妖精の指先 その9

WEST

 ※この文章は巨人が小人を様々な手段で弄ぶ表現が含まれています。
  残酷な表現等が含まれますので、18歳未満の方は読まないで下さい。

9.古代妖精の思い出

 …そういえば、昔も人間に『化け物』って言われたな。
 村人に囲まれたリーズは、昔の事を考える…
 それは、リーズがファフニーと会う、1000年ほど前の話だ。
 神話の時代が終わる直前の出来事である。
 昔の事を、リーズは思い出していた。
 目の前の現実を考えたくなかった。
 …昔々、一つの村があった。
 村の人口は100人程だった。神話の時代としては、それなりに大きな村であった。村の人間達は、貧しくも静かに暮らしていた。
 ある日、妖精の女の子達が5人、光で出来た蝶のような羽根を羽ばたかせて村に遊びに来た。以前から人間の村の事が気になっていた妖精達である。
 彼女達が空から優雅に舞い降りると、人間達は地響きを聞いた。
 妖精達は、10代前半の人間の女の子に近い容姿をしているが、細身の身体と、少し尖った目と耳が特徴的であった。
 下着のように薄い布で胸と腰を覆っただけという無防備な軽装で、彼女達は人間の村に現れた。
 彼女達を見た村人は、あわてて、自分達が建てた家に逃げ帰る。
 だが、それでは、あまり逃げた事になっていない。
 彼らが逃げ込んだ家は、地面に4メートル程の足型を作り、軽やかに地響きを立てて歩く妖精達にとっては、小箱のような物であった。彼女達から身を護る術には、全くなっていない。
 「わー、人間の巣だ!」
 「すごいねー。
  私、見るの初めて!」
 身長30メートルの妖精達は、人間の村を珍しそうに見ている。中には、初めて人間の村を見る妖精も居た。
 「人間って、この小さな木の箱みたいのに住んでるのね?」
 人間の村をはじめて見る妖精達にとっては、珍しい光景だった。小さな玩具達が、木箱のような物に住んでいるらしい。
 彼女達は興味深そうに、自分の足元にある木で作られた小箱…人間達の家…を地面から引き剥がして持ち上げて、眺めたりする。
 踏んづけても壊れないのかな?
 お尻を乗せて座っても大丈夫なのかな?
 初めて見る人間の建物に、興味深々だ。
 人間の家で、色々試してみようとする。
 自分達が玩具にしようとする家の中に、人間が居るのかという事には興味は無かった。
 身長が30メートル程ある彼女達が足を降ろすと、人間達の小さな家は呆気なく潰れてしまった。
 彼女達が家の屋根の何倍も広いお尻を乗せようとすると、人間達の小さな家は、大した抵抗も無く崩れてしまう。
 「きゃ!」
 小箱に腰を下ろしてみようとした妖精が、小さな悲鳴を村中に響かせながら、地面に転んでしまった。椅子に座ろうとしたら、いきなり椅子が壊れてしまったようなものだ。
 妖精が家を押しつぶしながら地面にお尻で穴を開けると、振動で村中が揺れた。
 なんで、人間は、こんなに脆い建物に住んでるんだろう?
 妖精達は不思議に思った。もうちょっと丈夫な家に住めば良いのにと思う。
 …まあ、人間なんて虫けらみたいなもんだから、仕方無いね。
 でも、あんまり深く考えずに、納得した。
 所詮、人間は、私達が玩具として適当に作った生き物なのだ。
 妖精達は、人間について深く考えようとはしなかった。ただ、弄んでいた。
 玩具にして…
 飽きたら食べて
 それが、神話の時代の妖精と人間の関係だった。
 今日も妖精達は、人間で遊んでいる。
 巨大な女の子達の遊びの対象にされた村人が、家ごと踏み潰される前に逃げ出そうとすると、それこそ、妖精達は我先にと群がって摘み上げた。気に入ったら持って帰って玩具にするし、そうでなければ踏み潰すか食べるか、どちらかである。
 人間の村が一つ、この世から消えようとする、ありふれた神話の時代の光景であった。
 妖精達が5人居れば、人口100人程度の村なら数分で廃墟になる。だが、彼女達は特に急ぐ理由も無いので、ゆっくりと弄んでいた。むしろ、暇つぶしは長く続けたい。
 そんな村の近所では、妖精の仲間が1人、草むらに寝転んでいた。
 …あーあ、つまんないな。 
 細くて少し尖った目と耳が目立つ、一般的な妖精の顔をした女の子だ。
 彼女は他の妖精達と一緒に遊びに来たのだが、村での遊びには参加せず、1人で離れた所に居た。
 妖精にしては珍しく、小さな生き物を踏みにじったり食べたりするのが好きになれない子だった。
 なので、今日も妖精の友達の付き合いで一緒に来たものの、友達と少し離れて、こうして近くで1人でのんびりしていた。
 …あの村の小人さん達も可哀想ね。
 彼女の友達の妖精達に蹂躙されている村を他人事のように眺めた。
 小さな人間達が、彼らの創造主である妖精の女の子達に抗う術は無い。
 村に住む人間達は、皆、殺されるか、持ち帰られて舐めまわされて奴隷にされるか、どちらかだろう。少し可哀想だとは思うが、妖精の友達とケンカしてまで、止めようとも思わなかった。
 …でも、弱いもの虐めって、そんなに面白いのかな?
 彼女には妖精の間で流行っている遊びの、どこが楽しいのか、よくわからなかった。
 人間達は妖精達の玩具である。それが、この時代のルールなのだが、その妖精の女の子は、ルールに今ひとつ、馴染めないでいた。
 そういえば、人間の中にも1人だけ、そのルールを無視している人間が居た。
 マリクという不思議な人間だ。
 彼の事は妖精達の間で噂になっている。
 黒ローブを着たマリクという少年は、気ままに妖精達の前に現れ、
 『僕を捕まえたら食べてもいいよ?』
 と微笑むらしい。
 でも、妖精達が捕まえようとしてもマリクは逃げてしまう。誰もマリクを捕まえた者は居なかった。
 妖精達の間で、マリクという人間が噂になっていたから、彼女も彼の事は気になっていた。
 食べたいとは思わないけど、捕まえてみたいという気持ちはあった。
 …ま、どうでも良いけどね。
 妖精の女の子は広い草むらに寝転んで、ぼーっと空を眺めてみる。
 1人で、こうしてぼーっとしているのは嫌いではない。
 「死ね、化け物!」
 ふいに声が聞こえた。憎しみの篭った、強い声だ。
 同時に、彼女の頬に痛みが走った。
 大した痛みでは無いが、突き刺さるような痛みだった。
 妖精達の衣服を繕う魔法の針で、間違えて指先でも刺してしまった時と同じような痛みだ。
 何があったのかわからず、思わず、彼女は飛び起き、膝をついた女の子の座り方で地面に座る。
 足元に赤い小さな生き物が居るのを、彼女は見つけた。人間の少年である。先ほどから、近くを小さな人間が歩いている足音は聞こえていたが、多分、その足音の主だろう。
 真っ赤な色をした髪が綺麗だった。彼の赤い髪は妖精達の糸よりも細く、それが、肩まで伸びていた。
 彼の体を覆っている真っ赤な布は、一枚の布ですっぽりと体を覆っている。ローブと呼ばれる衣服だろう。そういうのを好んで着る人間達が居るらしい。
 だが、そんな事はどうでも良い。
 …いきなり、何なのよ?
