妖精の指先 その8
WEST(MTS)作
※この文章は巨人が小人を様々な手段で弄ぶ表現が含まれています。
残酷な表現等が含まれますので、18歳未満の方は読まないで下さい。
8.古代妖精の絶望
ラウミィは、少し戸惑った。
彼女は武器を向けられて、命令をされた事は初めてだった。しかも、それをしたのが、自分の人差し指と同じ位の大きさの小さな生き物なのだ。
『やめろ!
リーズに手を出すな!』
小さな生き物が言った。
…このゴミは、何を言ってるんだろう?
特に腹が立ったというわけでもない。ただ、ちょっと不思議に思っただけだ。だが、それも一瞬の事だった。ゴミ共の考える事など、私達、妖精が理解出来なくても当たり前だ。と、すぐに忘れた。
リーズを拾い上げようとして伸ばしていた手を止めて、その手を、剣を構えた小さな生き物に向かって伸ばす。小さな生き物の顔色が恐怖に染まるのがわかった。
人差し指を親指で押さえて、弓のようにしならせ、それを軽く弾いてみた。
ファフニーが避ける暇など無い。
巨人だから動きが遅いという事は全く無いのだ。女の子の巨人の動きは軽やかで、むしろ人間よりも早い位だ。
妖精の動きは、優雅で速い。
ファフニーの頭の上から伸びてきた手は、人差し指で彼の事を弾くと、彼を何メートルか弾き飛ばした。ファフニーは地面に倒される。数人で抱えるような丸太で叩かれたようなものだ。
もう、ファフニーは動く事が出来ない。
…やっぱり、ただのゴミよね?
何か特別な力を持っているわけでもないようだ。
リーズの知り合いのようだから、何か特別な人間なのかも知れないと、ラウミィは少し気がかりだった。昔のリーズの友達には、妖精を傷つける力を持っていたり、妖精にも作れない物を作れたり、さすがのラウミィもゴミとは呼べない者も居た。
でも、この人間は違う。
単なるゴミだ。
少し笑ってしまった。
あと、何回、指で弾いたら動かなくなるのかしら?
ラウミィは、少し微笑んだ。
遊んでみようかと思った。
少しお腹も空いたから、動かなくなったら食べてしまえばいいだろう。いや、でも殺したりすると、またリーズが怒るかしら?
ラウミィは、ファフニーをどういう風にするか、考える。
玩具や食料としてしか、人間の事を見ていない。
「ラウミィちゃん、やめて!酷い事しないで。
あたしのお友達なの!
ファフニーもラウミィちゃんに謝って!
泣いたり、謝ったりするの、得意でしょ!?」
ファフニーが紙くずのように吹き飛ばされたのを見て、リーズが叫んだ。大きな声を出すだけで息が苦しい。自分も、大して変わらない風にファフニーを扱う事が結構多いが、こうして見ていると心配になる。
「友達?」
リーズの言葉を聞いて、ラウミィは首を傾げた。
「友達って…あなたこそ、まだ、そんな事をやってるの?」
正直、呆れた。
やっぱり、こんな世界からは、早くリーズを連れて帰った方が良い。
「わかったわ。このゴミは見逃してあげる。
だから、もう私と来なさい。
さあ、私の手に乗って。
連れて行ってあげるから…」
ラウミィは優しく言いながら、再びリーズに手を伸ばす。
「本当に…ちゃんと約束守ってくれる?
ラウミィちゃん、結構、約束破るから…」
リーズが少し疑うような目をラウミィに向ける。
「守るわよ、多分」
「多分じゃ嫌だよ。ファフニーをこれ以上、虐めないで」
古代妖精達の話は、なかなかまとまらない。
…なるほど。リーズも古代妖精だ。仲間の所に行くのが正しいのかも知れない。
でも、
「リーズを連れて行くな!」
もう一度立ち上がったファフニーは、妖精達の間に割って入った。リーズは行きたくないと言っていた。
だから、ファフニーは行かせたくなかった。
「リーズの友達だったら、力づくで連れて行くような事をするな。
ちゃんと話せば良いじゃないか!
