そんな彼女だが、もちろん、他の妖精同様に力を持っている。人間とは比較にならない、圧倒的な力だ。
 圧倒的な力と幼過ぎて未熟な心そのアンバランスは危険なものだとフレッドは感じている。
 彼女が、人間と妖精の架け橋という厳しい役割を演じる事が、本当に大丈夫なのかと不安だった。
 現に、リーズに頻繁に玩具として扱われていて、死の危険を感じた事も一度や二度では無かった。
 リーズは優しい。
 しかし、それだけで良いのだろうか?
 フレッドは、そんなリーズの事が少し怖かった。
 同時に、自分自身も怖かった。
 もう、リーズに本気で魔法を使って攻撃する事が出来なくなっていた。そもそも攻撃をする行為自体に、強いためらいを感じている。
 それどころか、妖精と戦う訓練という事で彼女と向かい合っていても、虫けらのように小さな自分を見下ろす彼女の笑顔や、何気ない、一つ一つの細かな仕草の全てに目を奪われてしまい、全く集中出来なかった。
 心が完全にリーズの虜になっている。
 体の大きさの違いは、全く気にならなかった。 
 もし、リーズがもっとずっと大きくて、人間の世界を指先一つで潰せる位の巨人の女の子だったとしても、逆に彼女が虫けらのように小さくて無力だったとしても、どうでも良いと思った。
 どんな姿でも大きさでも、リーズには違いない。
 そんな風に、リーズの事ばかり考えてしまう自分が、フレッドは怖かった。
 妖精達は人間を魅了する強い力を持っている。
 この、リーズを愛おしく思う気持ちは、それが原因なのだろうか?
 それとも、そういう事を抜きにした気持ちなのだろうか?
 フレッドも、リーズを子供扱い出来るほどに大人では無かった。彼は女を知らない。
 …マリクよ、たまには弟に道を教えてくれても良いんじゃないか?
 今も、リーズの顔が頭に浮かび続け、胸が苦しい。
 彼は恋という感情に悩んでいた。
 初めて感じる感情の相手が、自分を踏み潰せるサイズの女の子だという事が、さらに彼を苦しめていた。
 リーズは無邪気なもので、そんなフレッドの気持ちは全く知らなかった。
 明日も、明後日も、楽しく遊べれば良いとしか考えていなかった。
 彼女が気にしているのは、やはりマリクだった。
 …今日は、マリク、来てくれるかな?
 無秩序に突然姿を現すマリクだが、フレッドが去った後に姿を現すことが一番多かった。
 しばらく、期待しながら、リーズは草原でマリクを待つ。
 誰も通らない、寂しい草原である。
 「リーズ?
  おうちに帰らないのかい?」
 突然、リーズは少年の声を聞いた。相変わらず、彼は何の前触れも無い。
 「うん。マリクとお話したいから、待ってた」
 リーズは、黒ローブを着た小さな生き物に言いながら、捕まえてしまおうと手を伸ばした。マリクは彼女の手の間をくぐって、ふわふわと飛ぶ。
 「さっき、フレッドと約束したよ。
  今度、妖精のお友達と、フレッドやメリアさん達で会ってね、お話してみるってね」
 「お話…か。
  良い事だと思うよ。何もしないよりは、よっぽどね」
 ふむ。と頷いたマリクの笑顔が、何となく浮かないように、リーズには見えた。
 最近は、マリクの笑顔の中から感情を読み取る事が出来るようになってきたリーズである。
 「上手くいくと良いんだけどね…」
 「そうだね…」
 マリクは、深く頷いたまま空を舞い、リーズの手のひらから逃げる。
 「君は、もっと心配するといい。
  それから、悩むといいな。
  何十年か、何百年か…ね」
 「なんで?」
 いつ話しても、リーズはマリクの言う事がわからない。それでも、いつでも彼の話を聞きたくなる。マリクと一緒に居るだけで、リーズは幸せだった。
 「あはは、君は、子供過ぎるからね。
  そうだね…君は妖精だから、人間とは体の作りも心の作りも違う。
  うん、あと1000年位は悩んで苦しまないと、大人になれないと思うよ?」
 「えー、1000年も?」
 リーズは嫌そうな顔をする。
 「…そんなに経ったら、マリクもフレッドも、みんな居ないよ。
  人間って、そんなに長くは生きられないんでしょ?」
 「生きられないね。せいぜい100年位で、人間は死んでしまうよ
  …それが、まず、君が苦しまなくてはならない事の一つ。
  人間と友達になっても、みんな、君より先に死んでしまうよ?」
 マリクは、いつもの笑顔でリーズに言った。彼を追いかけ回すリーズの手が止まった。
 考えた事も無かった。
 みんな、いつかは自分より先に死んでしまう。
 「いつまでも、子供のままじゃだめだよ。それは、人間も妖精も同じ事さ。
  …リーズ。僕は、君に強くなってもらいたいと思うんだ。
  どんな人間よりも妖精よりも強く…ね?」
 「…うん」
 少し、マリクの言っている事がリーズにもわかった。
 「ねえ、考えてごらん?