 この人間に化け物呼ばわりされて、死ねと言われた。
 おそらく魔法を使われたのだろう。頬が痛い。小さな生き物の仕業だ。
 妖精の女の子は怒っていた。
 小さくて無力な生き物を何の理由も無く踏み潰して喜ぶ気持ちは、彼女には無い。
 ただ、自分の事を傷つけた敵を踏み潰す事に対して罪悪感を感じる気持ちも、彼女には無かった。
 「効いて…ないのか?」
 赤ローブの少年が驚愕の表情を浮かべて、目の前の妖精の女の子を見上げている。
 驚愕しながらも、その目線は敵意と情熱失っていない。ただ、自分の持っている最大の魔法を使った為、少し息が苦しかった。
 女の子は、その目線を見ていると腹が立った。
 …あたしに何の恨みがあるって言うのよ?
 すぐにでも踏み潰してしまいたい。
 だが、女の子は、にっこりと微笑んだ。
 「うん、全然効かないよ?」
 足元で驚愕の表情を浮かべている赤ローブの少年に向かって、不思議そうに首を傾げてみる。
 正直、問答無用で叩き潰したいが、じっと我慢する。
 小さな生き物を虫けらのように叩き潰すのなんて簡単な事だが、このまま殺しても、彼の目線が心に残りそうだった。
 憎しみや情熱、怒りが篭った少年の目が不快だった。
 まずは、その目の輝きを消してやらなくては気が済まない。
 この子が泣くまで、玩具にして弄んでしまおう。虫けらのように潰すのは、その後だ。
 女の子は怒りを抑えて、裏で色々と考える。それから、無気力な素振りを装って地面に寝そべってみた。
 「ねえ…君、そんな真っ赤な服なんて着て、カッコイイつもりなの?」
 頬杖をついて、聞いてみた。
 「…ちくしょう!」
 馬鹿にされている事がわかる。目の前で無防備に寝そべっている妖精の質問に答えず、赤ローブの少年は、もう一度、魔法を使った。
 彼の求めに応じて、魔力の塊が、女の子の顔の前で弾けた。
 「うふふ、小さな花火を起こす魔法ね。
  カワイイね。何かご褒美が欲しいの?」
 女の子は、おかしくて仕方無いという風を装って言った。
 …痛いよー、すごいむかつくよー。
 やはり、彼の魔法は当たると痛い。彼は妖精を傷つける力を持っているようだ。
 煮えくり返ったお腹の中は外に出さず、女の子は赤ローブの少年に微笑んでみる。
 そうやって、余裕がある所を見せて、赤ローブの少年を無力な気持ちにさせるのが目的だった。
 彼女のやせ我慢は功を奏し、赤ローブの少年は動揺していた。
 微笑んでいる女の子を見上げて、赤ローブの少年は体が震えた。自分の技が全く効いていないように見えた。
 こんなはずでは、なかった。
 目の前に居る巨人の女の子を、さらに大きな存在に感じた。
 「ねぇ、もう、おしまいなの?
  つまんないよぉ」
 甘えるような声をして女の子が体を揺らす。
 まるで大きな壁が動いているように、赤ローブの少年からは見えた。特に、胸のふくらみが揺れ動くのが、彼には気になった。化け物のような大きさだが、確かにこの生き物は女の子の形をしている。それが、彼の悔しさをさらに大きくしていた。
 …人間が妖精に抗う事は無理なのか?
 赤ローブの少年は、大きさと強さを見せつけて、自分の事を弄んでいる妖精の女の子の笑顔に、圧倒されつつあった。
 「そうやって…なぶっているつもりか?
  それなら意味は無いぞ。
  お前達が大きくて強い事なんて、最初から知っている!」
 それでも、自分の身体よりも大きな女の子の顔から目を逸らさずに強がった。
 「どういう理由で人間を作ったかも知ってる!
  でも…いつまでも…人間を玩具や虫けらだと思うなよ!」
 敵意に満ちた顔で、女の子に言った。
 ふーん、まだ、そういう目をするんだ?
 一応、彼の言い分は判る。
 確かに妖精達は人間を見ると、何も言わずに食べたり踏み潰したりするのが当たり前だ。後は、せいぜい持ち帰って玩具にする位だ。まあ、人間が怒るのも当たり前だ。
 「うふふ、人間は玩具や虫けらだよ?
  だって、君達、小さいんだもの」
 女の子は冷たく笑って言った。
 …踏み潰しちゃうのは、ちょっと可哀想かな。
 と、冷たく笑う素振りをしながらも、足元の小さな生き物の事を思う。
 自分の事を殺そうとした小さな生き物だが、言われてみれば、気持ちもわかった。とはいえ、こんな生意気な目をしている人間を簡単に許したくは無い。
 もっともっと、自分の圧倒的な力を見せつけてやろう。それで、その生意気な目を泣かせしまおう。別に弱い者いじめをするわけじゃない。悪い子におしおきをしてやるんだ。
 そう考えた女の子は、赤ローブの少年に手を伸ばした。
 彼は自分の体の何十倍もある妖精の女の子を傷つける力を持っていたが、体の大きさは、妖精の女の子の人差し指と同じ位だった。
 だから、女の子が彼を捕まえる気になると、簡単に彼女の手の中に包まれてしまった。
 …うふふ、呆気ないわね。
 女の子は、少し楽しかった。
 逃げ回る小さな生き物を踏み潰すのは、あんまり面白いとは思わない。でも、こういう生意気な子を玩具にするのは楽しいかもしれない。彼女は新しい遊びを覚えつつあった。
 完全に手の中に包んでしまうと、顔を見ながら話が出来ないので、首だけは手の中から出してあげた。
 「ほら?
  もう抵抗できないでしょ?」
 勝ち誇った笑みを、自分の手の中から顔だけ出している赤ローブの少年に見せた。
 彼は、こんな風に手の中に握られてしまっては、気持ちが集中できないから魔法も使えない。もちろん、巨大な女の子が握った手の中から力づくで抜ける事は、さらに無理だ。
 自分より何十倍も大きい妖精達に捕まってしまったら、おしまいである。
 それは、最初から覚悟していた事だ…
 もう、自分は飽きるまで女の子の玩具にされ、助からないだろう
 覚悟を決めた赤ローブの少年の目の光は、むしろ強くなっていた。
 「握り潰すなら、潰せよ。
  でも…みてろよ!