リーズも、僕の為になんて考えちゃだめだ!
本当に行きたいの?それでいいの?」
ラウミィとリーズに向かって、叫んだ。
「さっきから、うるさいわね!
話してわかる子だったら、1000年も前に連れて帰ってるわよ。
大体、お前のような虫けらが、私達妖精の事に口を挟むんじゃないわ!」
今度は、彼女も怒った。
足元で、いつまでもリーズの友達のつもりでいる虫けらに腹が立った。
「お前、自分の身の程…わかってるの?」
怒鳴りつけた後、一息ついて、今度は静かに言った。頭を冷やすと、真面目に取り合おうとしたのが、馬鹿らしくなった。ファフニーに手を伸ばす。
ファフニーは剣を振り回してみるが、ラウミィは全く気にせず、そのまま彼の胴を鷲づかみにした。
鷲掴みにされたファフニーの体が空へと運ばれる。彼は握り締める手に剣を突き立てようとするが、全く刺さらない。何のダメージも与えていない。
「そんな、おもちゃの剣じゃ妖精は傷つかないわよ?」
ラウミィは無表情に言った。
ファフニーの抵抗を無視して、彼に顔を近づけて観察する。
…ただのゴミだ。
どこからどう見ても、ただのゴミだ。
自分の手の中で暴れている小さな虫けらを観察した。
リーズの友達のつもりでいる虫けらには、何の力も無く、やはり、只のゴミと思えた。
「…まあ、それでも、私に逆らうなら、せめて、がんばって剣を持ってる事ね?
しっかり持ってなさいよ。
武器も無くなったら、本当におしまいよ?」
彼女の無表情な顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
ファフニーを鷲掴みにしている手と反対側の手が、彼へと伸びた。
細い指が、ファフニーの剣を持つ右腕を摘んだ。
「離せ!」
少し摘まれただけで、耐えられない重圧を感じた。 肘の上から肩にかけてを指で摘まれている。彼の腕よりは、ラウミィの細い指の方が、よっぽど太かった。
「ラウミィちゃん!
そういう弱い者虐めは、しないで!」
リーズが叫んだ。ラウミィは聞かずに、ファフニーの顔を覗き込む。
「ほーら、しっかり頑張りなさいよ?」
身の危険を感じたファフニーはもがくが、彼の手を握り締めるラウミィの指は、びくともしない。
ラウミィの笑みが大きくなる。
じーっと、手のひらの中に居る虫けらの表情を見ている。
それから、彼女はファフニーの右腕を摘んでいる指に力を入れた。
細くて柔らかい、小人の腕の手ごたえを感じた。
「うぁぁ!」
ファフニーの絶叫。
苦しそうに涙を流している虫けらの様子を見て、ラウミィの笑みは一層大きくなった。
…あはは、良い声ね。
ラウミィは楽しそうに、ファフニーの腕を摘む指に力を入れた。
すぐにファフニーの右腕の骨は砕け、肉が潰れた。
ぐりぐりと、指の間ですり潰してみた。
「あら、がんばって持ってなさいって言ったのに、もう気は済んだの?」
腕を握りつぶされて、剣を持っていられなくなったファフニーをラウミィは罵った。
ファフニーは痛みと失血のショックで、もうラウミィの声を聞いていなかった。
「…おいしそうね」
人間の血は、いい匂いがする。おいしそうな匂いだ。
ラウミィは、人間の血の匂いを我慢する気は無かった。
人間は妖精達の手のひらに乗る玩具のサイズで、血と肉は妖精達にとって良質の栄養。
そういう風に妖精達が作ったのだ。
…だから、妖精が人間を食べる事に、ためらう必要や理由は何も無いでしょう?