  僕やフレッドや、みんなが死ぬ事を。
  …人間の友達でなくてもいいよ。妖精でもいい。
  みんな、君の前から居なくなるんだ。そういう場面を考えてみるといい。
  そうやって、君の大切な友達が居なくなる事に…君は耐えられる?」
 マリクの口調が、いつもとは違った。本当に、リーズの事を心配して、優しく諭しているようだ。
 「やだ…居なくなったら、嫌だよ…」
 リーズは、あわてて首を振った。
 「妖精と人間がどういう関係か、君も知ってるよね?
  僕達は、リーズ達の玩具さ。奴隷みたいなものだよ」
 マリクの問いに、でも、リーズは首を振った。
 「あたし、マリクやフレッドをそんな風には思ってない…」
 「でも、他の妖精は、みんなそう思っている。
  …リーズが考えているより、ずっと、大変な事だよ?人間と妖精が仲良くする事は」
 リーズは、自分の目の前を飛んでいる、虫のように小さな生き物の言葉を体中で受け止める。
 正直、遊びのように簡単に考えていた。
 「妖精と人間の間に立ち、橋渡しとなるには、君は幼すぎる…弱すぎるんだ。
  今のままでは、きっと…君は後悔する」
 マリクは、悲しそうな笑顔でリーズに言った。
 フレッドやメリア、『七人の子供達』も、みんなが思っている事だった。
 リーズは幼すぎる。
 人間と妖精が、すぐに仲良く出来るはずがない。
 妖精は人間を奴隷か食べ物としてしか考えていないし、虐げられている人間は妖精の事を強く憎んでいる。
 そんな両者の間に立てば、リーズは非常に苦しい立場になるだろう。
 「君の大事な友達同士。
  人間の友達と妖精の友達が殺しあう。
  おそらく、そういう事も起こるはずだ」
 マリクの言葉に、リーズは戸惑った。
 妖精とも人間とも友達になったリーズは、彼女なりに両者の間にある壁を感じていた。感じていたが、目を逸らしていたのだ。
 例えば、ラウミィとフレッド達が本気で殺しあう事など、見たくは無かった。多分、今戦えば、ラウミィがフレッド達をあっという間に踏み潰す事になるだろうが、どっちが勝っても同じ事だ。
 「マリク…
  あたし、どうしたらいいの?」
 リーズは、少し、真面目に向き合ってみようと思った。ただ、どうしたら良いか、わからなかった。
 マリクに頼るように、彼に手を伸ばした。
 いつものように、マリクはふわっと避ける…事は無かった。
 マリクは満面の笑みを浮かべて、リーズの手のひらに捕まえられた。これには、リーズの方が驚いた。
 1年以上の付き合いになるが、彼に触れるのは初めてだ。彼の小さな体が自分の手のひらに納まっている。
 「ふふ、僕を捕まえる事が出来たね」
 「う、うん…」
 リーズは、自分の心臓が早鐘のように激しく打っているのを感じた。
 マリクが…ずっと追いかけていた彼が、手のひらの中に居る。
 そう考えると、頭が真っ白になる思いだった。
 「それなら、僕を食べるといい。
  君は妖精として成長する為に、人間を食べる事を覚えた方がいい」
 巨人の女の子に握られても、マリクの笑顔と口調は、いつもと全く変わりは無かった。
 「な、何言ってるのよ…」
 そう答えながら、リーズは、こくんと喉をならした。食べ物を見る目で、マリクの事を見てしまった。
 人間を食べる事に興味が無いと言えば嘘になる。
 妖精の友達は、みんな人間を食べている。
 リーズ自身、人間を見ているとおいしそうに見える事もある。
 でも、可哀想だと思うから、リーズは人間を食べた事は無かった。
 「どうしても嫌なら、いいよ。
  …でも、出来れば、僕を食べて欲しいな?
  君は、妖精なんだよ?