  いつか人間は、お前達を越えるぞ!」
 必死で言い返そうとする。
 「ほら、そうやって、負け惜しみを言うくらいしか、出来ないよね?」
 「…くっ」
 赤ローブの少年は言葉を返せない。彼女の言う通りだ。
 「ねえ…君、あたしの事を殺すつもりだったんでしょ。
  なら、あたしが身を護る為に君を握りつぶしても当然だよね?」
 女の子は低い声で言って赤ローブの少年を見つめる。
 それ、彼女の言う通りだ。赤ローブの少年は、少し怯んだ。
 にぎにぎ。
 女の子は赤ローブを着た小さな生き物を握った。ちゃんと、握りつぶさないように手加減してあげる。
 「うぅ…」
 締め付けられて、息が出来ない。少年は苦しそうに呻いた
 女の子は、手のひらの中に、とても弱々しい手触りを感じた。
 力加減が難しい。
 彼の細くて脆い背骨は、少し加減を間違えたら簡単に折れてしまうだろう。
 死ぬにしても、まだ、死んでもらっては困る。
 …やっぱり、人間って玩具だよね。 
 こうして手にとってみると、人間が弱い生き物だという事がよくわかった。
 「…言ってるだろう?
  握り潰すんだったら、潰せよ…」
 赤ローブの少年は苦しそうに言った。強がっていても苦しいものは苦しい。
 もう、何なのよ、この子は…
 女の子は、自分の手の中で未だに諦めない少年の取り扱いに困る。
 彼の腕や足は小枝みたいに細い。一本づつ、順番に折ってみようかな?
 手足を全部折ってやれば、さすがの赤ローブの少年の心も折れるかもしれないが…
 「ねえ、いい加減に謝ったら…?
  意地を張っても、無駄だよ
 女の子は少年に言ってみた。
 彼の身体を握ってみたら、余りにも脆くて可哀想になってきた。
 ついさっきなら、怒りに任せて何でも出来たが、今は、少し落ち着いた。
 小さな生き物の小枝のように細い腕や足を折ってしまう事は、彼女には出来そうになかった。
 今更、踏み潰したりという事も、尚更、出来そうにない。
 …ふー、あたしって優しいね。
 にぎにぎ。
 女の子は赤ローブの少年を握り締めた。彼は苦しむ。
 せいぜい、こうやって、ちょっと遊んでやる位の事しか、出来そうになかった。
 …でも、それでいいや。面白いし。
 こうやって玩具にしていれば、この強がっている小さな生き物も、いつか謝るかもしれない。
 にぎにぎ。
 女の子は、にっこりと微笑んだ。
 握り潰さないように力加減を考える事も、面白くなってきた
 しばらく、女の子は少年を握って遊ぶ。
 強がっていた赤ローブの少年が苦しそうな顔で抵抗する様子。自分の手に伝わってくる、弱くて小さな生き物の足掻き。
 それらを楽しい事だと彼女は感じた。
 女の子は満足気に笑う。
 赤ローブの少年は、そうした彼女の顔を見て、悔しかった。女の子は自分の事を握り潰さず、まるで人形遊びの玩具のようにしている。
 こんなはずでは、なかった。
 妖精達の手の中で、玩具にされる為に魔法を修行してきたのでは無い。
 自分には力があるはずだった。修練を積んできた。元々持っていた才能に努力を掛け合わせてきた。
 妖精達…我が物顔で世界を蹂躙している化け物の女達…を倒して世界を救う事が、自分には出来ると思っていた。
 そうして挑んだ結果が、これだった。
 女の子の姿をした巨大な化け物に玩具の人形みたいに握られて、逆らう事が出来ない。、
 「もう、いい加減にあきらめなよ。
  痛くて苦しいのが、いつまでも続くだけだよ?」
 そろそろ、女の子も少年を握って遊ぶのに飽きてきた。
 何か、もっと、男の子を悔しがらせる方法を無いかな?
 悔しい事、悔しい事…
 自分がされたら悔しい事を女の子は考えてみる。やがて、一つ考えついた。
 彼女は赤ローブの少年を地面に降ろして、手を離した。女の子の手から開放された少年は、荒い息をしている。ずっと握られていたから苦しい。
 「君、ほんとに頑固だね…
  あたしも、そろそろ飽きてきたよ?」
 そう言って、彼に向かって人差し指を伸ばす。
 …俺を指先で潰す気か
 逃げようにも、まだ苦しくて身体が動かない。やがて、彼に近づいた指先が輝き、彼は光に包まれた。
 魔力が身体の中に流れ込んでくるのを感じた。人間とは桁が何桁が違う、大きな魔力だ。赤ローブの少年は、女の子の魔力に抵抗する事が出来ず、魔法の光を浴びている。
 「えへ、魔法も、あたしの方が強いみたいね?」
 彼が自分の魔力に屈したのを感じる。魔法が通じたようなので、女の子は嬉しかった。
 よく考えると、相手は魔法を使うのが上手な少年だから、もしかしたら抵抗されてしまうのかもと心配になったのだが、こういう単純な魔力の力比べなら、やはり人間には負けない事がわかった。
 「何か言いたい事があったら、どうぞ?」
 女の子の言葉に、少年は何も答えられなかった。答えたくても身体が動かない。金縛りの魔法だった。
 …何故こんな事を?
 少年は不思議だった。
 わざわざ魔法を使って金縛りにしなくても、動きを封じるなら、体を使った方がよっぽど早いはずだ。
 力くで握り締められるならともかく、魔法の金縛りなら、逃れられる可能性も少しある。彼は自分を押さえつける魔力に抵抗を続け
 女の子は何も言わず、彼を跨ぐようにして立った。
 …こういう事って、されると悔しいよね?
 足元にいる赤ローブの少年を見ると、彼は布で覆われた彼女の股の部分を見て固まっているようだ。
 前は股間の部分を隠し、後ろはお尻の割れ目の辺りを覆っているだけの、面積が狭い、下着のような薄い布である。
 そのまま、彼女は、ゆっくりと腰を下ろしていった。
 踵をついたまま、しゃがみ込む。
 下には、もちろん少年が居る。
 …ふ、ふざけるな、何をするつもりだ!
 金縛りにされた赤ローブの少年が見上げると、彼の20倍程大きな妖精の、お尻が見える。
 少年は迫ってくるお尻を見上げて、あわてて逃げようとするが、金縛りで身体が動かない。
 少し距離がある時は、全体の形が見えて、丸いラインをした女の子のお尻だという事がわかった。だが、近づいてくると、白くて大きな塊のようにしか見えなくなってきた。身長が30メートル程ある女の子のお尻は、彼から見るとそんなものだった。
 悔しい。
 巨大な妖精とはいえ、女の子のお尻の下に敷かれて潰されてしまう何て、耐えられない屈辱だ。
 赤ローブの少年は金縛りから逃れようとするが、気持ちが乱れすぎて上手くいかなかった
 女の子が自分のお尻の下を見ると、彼と目が合ったので、にっこりと笑いかけてみた。赤ローブの少年が悔しそうに顔を歪めている。
 「悔しい?
  何とか言ってみなよ?」
 ぺんぺん。と、お尻を叩いてみせた。
 女の子のお尻の肉が揺れて、それが生き物の一部である事を、少年は改めて認識した。
 …さてさて、どうやって遊ぼうかな?