ラウミィは迷わず、潰したファフニーの腕に口を近づけ、舌を這わせた。
ずたずたになった小人の腕から流れる血を舐める。
ああ、やっぱり、おいしい…
神話の時代から、慣れ親しんだ味だ。
食料にされているファフニーも、何も文句は言わなかった。
目の前に迫った巨大な笑顔と、自分の潰された腕を舐めようとする、やはり巨大な舌。
その舌が触れた瞬間に、痛みと失血のせいで、彼は気を失っていた。
ラウミィの手に鷲掴みにされたまま、ファフニーは動かなくなった。
からん。
と、ファフニーの手から落ちた剣がリーズの側まで落ちてきた。
「それ以上やったら…妖精の仲間でも、殺してやる!」
リーズは叫んでみた。
だが、体に力が入らない。
「無理よ。
今のリーズ、ゴミ共と大して変わらないじゃない?
…悔しかったら、食べ物を食べる事ね。
ちゃんと、古代妖精らしく…ね」
ラウミィは、おいしい物を見る目で、手の中のファフニーを見たままリーズに言った。ぐちゃぐちゃに潰した彼の右腕が、おいしそうだ。
「なによ…
ゴミは、あんたの方よ!」
今のリーズには、妖精の友達の方がゴミだと思えた。
「ファフニーは、そんな事しないもん…
あたしより強い時でも、力づくで虐めたりしないよ!
何で、そんな風に人間を扱うの!?
人間って、確かに最初は、あたし達の玩具だったかも知れないけど、もう、違うんだよ!」
リーズは、ラウミィの頬を平手で叩いてやりたかった。
その力が残っていない事が悔しかった。
今でも1000年前と同じように考えている、妖精の友達の事が悲しかった。
自分を護ろうとする、優しいけど無謀な人間の友達に腹が立ち、愛おしかった。
「相変わらず…何を言っても無駄みたいね」
ラウミィはため息をついた。
1000年前と変わらず、頑固に人間を偏愛している友達の気持ちが、彼女には全く理解出来なかった。
こんなゴミのどこが良いんだろうか?
玩具代わりに適当に作った虫けらのどこが良いんだろうか?
この変わった趣味さえ無ければ、リーズも良い子なのに。と、彼女の事がもどかしい。
古代妖精の友達同士は、価値観が違いすぎて、話が噛み合わない事を、お互いに理解した。
「…ま、あなたを無理矢理に連れて行っても仕方ないわね。
今日は帰るわ」
ラウミィは言った。
先程、ファフニーに言われた事と同じで気に障るが、友達を力づくで連れて行っても仕方無い。
「早く、ファフニーを返してよ!」
リーズが叫ぶ。彼女には、それが全てだった。
「…それは、だめね。
この子は、ちょっと借りていくわ。
そうね、一週間位遊んだら返してあげるわよ」
「ふ、ふざけないで!
そんなのだめよ!」
ファフニーを連れて行かれては、何の意味も無い。ラウミィがどういう風に人間を扱うのが好きか、リーズは友達だからよく知っていた。
そして、自分が何を言っても無駄な事もわかっていた。
…なら、もう、死んでもいいや。
あまり迷わず、リーズは心を決める事が出来た。
リーズの周りが薄い光に包まれた。
最後の力。
命を繋ぐ為に残っている最後の力しか、彼女には使える力が無かった。
「あ、あなた、平気なの?」
あわてたのはラウミィだった。
目の前に、古代妖精のリーズが居た。
彼女と同じ目の高さ、古代妖精の目の高さである。足元で這い回る、ゴミ共の目の高さでは、ない。
無理矢理に元の姿に戻ったリーズは、何も言わずに気を失っているファフニーに向かって、少し指を近づけた。
薄い光がファフニーを包む。彼の潰された右腕が、腕の形を取り戻した。
「…必ず、ファフニーを返すのよ。
傷一つ付いてたら…許さない…」
一言だけ、リーズは呟いた。目が虚ろだ。
その形相が死人か幽霊のようで、ラウミィは少し怖かった。
そうやってファフニーを癒し、ラウミィに釘を指すので、リーズは精一杯だった。
再びリーズの周りが薄い光に包まれる。
光が収まり、リーズは人間と同じ大きさに戻った。
もう、意識を保っているのも辛かったが、ラウミィを見上げて睨みつけた。