  人間を食べる事にも耐えられないんじゃ…だめだよ」
 「で、でも…」
 リーズは戸惑う。
 彼を食べたいという気持ちは、無視できる程の小さな物だが、確かに存在した。
 こんなに優しくてカワイイ友達なんだから、食べたら、すごいおいしいんだろう。
 フレッドやメリア、大切に思っている人間達を食べてしまいたいと思う事も、何度もあった。
 それは、妖精としての自然な考え方である。
 …マリクは、そんな、あたしの心の迷いを知っているんだ。 
 「人間の味を…いつか、我慢できなくなる日が来るよ」
 マリクの言葉にリーズは首を振った。
 「…悪い事は子供のうちにやった方が良い。
  無邪気な子供の、一度だけの過ちさ。
  もちろん、今後は、絶対したらだめだよ?
  あはは、一度なら、みんな許してくれるさ」
 リーズの手の中でマリクは微笑んだ。
 そんな風に微笑まれても、リーズは困った。
 「僕は…君になら食べられても良いと思う。
  リーズ…君は誰よりも優しい。
  僕にとって、君は一番の妖精だよ」
 そうやって笑うマリクの目線に、とうとうリーズは耐えられなくなった。
 「わかった…マリクの言う通りにするね?」
 リーズは頷いた。
 …マリクの言う通りにしよう。
 何が正しいのか、わからなくなった。自分では決められなかった。
 それなら、大好きなマリクの言う通りにしてしまおう。
 マリクに魅せられ、自分が正気でない事にリーズは気づいていなかった。
 「優しく噛み砕いて…食べるんだよ?」
 「うん…」
 顔色一つ変えずに微笑むマリクを、リーズは静かに口元に運んだ。
 それは、夢にまで見た、マリクを玩具にする瞬間でもあった。
 マリクはリーズの手に握られ、ぼんやりとした表情のリーズの顔で視界が覆われるのを見た。もうすぐ、彼女の口の中に入れられるのだろう。
 …やっぱり、リーズは子供だね。自分で自分の事を決められない。
 彼は、これから、リーズに噛み殺され、食べられる事への恐怖は全く無かった。
 …仕方無いね。今のリーズには、これからの世界を背負っていく資格は無い。
 リーズが口を開いて、その中へとマリクを運ぼうとする。
 マリクは、赤くて暗い洞窟のようなリーズの口内に、白い歯が壁のように並んでいるのを見た。
 …可哀想だけど仕方無い。人間の味を経験して、楽しむといい。苦しむといい。
 彼はリーズのこれからを思って、静かに微笑んだ。
 …フレッド。後は、君次第だ。
 彼は弟の事を思って、もう少しだけ微笑んだ。
 それから、考える事をやめた。
 マリクを口の中に運んだリーズは、口を閉じた。もう、マリクも逃げる事が出来ない。
 彼を自分の体の中に閉じ込め、完全に自分の物にして、舐めまわしてみる。今までに感じた事の無い気持ちの良さを感じた。
 股の辺りがむずむずとする。
 メリアから、それがどういう事なのか聞いた事があった。
 …こんなに、気持ちいいんだ。
 大好きな人間の男の子を口の中に入れてみる事が、これ程に気持ちがよくて興奮する事だとは、リーズは思っていなかった。
 しばらく、彼を口の中で転がす。
 あのマリクが、私の物になっている。玩具になっている。
 嬉しくて、気持ち良くて我慢が出来ない。
 リーズは自分の陰部に手を伸ばして、まさぐった。
 …これが、妖精の楽しみなのね?
 結局、自分は妖精なんだ。リーズはマリクの言いたい事がわかった気がした。
 妖精は人間を食べる為に作った。
 人間は妖精に食べられる為に作られた。
 その事を、リーズは理解した。
 彼女は歯の上に乗せたマリクを、迷わず上下の歯で挟んだ。思いっきり力を込めて、彼の胴体を真ん中辺りで噛み潰す。
 マリクの肉や骨、体の中身が口の中に広がった。
 とうとう、あたしは、マリクを玩具にしている。嬉しくて、笑顔が抑えられない。
 人間を噛み潰しながら、誰も居ない草原で、妖精の女の子は1人で楽しんでいた。
 美味しいな…
 気持ちいいな…
 快感に耐えられなくなって、陰部をまさぐったまま、膝をついて座り込んだ。
 何度も、何度も、マリクの体を歯で挟んだ。
 手や足、頭を噛み潰してバラバラにする度に口の中に広がる彼の味が快感だった。
 少しづつ、バラバラになった彼を飲み込んだ。
 …これが、妖精なんだ。あたしは妖精なんだ。
 リーズは自分が妖精である事を実感した。
 やがて、彼女は自分の陰部を触りながら、恍惚の表情で息を吐いた。
 体中に力が溢れてくるのを感じた。
 …人間を食べると、こんなに元気になるのね。
 自分の中に沸いてくる力に、少し驚いた。
 口の周りが、マリクの血で真っ赤だ。
 頭の中が真っ白になって、しばらくそのまま佇む。
 どれ位、時間が経っただろうか?