 本当は、トイレにしてしまうのが一番悔しいだろうと思った。
 汚いものをかけられるんだから、悔しいはずだ。
 でも、相手が小さな生き物といっても、自分も恥ずかしいから、それは、やめておく事にした。
 彼の上にしゃがんだまま、彼女は考える。
 普通に、このまま彼の上に座ってしまうのも良い。お尻の割れ目の間に上手に挟んで、体重をかけないように座れば、潰してしまわずに済むだろう。
 いっそ、何もしないで、このまま寸止めにして見せつけてやるのも良いかもしれない。
 えへへ、どうしちゃおっかなー?
 遊び方は色々ある。
 先ほどまで強がっていた赤ローブの少年も、もう自分の玩具だ。思わず笑みがこぼれた。
 …これ、楽しいな。
 生意気な子を徹底的に玩具にする事を、女の子は楽しい事だと理解した。
 そうして少年の上にしゃがみ込んでいた女の子は、村の方から誰かが飛んでくるのを見た。
 妖精が1人、光の羽根を羽ばたかせて、優雅に飛んできた
 …あ、ちょっと困ったな?
 村で遊んでいた、妖精の友達の1人だ。他の妖精の友達に見つかると、少し面倒だ。女の子が対応に悩んでいる間に、飛んできた妖精の友達は彼女の側まで来た。
 ずしん。
 地響きを立てて、妖精は女の子の前に舞い降りた。踵をついてしゃがんでいる女の子は、そのまま友達の妖精を見上げる。
 「ラ、ラウミィちゃん、どうしたの?」
 女の子が、村の方からやってきた妖精に尋ねた。
 …もう1人、妖精が来たのか?
 女の子のお尻に敷かれそうになっている少年は、声が一つ増えた事に動揺した。まだ、体が動かない。
 「ん、別に用事は無いんだけどね。
  1人で何やってるのかなーって思って、見に来ただけよ?
  …ていうか、しゃがみ込んでどうしたの?」
 ラウミィと呼ばれた妖精は、しゃがみ込んでいる女の子を不思議そうに見た。
 「べ、別に、何でもないよ?」
 女の子は答えると、そのまま地面にお尻をついてしまう。
 赤ローブの少年が上を見ると、巨大な女の子のお知りが降って来るのが見えた。
 さすがの彼も恐怖で身体が凍りつき、そのまま、視界いっぱいに広がった白くて大きな塊の下敷きになってしまった
 女の子の方は、お尻の下に、小さな人形のような塊が触れるのを感じた。
 …あ、座っちゃった。
 自分で目が点になった。
 だ、大丈夫かな?
 お尻に敷いてしまった少年の事が心配になったが、彼を潰してしまったような感触は無い。丁度、お尻の間の辺りに、赤ローブの少年を敷いてしまったようだ。狙いはつけていたのだが、上手くいって良かった…
 そういえば、金縛りが解けたのだろうか?少年がお尻の下で動いているのを感じた。
 ちょっとくすぐったい。
 …あんまり、そんな所で動き回らないで欲しいなー。
 お尻の間で動かれると、むずむずして気になった。
 「顔色悪いけど、平気?」
 ラウミィは、そわそわしている様子の女の子に向かって言った。
 「う、うん。何でも無いってば」
 女の子はラウミィに答える。ラウミィは、自分の事を気づかって来てくれたのだ。一応、その事は嬉しい。嬉しいが、さっさと帰って欲しかった。
 「そうなの?
  まあ…一緒に人間で遊ぼうとは、もう言わないけどね」
 ラウミィは納得出来ていない様子で、首を傾げた。
 彼女は、人間を踏み潰したりして遊ぶ事に何度誘っても拒否する友達を、その事に関しては諦めていた。
 「でもね…食べる事は、覚えようよ。好き嫌いの問題じゃなくて…ね?」
 ただ、人間を食べる事は覚えさせたかった。
 優しく、友達を諭すように言って、手に握った物を差し出す。血と肉塊だ。ぐちゃぐちゃに潰されていて原型を留めていないが、それは、元は人間だったのだろう。そういう匂いがした。おいしそうな匂いだった。
 「私達と同じような姿をしてるから食べるのが可哀想って言うなら、こんな風に潰したりしてもいいよ?」
 優しく優しく、ラウミィは言う。
 それを見て、女の子の顔が曇った。
 ラウミィちゃん…
 そういう問題じゃないよ。
 妖精に握り潰された人間の死骸を見て、彼女は可哀想だと思ったが、口に出せなかった。言ってもわかってもらえるとは思わなかった。
 「…ごめんね、気にしてくれるのは嬉しいんだけど」
 元気無く、彼女は呟いた。
 ラウミィは、友達が食べやすいように人間を潰してみたのだが、逆効果だったようだ。
 「そう…
  まあ、人間を食べなくても、一応、死ぬわけじゃないものね。
  じゃあ、私、もうちょっと遊んでるわね。
  帰る時に、また、呼びに来るわ」
 そう言って、手の中の人間の残骸美味しそうに口に含むと、ラウミィは村に戻って飛んでいった。
 …あんな事して、面白いのかな?
 女の子は、憂鬱な気分でため息をついた。そして、お尻の下で、何かが動いているのを感じた。
 …あ、忘れてた。
 女の子は、あわてて立ち上がって、お尻の下を確認した。
 彼女が座っていた場所では、赤ローブの少年が、仰向けに倒れている。
 「ね、ねえ、平気?」
 彼と向き合うように座って、赤ローブの少年に尋ねるが、彼は呆然倒れたまま、何も答えない。自分の身体の何倍も大きな、女の子のお尻敷かれた少年は、色々な意味で頭が真っ白になっているようだった。
 しばらく、二人とも何も話さずに、気まずい空気になる。
 「お前は…何で人間を食べたりしないんだ?」
 やがて少年は、困惑した様子で女の子に尋ねた。
 何でと言われても、少し困る。
 「可哀想だから…じゃ、だめ?」
 首を傾げながら、女の子は答えた。
 「…いや」
 彼は首を振った。
 女の子の言葉は、赤ローブの少年にとっては厳しい言葉だった。胸に突き刺さる。
 とても、恥ずかしい気分になった。女の子の玩具にされて、お尻に敷かれていた時よりも恥ずかしさを感じた
 人間を食べるのは可哀想だと、この巨大な妖精は言ってくれたのだ。
 妖精に全く歯が立たない無力な自分情けないと思ったが、それ以前に、この妖精に襲い掛かってしまった事を情けなく思った。
 力が弱い事より、頭と心が足りなかった事が恥ずかしかった。
 「…名前を聞かせてくれないか?
  ちゃんと名前を呼んで、謝りたい」
 少年は相当落ち込んだ様子である。
 むしろ、自分に力が無くて良かったとさえ、彼は思う。この妖精を殺してしまったら、多分、取り返しがつかなかった。
 …なんだ、人間も、ちゃんと謝ったりする事出来るのね?