「そんな目で見ないでよ、わかったから…」
もしも、こんな生意気な目で睨んでくるのが人間だったら、ラウミィは考える事無く、その人間の上に足を降ろして踏み潰している所だ。
「じゃ、またね」
ラウミィは背中の光の羽根を、大きく広げた。
優雅に羽根を羽ばたかせる。
光の羽根は、風を起こす事も無く、その輝く軌跡だけを空に描いていた。やはり、物理的な実体は無いようだ。
ふわりと浮き上がった古代妖精は、手のひらにファフニーを握ったまま飛んでいった。
彼女が見えなくなるのを確認したリーズは、そのまま地面に倒れた。
このまま目を閉じたら、二度と目が開かない気がした。生きるのに最低限に必要な力を削った。
…でも、あのままじゃ、ファフニーが死んじゃうもんね。
後悔は、していない。
ラウミィが人間の傷を治す事はありえない。あのまま彼女に連れて行かれたら、ファフニーが帰って来る事は無いと思った。そもそも、彼女は友達との約束を結構破る。
「ねえ…マリク?
ファフニーが、あたしのお腹の中で気を失いそうになった時…あなた、ファフニーを励ましてくれたんだよね?」
静かに目を閉じて、うわ言のようにリーズは呟いた。
「あたしの事も…たまには、励ましてよ。
あなたを食べた後ね…
もう、1000年も、あなたに会いたいって思ってるんだよ…?」
それ以上、リーズは何も言わなかった。
リーズは静かに気を失った。
二人の古代妖精が暴れ、穴だらけになった地面の真ん中で、小さく寝転んでいた。
死んだように、彼女は眠る。
一方、ラウミィの手のひらに握られたファフニーは、彼女に握られてどこまでも飛んでいく。
目を覚ました時、さすがに呆然とした。
まず、やけに強い風が吹いていて、寒い。
正確には風の方から吹いてきているのではなく、自分達が風のように飛んでいるから、空気が強く体に当たるのだ。
息も苦しい。
ラウミィが、しっかりと彼の事を握り締めているからだ。身動きが取れない。
…何があったんだろう?
一応、潰された右手は治っているようだ。流れた血は風に流されて乾き、黒い染みのようになっていた。痛みは無い。リーズが治してくれたんだろうか?この、ラウミィという古代妖精が治してくれたとは、とても思えない。
ラウミィの細い指で腕を握りつぶされた事は、よく覚えている。彼女が躊躇無く自分の腕を握り潰し、おいしそうに、自分の傷口の血を舐めていた事を覚えている。
その時の彼女の嬉しそうな顔と、傷に舌が触れる痛みで、気を失ったからだ。
よくわからないが、今は、おとなしくしていた方が良いと思った。
地面の方を見ると、とても遠く見える。生えている木も小さく見えた。
どうやら彼女の手に握られて、胸に押し当てられながら飛んでいるようだ。
こうしてラウミィの手に握られて空を飛んでいる間は、何をしても無駄だろう。
「あら、気がついたの?
気分は、どう?」
優しく嘲るような声を聞いた。ラウミィの声だ。楽しそうにしている。
「こんな風に空を飛んだのは、初めてです。面白いですね」
ファフニーは怒りを抑えて、言った。
「あら、ちゃんと敬語で話せるのね。
少しは、身の程がわかったの?」
「頭のおかしな妖精に、友達を力づくで連れて行かれそうになったりしなければ、普段は敬語で話しますよ?」
遥か空の上で、妖精の手のひらに握りしめられながらも、彼は言った。
ほんの数秒前に、今は、おとなしくしていた方が良いと思ったことも忘れた。
「…まだ、わかってないみたいね?」
ラウミィは、ファフニーを握る手に力を入れた。
「都合が悪くなると力づく…ふふ、やっぱり子供…ですね…」
このまま握り潰されるかも知れない。この女は人間の命をゴミ同然に考えている。だからこそ、殺される前に言えるだけ言っておきたかった。
ファフニーは怒りの方が恐怖を上回っていた。
「黙れ、ゴミくず」
少し力を入れてラウミィがファフニーを握りしめると、彼はすぐに気を失った。
…なんなのよ、このゴミは?