 リーズは声を聞いた。
 随分と懐かしい声な気がする。
 「おい…どういう事だ!」
 憎しみと敵意、恐怖が混じった強い声だ。初めて会った時のようなフレッドの声である。
 見ると、足元で赤いローブを着た小さな生き物が何か騒いでいた。
 「マリク…とっても美味しかったよ?」
 恍惚の表情のまま、リーズは呟いた。
 その姿は、フレッドから言葉を失わせた。
 「この…化け物!」
 口元から人間の血をしたたらせて笑う巨大な女の子が、彼には化け物にしか見えなかった。
 怒りに任せてリーズに魔法を放つ。
 フレッドが、リーズに対して本気で魔法を使うのは随分久しぶりだった。
 彼の放った魔法は、リーズの頬の辺りに当たった。
 フレッドの魔法が起こした光と音の波が、辺りを騒がせた。
 それでも、丈夫な妖精の体である。人間を食べたばかりで、力がみなぎっている事もあった。
 地面に座り込んでいた巨大な妖精の頭は魔法の力で弾かれたが、首から離れる事は無かった。
 100メートル程吹き飛ばされ、リーズは地面に倒れこんだ。
 人間を食べたばかりでなければ、頭を消し飛ばされていただろう…
 フレッドは、確かに妖精と戦えるだけの力を身につけていた。
 頭が痛い。
 地面に倒されて、強い痛みを感じて、リーズは一気に正気が帰ってきた。
 顔が血まみれだ。
 自分の血と、マリクの血が混じっている。
 少し体を起こしてみると、初めて会った時のように、自分を化け物と呼ぶフレッドが居た。
 「信じてたのに…
  お前の事…好きだったのに…」
 フレッドは、自分が妖精と戦うのに充分な力を身につけた事には、何ヶ月も前に気づいていた。
 でも、リーズに会いたかった。
 大きな体で無邪気に自分を弄ぶ彼女が、それでも好きだった。だから、ずっと会いに来ていたのに…
 これは一体何なんだ?
 人間…それも一番大事な友達を喰い、自慰をしているこの女は、正真正銘の化け物じゃないか?
 フレッドは、信じていたもの全てに裏切られた思いだった。
 …殺してやる、化け物。
 息を整えながら妖精の次の動きを待つ。
 おそらく、後何度か魔法を撃ち込めば、息の根を止める事が出来るだろう。
 「あ、あたし…
  マリクが…食べてって…だから…」
 フレッドの魔法をもろに受けたリーズは、頭がふらふらして、何を言っていいかわからなかった。
 自分のやった事も理解して、頭が真っ白であった。
 「フレッド…あたし…
  もう…ごめんなさぁい!!」
 泣く事しか出来なかった。
 リーズの絶叫と泣き声で、フレッドは体がすくんだ。
 「ねぇ、マリク、何か言ってよ…
  居なくなったら嫌だよ…嫌だよぉ!!」
 もはやフレッドの事を見ていないリーズは、光で出来た翼を背中に広げると、自分の住処に向かって飛び立った。
 泣きながら帰る事しか、今の彼女には出来なかった。
 「なんだよ…
  どういう事なんだよ…」
 泣きたいのは、フレッドの方だった。
 あわてて、おろおろとしているリーズの姿は、いつもの大好きなリーズだった。
 何がどうなっているのか、わからない。
 先程、フレッドはリーズと別れて帰る途中、マリクに会った。
 『今日は、もしかしたらリーズが僕を食べるかもしれないな。
  フレッド…そうなったら、これからは、君がリーズの事を護ってあげるんだよ?』
 いつものように理不尽な笑顔で現れたマリクは、そういう風にフレッドに告げると、姿を消した。
 だから、フレッドは、大急ぎでリーズの元に帰ったのだ。
 「何があったんだよ…」
 初めてリーズにあって、玩具にされた時よりも、フレッドは自分の無力さを感じた。
 ずっと欲しかった、巨大な妖精達を倒す力を身につけた。
 でも、そんな力は何の役にも立たなかった。
 この世で一番大切に思っている相手の体と心を傷つけただけだった。
 マリクもリーズも、彼の前から姿を消した。
 「…ちくしょう、俺を無視して…何をやってるんだよ」
 たった一人、フレッドは取り残された気分だった。
 その後、リーズが『七人の子供達』の集まりを訪れる事は二度と無かった。