 それなら、これ以上、玩具にして遊ぶのはやめよう。
 赤ローブの少年のカワイイ様子を見ていて、女の子は機嫌が良くなった。
 「リーズよ。
  君は、何て呼べばいいのかな。
  玩具君とか、虫けら君でいい?」
 悪戯っぽく、彼に尋ねる。
 「フレッドだ。
  …すまない、リーズ。
  妖精っていうのは、みんな、さっきみたいな奴ばっかりだと思ってたんだ。
  …お前みたいな奴が居るとは考えてもみなかった。
  いきなり襲い掛かって…悪かった」
 全ての妖精は人間を弄ぶ敵だと思っていた彼は、女の子に謝った。自分が間違っていた。
 こうして、リーズとフレッドは、ようやく話をする気になった。
 「…まあ、あたしも人間を玩具にするもん。さっき、君で遊んだみたいに…ね?
  それから…そこの村で妖精の友達が遊んでるのも、別に止めないし」
 リーズは申し訳無さそうに言って、妖精達に蹂躙されている近所の村を指差した。フレッドの顔が少し曇る。
 「あたしも…他のみんなと同じ、妖精だよ」
 自分は、そんなに特別に妖精なわけじゃない。女の子は困ったように答えた。
 「同じって言うなら…リーズも俺を踏み潰したり、食べたりするのか?」
 「…もう、そんな事言うなら、ほんとに踏み潰すよ?」
 少年の言い方に、少し、むかっとしてリーズは答えた。
 「す、すまん…」
 フレッド素直に謝ったから、リーズは微笑んだ。
 「ねえ、暇だったら、もうちょっと、お話しようよ」
 そこまで微笑んで言った後、低い声で続けた。
 「…というより、しばらくあたしの近くに居た方がいいよ。
  さっきの子、まだ、こっちの様子を気にしてる。君の事に何となく気づいてたのかもしれないよ。
  あの子は、特に人間にキツイから、見つかったら怖いよ?」
 ラウミィは、リーズが知る限り、誰よりも人間を厳しく扱う妖精だった。
 「そうなのか?」
 「うん。
  …それとも、さっきの子とも戦ってみる?
  そんな事したら、村で遊んでる他の子達も、面白がって集まってきちゃうと思うけどね」
 リーズは、また悪戯っぽく言った。
 「村には…何人の妖精が居るんだ?」
 フレッドは妖精1人が相手でも、自分の力では玩具のようにあしらわれてしまう事が、リーズのおかげでわかった。複数の妖精に襲われる事など考えたくも無かった。
 「6人で遊びに来たから、あたし以外の5人が居るんじゃないかな。
  …うふふ、妖精の女の子達5人に囲まれたら、大変だよ
  あたしも、助けてあげないからね?
 女の子は、光景を想像して笑ってしまった。
 この強がっている少年が、妖精達の集団に囲まれたらどうなるか、ちょっと見てみたい気もした。
 「わかった。降参だ…
  そうだな。俺も…リーズと、もう少し話をしてみたい」
 フレッドも妖精達の群れに囲まれるのは嫌だった。それより、リーズと話をしてみる方が楽しそうだった。
 「うん。決まりだね。
  …じゃ、とりあえず、仲直りしようよ?
  あたしも、君の事をお尻に敷いたりしてごめんね」
 女の子は、えへへ。と舌を出して笑うと、フレッドに手を伸ばした。そうして彼を捕まえると自分の胸の方に運んだ。
 柔らかく膨らんだ彼女の胸の間に、少年は運ばれる。
 「な、何をするんだ??」
 リーズの胸の間埋められながら尋ねる。大きさはともかく、それは女の子の胸には違いない。
 「んー…よくわかんないけど、男の子って、女の子のこういう場所が好きなんでしょ?」
 あたしも、よくわかんない。と、リーズは首を傾げた。
 「いや…それは…」
 女の子の胸に興味があるかと聞かれれば、無いとは言えないが…
 こんな大きな胸を、どうしろというのだろうか?
 両手で抱える事も出来ない大きさの胸の間に押し付けられて、フレッド困惑する。柔らかくて弾力がある塊が、左右から彼を挟んでいる。
 「よくわかんないけど、仲直りの印って感じかな?」
 リーズが、ちょっと恥ずかしそうに言った。からかっているわけではなく、本気で言っているようだ。
 悪意が無い事は、フレッドにもわかる。
 …まるで、人形扱いだな。
 彼女の胸の中で、フレッドはため息をつく。
 ただ、すぐ近くで廃墟にされようとしている村の事は気になった。
 「…だめだよ?
  村を助けに行こうなんて考えたら…」
 村の様子を気にしているフレッドにリーズは言った。
 「君が行っても、どうにもならないよ…
  可哀想だけど、今日は…もう諦めてね?」
 そう言って、胸の中に抱きしめる。優しく抱きしめる彼女の手から力くで逃れる事は、フレッドには出来なかった。そして、逃げる気にもならなかった
 「妖精って、いつもあんな風に人間を扱ってるんだもんね。
  だから、たまにフレッドみたいに妖精に襲い掛かってくる人間が居ても、仕方ないよ…」
 リーズは優しく言うと、フレッドを胸に抱いたまま仰向けに寝転んだ。
 「他の妖精も、リーズみたいに考えてくれたらいいのにな。
  …少しだけ、胸の中で寝かせてくれないか?
  リーズの玩具にされて、疲れた…」
 フレッドは、リーズの胸の間に身体を沈めたまま言った。
 女の子の優しさに甘えてしまいたいという誘惑に、勝てなかった。
 …俺は無力だ
 近くで村が妖精達に蹂躙されているのに、こうやって別の妖精の胸に抱かれて抵抗する気にもならない。
 彼は疲れていた。
 「うん、いいよ…」
 フレッドが身も心も燃え尽きたように、自分の胸の間に身体をうずめている。リーズは指先で、そーっと撫でてあげた。
 不思議なものである。強がっている小さな人間を屈服させる事が、最初は目的だったのだけれど、こうして落ち込んでいる彼を見ると慰めたくなった。
 「俺は、この年まで、お前達…妖精を殺して、この世から消し去る事だけ考えてたんだ」
 フレッドは小さく言った。今日は、命がけで妖精を倒しに来た日だった。
 「この年って…何歳なのよ、君?」
 フレッドの言葉に、思わず笑ってしまった。『この年』と言うほどの年には見えない。どうも、言葉の端々が年齢に不相応な少年だ。
 「15歳だ」
 「全然、子供じゃないのよ…」
 「悪かったな。
  …じゃあ、お前は、一体何歳なんだ?」
 フレッドの目に、少し強さが戻った。
 …この子は、こういう目が似合うな。
 リーズは彼の強気な目を見て楽しかった。
 「んー、わかんない。
  でも、君の10倍位は生きてると思うよ」
 「なんだ、年寄り…か」
 むかむか。
 フレッドが呟くと、リーズは無言で自分の胸を両側から掴んで、内側に寄せるように力を込める。胸の谷間に居るフレッドは柔らかい膨らみの間に押し付けられる。
 「悪かった…」
 「悪いわよ」
 フレッドが素直に謝ったので、リーズは胸で押しつぶすのをやめてあげた。
 「まあ、あたし達は、君たちみたいに年を取るっていうのは無いからね。
  もちろん、生き物だから、いつかは、世界に還るみたいだけど…」
 リーズは、少し不機嫌そうだ。
 「そうか…
  お前も…俺よりも幼く見えるものな」
 人間と妖精を同じ感覚で考えては、いけない。時間の感覚も違うのだろう。
 「えへへ、人間から見ると、私達って、すごい可愛く見えるんでしょ?」
 「…見える。
  でも、そんなお前に…俺は玩具扱いされてしまうんだよな」
 フレッドは、ため息をついた。ま落ち込んでいる。リーズの手のひらに乗せられてしまう事が悔しいようだ。
 「し、仕方ないよ。あたし、君より大きいんだし…ね?