さっき、腕を握り潰してやったというのに、全く身の程がわかっていない。
…まあいいか。
家に持って帰って、ゆっくり楽しめばいい。
どんなに強がっても、所詮はゴミだ。今も、少し強く握っただけで気を失っている。
…うふふ、いつまで強がっていられるか、楽しみね。
住処に向かって空を飛びながら、ラウミィは一人で微笑む。
彼女はファフニーを弄び、変わり果てた姿に変えて、リーズに返すつもりだった。人間がゴミだという事を彼女にはっきりと教えてあげるつもりだった。
そうすれば、きっとリーズも考え方を改めるはず。
…人間はゴミなんだ。ゴミなんかを気にしてリーズがおかしくなるのなんて許せない。
ラウミィは、そんな事を考えながら飛び続けた。
その後、ファフニーが次に目を覚ましたのは、広い宮殿のような場所だった。大理石の床に、調度品が並んでいる。
中でも目立つのは、やけに大きな椅子だった。玉座のように装飾をされた豪華な椅子である。人間が座るサイズの椅子ではない。
そんな、古代妖精のサイズに作られた玉座に、ラウミィは座っていた。彼女の足元で何か小さな生き物…ファフニーと同じ位の大きさ…が動いているように見えるが、遠くてファフニーには、よく見えなかった。
「あら、目が覚めたの?
それなら、こっちに来なさいよ」
目を覚ましたファフニーに、ラウミィは陽気に声をかけた。
ラウミィが座っている玉座から少し離れた床に、ファフニーは寝かされていた。
「ここ、私達が昔、住んでいた所よ」
ラウミィは言う。ファフニーは、そんな事は聞いていない。
「僕を連れてきて、どうするつもりなんです?
リーズを連れて行くつもりじゃなかったんですか?」
「…そうね、一つルールを決めておきましょうか」
ファフニーの質問に答えず、ラウミィは玉座から立ち上がると、3歩ほど歩いた。それが、ファフニーまでの距離だった。
かがみ込み、足元に居る彼に右手を伸ばすと、何も言わずに人差し指で弾いた。親指を使って、弓のように絞って、弾いた。
小さなファフニーは、彼女の指に何メートルか飛ばされる。大理石の床に叩きつけられた。
「一つ目。お前は…私の言う事を何でも聞く事。
二つ目。私が気に入らない事は、しない事。
…私に指で弾かれたくなったら、私に逆らったり、私の気分が悪くなる事をしろって事ね」
弾き飛ばしたファフニーに向かって、楽しそうに言った。
「逆らっても…無駄だって言いたいんですね?」
土の地面と違って、大理石の床に叩きつけられると、受身をとっても痛い。
相変わらず、何がどうなってるのかわからないが、力づくで弄ばれるのは、ある意味慣れている。
「そうよ。
強がって、逆らっても無駄よ」
ラウミィは笑顔で言って、もう一度、ファフニーを指で弾いた。彼は巨大な指に、紙くずのように飛ばされる。
続けて何度も弾かれると、ファフニーは辛かった。
「…わかりました、言う通りにします」
逆らうと、彼女に軽く指で弾かれる。例え、僕が死んでしまう位に弱っていたとしても、この子は容赦なく僕を指で弾くだろう。
ファフニーはラウミィの言う通りにする事にした。ともかく生きてリーズの所に帰りたい。
「『心までは屈しない』って顔をしてるわね?