  そんなに落ち込まないでよ…」
 女の子は、あわてて彼を慰める。
 自分でも気づいていないが、いつの間にか、この赤ローブの少年を元のように…強気で恐れを知らない風に…する事が、今の彼女の楽しみだった。
 「いや、力が無い事よりも、お前がどんな奴かも知らずに、殺すなんて言って襲い掛かった事が恥ずかしいんだ…
  俺に力が無くて良かったとも思う。リーズを殺さなくて済んだ」
 妖精は、人を踏み潰したり食べたりする,、巨大な化け物の女達。
 そういう風にリーズの事を決め付け、問答無用で襲い掛かった自分が、赤ローブの少年は何よりも恥ずかしかった。
 「む、それは、そうだよ!
  あたし、何にも悪い事してないのに、ひどいよ!
  …て、それはもう、いいんだってば。
  さっきから言ってるでしょ?
  直りしよう…ってね?」
 なでなで。
 リーズは、胸の中に居るフレッドを指先で優しく撫でてあげる。
 優しい言葉をかけられて、そうして撫でられると、フレッドの心は抵抗できなかった。
 大きな体と力を見せつけられるよりも、よっぽど戦意を失ってしまう。
 「あ、それに、あたしも、ほんとは痛かったけど我慢してたんだよ?
  君がずっと練習してた魔法って、無力なわけじゃないよ。
  ほら、頬の所、まだ傷が残ってるでしょ?」
 「何、そうなのか?」
 女の子の胸に挟まれ、無気力に寝ていた魔法使いの少年は、身体を起こして彼女の頬を見る。
 なるほど、少し刺し傷のような跡がある。
 「すまない…
  すぐに治す」
 彼女の体を傷つけてしまったのなら、治さなくてはならない。
 フレッドは、リーズの胸から飛び降りた。
 …あ、カワイイな。
 小さな赤いローブを舞わせて地面に降り立つ少年に、リーズは見とれてしまった。
 でも、どうする気なのかな?
 リーズは首を傾げた。
 彼女の顔の前に駆け寄ったフレッドは、彼女の傷口に手をかざした。すると、彼女の傷は消え、元通りの妖精の綺麗な肌になった。
 リーズが驚愕して、身体を起こした。
 フレッドの隣に座り込んで、地面の近くに居る彼を覗き込んだ。
 「な、何それ?
  魔法なの??」
 傷を治す魔法というのを彼女は見た事が無かった。
 少なくとも、妖精達の間に伝わっている技術ではない。
 「そうだが…
  こういう魔法は、知らないのか?」
 フレッドの方も驚いているようだ。そんなに難しい魔法では無いはずだが?
 「うん。あたし達、そういう魔法の使い方は知らないよ?
  すごいなぁ…傷を治したり出来るんだね。
  ねえねえ、あたしにも教えてよ!」
 妖精のみんなにも教えたい。と、リーズは思った。
 「い、いや、あまり妖精達に広めてほしくは無いのだが…」
 これ以上、妖精を無敵にしてどうする。フレッドは戸惑う。
 「しかし、意外だな。お前達は知らないのか。こういう魔法の使い方を…」
 信じられないといった様子で、フレッドは呟く。
 「ちぇ、けちだね…」
 リーズは不機嫌そうにしている。
 「じゃあ、二人で秘密にしようよ」
 少し考えた後、言った。
 「君、妖精に勝てる位に強くなりたいんでしょ?
  だったら、まず、あたしが相手してあげるよ」
 「…どういう事だ?」
 今更、お前と戦う気は無いぞ。と、微笑んでいる妖精の女の子を見つめる。
 「だって、他の妖精の子とケンカしたら、君、踏み潰されちゃうよ?
  だから、あたしと戦って勝てるようになったら、他の子の所に行くの」
 「いいのか、そんな事をして…」
 赤ローブの少年は、女の子に言った。
 「うん。
  でもね、君が強くなっても、あたしや他の妖精を殺したら嫌だよ?」
 正直、人間がそんなに強くなれるはずがないと、女の子は思っている。所詮は妖精の玩具として作られた存在だ。
 もしも、強くなれるなら見てみたい気もしたが…
 「それは…」
 赤ローブの少年は、その言葉には頷けなかった。リーズの悪意の無い笑顔を見せられても、納得出来ない。
 「妖精は…人間を殺しているんだぞ?
  それなのに、殺すなと言われても納得出来ない。
  …いや、リーズは別だが」
 「それは…そうだよね」
 リーズの顔が曇る。
 「でもね、妖精を殺したら、絶対だめなの。
  多分…妖精のみんなが怒るよ?
  そうしたら、もう、遊ぶんじゃなくて…みんな、本気で人間を皆殺しにしようとするよ…
  …ごめんね、あたし達って、そんな感じだから」
 彼女の言葉を聞いて、フレッドの瞳に怒りが浮かんだ。
 「なんだ、その理屈は…」
 理不尽な考え方だと思った。
 「化け物の考え方だな。
  …いや、そうやって、一くくりにして考えては、だめなのか」
 妖精は全て化け物。
 そうして一くくりにして考えた結果、彼はリーズを襲った。
 「リーズは…どう考えるのだ?
  そんな事があったら、人間を皆殺しにしようと思うのか?」
 赤ローブの少年は、女の子を問い詰める。
 「うーん…」
 女の子は、大きな顔を悩ませる。
 「妖精の仲間が人間に殺されたって聞いたら…
  そうね…次から人間を見かけたら、何にも言わないで踏み潰しちゃうかも…
  ま、まあ、皆殺しにしようとか、そんな事までは、多分、考えないよ?」
 言いにくそうに、言った。
 「そうか…
  お前でもそう考えるなら、他の妖精もそうなんだろうな」
 フレッドが低い声で答える。気まずい雰囲気になる。
 「まあ…それもそうだな。
  俺も、何か毒でも持った虫が人間を殺したという話を聞いたら、その虫を見つけたら殺すだろう」
 赤ローブの少年は、一応納得した。人間は妖精達にとっては虫けら同然考えて、納得するしかない。
 「だが…どうすればいいんだ?
  人間は永久に、妖精達の玩具なのか?」
 フレッドは、リーズに問いかける。
 妖精を殺す事、その為の力を得る事だけを考えて生きてきた少年は、どうして良いかわからず、妖精に問いかけた。
 …この子、本当に妖精を殺す事と、その為に強くなる事ばっかり考えてたのね。
 リーズは、フレッドに同情する。
 それだけ思いつめて妖精に襲い掛かったのに、お尻に敷かれて玩具にされた上に、襲った相手も良い子のあたしだったわけだ。なんか、可哀想な子だな…
 「うーん…仲良くする事って…出来ないのかな?」
 しんみりと、リーズは言った。
 それ位しか彼女は思いつかなかった。
 「仲良く…だと?」
 何を言ってるんだ、この子は?
 真顔でそんな事を言う彼女の顔を見る。大きな顔で困っているようだ。
 「そんな事が出来るなら、もう、とっくに…でも、そうだな。
  少なくとも…リーズとは友達になれるかもしれないな。
  …なあ、リーズみたいに、人間とまともに話す気持ちがある妖精って、他にも居るのか?」
 もしも居るなら、話をしてみたい。フレッドは期待をこめて尋ねるが、
 「居ないんじゃないかな…」
 リーズは首を振った。
 彼女の知る限り、そういう妖精の仲間は居ない。
 「ねえ、君、もっと強くなりなよ?
  それで、人間が玩具じゃないって、妖精のみんなに見せるの。
  人間が玩具じゃなくて進歩したんだって判れば…妖精のみんなも、少しは人間の話を聞くようになるんじゃないかな?」
 小さな生き物に向かって、女の子は自分の考えた事を話してみた。
 「そんな風に…都合良く行くのか?」
 フレッドは首を傾げる。彼が横を向くと、村を踏み潰して笑っている妖精達の姿が見える。彼女達の大きな身体は、少し離れていても、表情が見えた。
 そうやって、人間を玩具にする事を当然の事として楽しんでいる妖精達の心を、簡単に変えられるのだろうか?
 人間を踏み潰して楽しそうに笑っている化け物の女達は、話の通じる相手とは思えなかった。
 「うーん…
  でも、戦うよりマシじゃない?
  さっきも言ったけど、妖精の子を1人でも殺したら、何百人も居る妖精達がみんな怒るよ?」
 「いや、それは…」
 フレッドは答えられない。今は、妖精達が集団で人間を襲うのは、何年かに一度位、遊び半分に村を襲う程度だ。
 もし、妖精達が本気で人間を滅ぼす気になったら、それこそ遊び飽きた玩具を片付けるような作業になるはずだ。この世の終わりである
 フレッドはリーズと出会って、彼女の力に触れてみて、力ずくで妖精を滅ぼそうと考える事の無謀さは、よくわかった…
 「…あ、そうだ!
  君、マリクって人間を知らない?」
 リーズは、良い例を思いついた。
 「マリク…だと?
  よく知っているが、あいつが何か?」
 フレッドは、何とも言えない顔をした。リーズは彼の表情が少し気になったが、ひとまず放っておいた。
 「あのね、マリクって人間、妖精の仲間で噂になってるんだよ。
  捕まえようとしても捕まらくて、不思議な人間だって…ね。
  マリクだけは、別なの。みんな、特別に考えてるよ。
  そんな人間が増えたら、妖精のみんなも、考え直すんじゃないかな?」
 「そうか…あいつは、そういう風に思われてるのか…
 フレッドは考え込む。
 …だが、考えた結果が、思い通りにならない人間を皆殺しにするという事にならなければいいな」
 むか。
 思いつめたように言うフレッドの言い方に、リーズは、ちょっと怒った。
 「あー、もう、そんな風に悪い方にばっかり考えないでよ!
  いらいらするなー…」
 言いながら、彼に指を伸ばして摘み上げた。
 「な、何をする?」
 こうして、摘み上げられるのは何度目だろうか?抵抗する間もなく、フレッドは胴を掴まれて顔の前まで運ばれた。
 リーズは空いている方の手の指先をフレッドの胸に突きつけた。
 「ねえ、もうちょっと、がんばってみなよ?
  あたしも、手伝ってあげるから…」
 口を尖らせて、彼の顔を見つめる。
 怒った顔をいきなり間近で見せられると、少し怖い。
 だが、彼は女の子の顔をにらみかえした。
 「わかったから降ろせ、人形みたいに扱うのをやめろ!」
 「ご、ごめんなさい」
 フレッドの剣幕に押されて、リーズは彼を地面に降ろした。
 …この子、ほんとに面白いな。
 それから微笑んだ。
 小さくて無力なのに、とにかく強がってる。とても、カワイイ。
 「でも、元気になったみたいね?
  その方が君らしくて、カワイイよ」
 リーズは、また、彼の事を人指し指で撫でた。
 その笑顔と優しく撫でる指に抵抗する事は、彼には出来なかった。
 フレッドは何も答えず、撫でられるままに身を任せた。
 「うふふ、まずは、あたしの指一本に勝てるように、がんばろうね?」
 そう言って、そのまま彼を指で地面に押し倒し、彼の強気と小ささ、無力さを楽しんだ。
 「こ、こら、卑怯だぞ!」
 と、フレッドが口答えをしても後の祭りである。
 だが、
 …この子には、敵わないな。
 リーズに弄ばれながら、フレッドは笑ってしまった。
 短い時間の間に、怒られたり、笑われたり、彼女の様々な顔を見せられた。文字通り、尻にも敷かれた。
 もしも、この先、本当に妖精達を殺せる位の力を身につけたとしても、多分、リーズには敵わない。
 そう思うと、笑ってしまった。
 「何で笑ってるの?
  …なんだか気持ち悪いな」
 玩具にされてるのに嬉しそうに笑ってるフレッドを見て、リーズは呟いた。
 汚い物でも見る目で、フレッドの事を見た。
 「ふ、ふざけるな!」
 女の子とろくに話をした事も無い少年は、顔を真っ赤にして怒るが、それも後の祭りだった。
 やはり、彼はリーズには敵いそうも無かった。
 村の方を見ると、そろそろ、ラウミィも諦めたようだ。フレッドは、今のうちにこの場を離れた方が良いだろう。
 「ともかく、礼は…言っておく」
 最後まで、フレッドは強い目線でリーズの事を見ながら言った。
 「うん、またねー」
 リーズは、そんなフレッドに手を振って見送った。
 フレッドは、妖精達に玩具にされている村を横目に見ながら、この場を離れた。
 …こんな世界を変えてやるんだ。
 その思いに変わりは無い。
 でも、妖精の中にもリーズのような者が居る。
 その事を心に留めて、今は、自分の無力さを認めようと思った。
 妖精を傷つける力を少しだけ持っている人間は、妖精と話す事で、少し、考え方を変えた。
 そんな彼を見送ったリーズも、元のように地面に寝転んだ。
 今日は、楽しかったな。と、フレッドの事を思う。
 …人間は踏み潰したりするより、お友達になった方が面白いと思うんだけどな?