人間は小さいけど、気高い心を持ってるって感じかしらね。
…ま、それでいいわよ。さ、玉座の近くまで歩いてきなさい」
満足そうにラウミィは言うと、玉座の方まで戻った。
彼女が歩くと、大理石の床に靴の音が響いた。床が少し揺れるようでもあった。
ファフニーは言われるままに玉座の前まで歩く。ラウミィにとって数歩、100メートル程度の距離だった。
玉座に近づくと、先程、ラウミィの足元に居た小さな生き物達の姿がファフニーにもはっきり見えた。
それは人間だった。全員、裸の若い男性である。
ラウミィが玉座に座って足を組むと、玉座の足元に居た人間達は彼女の靴を磨き始めた。自分の舌や、布を使って彼女の大きな靴を綺麗にしようとする。
「これが…あなたの『楽園』ですか?」
「あら、賢いのね。説明してあげようと思ったのに。
カワイイ男の子は、こうして使ってあげてるんだけどね…」
ファフニーの理解力が高すぎて、ラウミィは、少しつまらなそうにしている。
だが、すぐに、にっこりと微笑んだ。
「…じゃ、私を不愉快にしたから…ね?」
言いながら、玉座の足元まで来たファフニーに手を伸ばし、指で弾いた。また、ファフニーは飛ばされる。
…本当に、人間をゴミ扱いだ。
実際、ラウミィがやっている事はリーズと大して変わらない気もするのだが、やはり彼女とは根本的に違う。
ファフニーは、よろよろと立ち上がる。
ラウミィの足元で作業をしている人間達は、彼とラウミィの、そうしたやり取りにも何の反応も示さなかった。
古代妖精にとっての楽園であり、人間にとっての地獄。
リーズから神話の時代の話を聞いた時、こういう光景を想像した事は、あった。
それでも、目を背けないでいるには厳しい光景だった。
「お前やリーズは、わかってないみたいだけど、これが人間よ?」
言いながら、ラウミィは彼女の靴を磨いている人間の一人を摘み上げた。リーズの革靴と似た感じの、足首までを覆う革靴を、何人もの人間が磨いている。
人間を摘み上げたラウミィは玉座を降りて、ファフニーの近くに座り込む。
彼女が玉座を降りようとして足を動かした時に、彼女の靴を磨いていた人間達がまとめて蹴飛ばされたが、ラウミィは何の興味も無いようだった。
「どう、楽しそうにしてるでしょ?」
床に座り込んだラウミィは、摘み上げた人間をファフニーの前に持ってくる。
頭を摘んで持ち上げて、少し揺らしてみた。
ラウミィに頭を摘まれた人間は、何の抵抗もせず、風に吹かれた洗濯物か何かのように揺れている。こんな風に頭だけを持たれたら、首に全体重がかかって、骨が折れてしまうかもしれない。
何よりもファフニーが気になったのは、その人間の顔だった。
彼は満足そうな笑顔を浮かべていた。
「楽しそうにしてるでしょ?」
ラウミィは言った。確かに、その人間は楽しそうな顔をしているが…
多分、彼女に何かされたのだろう。正常な意識があるようには見えない。
「わかる?これが人間よ?」
ラウミィは、もう片方の手で、その人間の胸を摘んだ。
親指と人差し指の間に、人間の胸を挟む。
「やめろ!」
思わず、ファフニーは叫んだ。ラウミィが嬉しそうに笑った。彼がまた逆らったから、また、彼を指で弾いてしまおう。次の楽しみが出来た。
「お願いだから、そんな事はしないで下さい!」
彼の言葉に耳を貸さず、ラウミィは人間の胸を挟む指に力を込めた。
ぷち。
ラウミィの親指と人差し指が、血まみれになって合わさった。
「楽しそうにしてるでしょ?」
さあ、見てごらん。と、ラウミィは言った。
胸を握りつぶされた人間は、当然、生命の光が消えていたが、満足そうに笑ったままだった。
目の前で人間がゴミのように握りつぶされて、ファフニーは体が震えた。
…同族がゴミのように扱われて、自分もゴミだって、理解したかしら?