 彼女は自分の価値観が間違っているとは思えなかった。
 …でも、みんなは、わかってくれないだろうな。
 人間の村で遊んでいる、妖精の友達の事を思う。
 それでも、妖精の友達が、友達な事にも変わりない。
 リーズは小さくため息をついた。
 みんなに自分の考えをわかってもらうのは大変な事だと思う。でも、わかってもらいたい…
 フレッドと会った事は、面白い体験だった。それは確かだった。
 こうして一日の事を振り返るリーズだったが、彼女の一日は、まだ終わってなかった。
 何の気配も前触れも無く、彼女は声を聞いた。
 「あはは、君は面白いね。
  妖精なのに、人間と友達になろうとするんだね?」
 寝転んでいる耳元で、ささやくような声を聞いた。
 「だ、誰?」
 いきなり話しかけられて、リーズは飛び起きた。
 妖精の目でも耳でも気づかないうちに、それは耳元まで来て、彼女に声をかけていた。
 見ると、黒ローブを着た小さな生き物が居た。
 穏やかな笑顔を浮かべた少年だ。
 「フレッドをお尻で潰しちゃうのかと思って、冷や冷やしながら見ていたよ?
  でも、僕の弟を殺さないでくれたね。優しいな、君は」
 彼は、フレッドのように強い意志の篭った目線では無く、ごく自然に笑って、リーズの事を見上げていた。
 男の子が、こういう風に笑っているところを、リーズは初めて見た。
 胸がドキドキした。
 「あなた、フレッドの、お兄さんなの?」
 リーズは首を傾げながら、とりあえず彼の事を捕まえようとして、手を伸ばした。
 「うん。
  マリクって聞いた事、無いかな?
  妖精さん達、最近は僕の名前を覚えてるみたいなんだけど…」
 マリクと名乗った少年は、リーズの手が触れる寸前で、ふわっと空に浮いて避けた。
 空を飛ぶ魔法だろうか?
 だが、こんな風に自由に空を飛ぶ魔法をリーズは知らない。
 「あ…うん。聞いた事あるよ。
  そっか、フレッドってマリクの弟だったんだね。
  どうりで変だと思った」
 フレッドがマリクの弟だというなら、フレッドの力も納得がいく。彼も兄と同様、特別な人間なのだ。
 ただ、特別な人間という事では、兄のマリクは、フレッドどころの話では無さそうだ。
 リーズはマリクの笑顔から目が離せず、誘われるように彼に手を伸ばした。
 「彼の事を変だと思うかい?」
 マリクは穏やかに笑って、リーズの手を避ける。
 「うん。
  妖精に襲い掛かってくる人間なんて、聞いた事無いもん。
  …でも、あなたは、もっと変だよ?
  何で、捕まってくれないの?」
 リーズは不満そうに、彼を捕まえようと手を伸ばし続けた。
 この男の子を手の中に捕まえて玩具にしたい。感じた事の無い欲望が彼女を動かす。
 「そうだね、僕は変だと言われる事が多いね。
  でも、僕を捕まえられないのは君の勝手だから、知らないな」
 「勝手って…
  いいじゃない、そんな事言わないで、素直に捕まってよ」
 リーズは口を尖らせるが、マリクは穏やかに微笑むだけで、彼女の手の中に入ってくれない。
 「あなた…何を考えてるの?」
 リーズは、マリクの考えている事がさっぱりわからなかった。捕まらない彼を捕まえようと、追い掛け回す。
 「まあ、がんばってごらん?
  僕を捕まえたら、食べてもいいよ」
 マリクは穏やかに微笑む。
 「食べたりしないよ…
  でも、玩具にして遊んじゃうよ?」
 リーズは口を尖らせる。うっとりとした目で、マリクを見つめて微笑んだ。
 彼を食べるはずが無いと、その時は、そう思っていた。しばらく、他愛も無い話をしながら、リーズはマリクを追いかけ続けた。
 やがて、リーズは言った。
 「あー、もう嫌…
  今日は、降参するよ…」
 追いかけるのに飽きた。地面に寝転んだ。
 妖精の友達の言う通りだった。マリクは捕まらない。
 リーズは人間に負けを認めた。玩具にされた。でも、嫌な気分では無かった。
 「そうかい?
  飽きっぽいんだね、リーズは」
 ふわふわと、リーズの顔の前まで飛んできて、マリクは首を傾げた。
 「ねえ、明日も、また遊んでくれる…?」
 ドキドキしながら、彼に尋ねる。
 明日も、またマリクに会いたかった。
 出来る事なら、手の中に小さな彼を捕まえて離したくない。
 「うん。いいよ。
  気が済むまで、遊んであげるよ?」
 マリクが頷くと、リーズは嬉しそうに彼を撫でようとしたが、やはりマリクは逃げた。
 「そうだ、君は弟に優しくしてくれたね。これをあげるよ」
 リーズの手から逃げながら、マリクは黒い布のような物を、自分の代わりに彼女の手の中に入れた。
 それは、彼が着ているのと同じ黒いローブと、革靴だった。
 「お洋服…?
  でも、ちっちゃくて着れないよ…」
 彼女が着るには、人間の服は小さ過ぎる。
 「ふふ、自分の身体と同じサイズになるように、思ってごらん?」
 「…え?」
 マリクに言われるままに、リーズは小さなローブと革靴を手にとってみる。
 せっかく、この人がくれたんだから、着てみたいけど…
 そう思いながら、小さなローブと靴を眺める。
 辺りを薄い光が包んだ。
 「わ…大きくなった!?」
 ローブは空を覆うかのように大きくなり、革靴は人間の身体よりも大きくなった。
 こんな魔法の道具は、見た事が無かった。妖精達に、こんな服や靴を作る事は出来ない。
 「すごいな…
  これ、どうやって作ったの?」
 うっとりとした表情で、リーズがマリクに尋ねた。だが、返事が無い。
 先ほどまで彼が居た場所に、彼は、もう居なかった。
 辺りを見渡しても、もう、マリクはどこにも居なかった。
 「ちょ、ちょっと、どこ行ったの!」
 リーズの怒鳴り声に返事は無かった。
 …でも、いいや。
 マリクは、また明日も遊んでくれるって言った。
 だから、嬉しかった。明日、またマリクに会えると思うと、胸がドキドキする。
 多分、自分は遊ばれているんだ。小さなマリクに、玩具にされている。
 …でも、そういうのもいいな。
 リーズの頭の中は、マリクの事でいっぱいだった。
 妖精が、妖精にも作れない物を作れる人間に会ったのは、それが初めてだった。
 ぼんやりと、マリクの事を考え続ける。彼の穏やかな微笑みと、理不尽に空を飛び回る姿が忘れられない。
 恋という感情は、妖精には無い感情だったから、リーズは自分の気持ちがよくわからなかった。
 それから、村を壊して遊んでいた妖精の友達がリーズの所に帰ってきたから、彼女はみんなと一緒に住処へと帰っていった。
 100人程の人間達を虐殺した妖精の仲間達は、興奮気味に人間達を踏み潰したり、握り潰して遊んだ事を話している。
 リーズは、少しだけ居心地が悪かった。
 …友達になった方が、楽しいと思うんだけどな?
 リーズは、今日出会った、二人の人間の事を思う。
 赤いローブを着た少年と、黒いローブを着た少年。
 リーズは、一日のうちに二つの出会いを体験した。
 それは、彼女がファフニーと出会う1000年位前。神話の時代の終わりが近づく、ある日の事だった…