震えているファフニーの様子を見て、ラウミィは楽しかった。
彼女は握りつぶした人間を遠くに投げ捨てた。
「さ、みんな、片付けておいてね」
彼女が言うと、靴を磨いていた人間達が、そちらに向かって移動を始めた。おそらく、この人間達は全て、ラウミィに踏み潰されても笑っている人間なのだろう。
…まるで人形みたいだ。
背筋が寒くなったファフニーの目の前に、急にラウミィの指が近づいた。
一回。二回。
何の言葉も無く、ファフニーは二回、彼女の指に弾かれた。
「二回、口答えしたわよね?」
ラウミィは微笑んだ。
いきなり二度も弾かれて、ファフニーは痛かった。
再び、ラウミィの手がファフニーに伸びた。彼の体を掴むと、着ているものを引きちぎった。
これから、自分が何をされようとしているのか、ファフニーは理解した。
リーズが言っていた事を思い出す。
『…あのね、食べられたり踏み潰されるのを怖がるようになった人間もね、しばらく口に入れて舐めてあげると、段々、昔の自分達を思い出すの』
リーズは言っていた。
昔の人間の姿。それは、さっきラウミィに握りつぶされた人間のように、妖精達に虫けらのように殺されても笑っている姿だ。
古代妖精達は人間を舐める事で、それを本来の姿に戻す事が出来る。何でも言う事を聞く奴隷に出来る。強力な魅了の呪文でもかけるようなものだ。
ラウミィは裸にしたファフニーを摘んで、顔の前まで持ち上げた。
「リーズから聞いてるかしら?
古代妖精が人間を舐めると、どうなるか」
ファフニーは怯えた顔で、頷いた。
「…そう、それなら良かった」
説明する手間が省けた。ラウミィは頷いた。
「お願い、やめて下さい!」
ファフニーはラウミィに向かって、すがるように言った。
自分が自分でなくなるのは、嫌だ。
「…あら、やっと、そういう顔をしてくれたわね」
怯えたファフニーの顔は、ラウミィを喜ばせた。
「うふふ、さっきまで強がってたのに、可愛いわね」
満面の笑顔を、顔の前にいるファフニーに見せつけた。
…人間なんて、こんなものだ。
「嫌だったら、力づくで抜け出してみたら?」
そう言って、手の中に摘んでいるゴミを軽く握り締めた。
「ずるいよ…何でも力づくで」
力では、敵うはずも無かった。
「自分の身の程がわかったら、おとなしく玩具になってなさいね?」
勝ち誇ったように笑うラウミィの目を、ファフニーは見ていられなかった。
そのまま、彼を口の中に放り込んだ。飴玉のように舐め回した。
…嫌だ。心まで奴隷になるのは、嫌だ。
人間としての意識を失うのは耐えられない。
ラウミィの舌を掴んでみようとしたり、唇をこじ開けて外に出ようとしたり、抵抗しようとした。
でも、自分を弄ぶ舌を振り払う事も、ラウミィの口の中から抜け出す事も、いくら暴れても無駄だった。もし、口の中から出られたとしても、また、すぐに力づくで押し戻されるだけだろう。
少しづつ、心が犯される。
しばらくして、ファフニーは彼女の口の中から出された。
「私の事、どういう風に見える?」
ラウミィがファフニーを手のひらに乗せ、天使のように微笑んだ。
ファフニーは彼女の事を、うっとりと見つめてしまう。
…なんて、可愛いんだろう。
自分より少し幼い顔が、優しく微笑んでいる。
可愛いだけじゃない。
僕を手のひらに乗せられる位に大きい。圧倒的な大きさだ。
もちろん、僕の事など指先一本で押しつぶす事が出来る位に強い。
圧倒的な美しさ、大きさ、強さ。
この、幼い笑顔を見せる巨大な女の子は、とても人間が逆らって良い相手じゃない。彼女に比べれば人間はゴミのようなものだ。
人間は、この古代妖精達の手のひらの上で、彼女達の思うままに弄ばれ、食べられれば良いんだ。
ファフニーの顔に、笑みが浮かぶ。
…違う。だめだ。
ファフニーは首を振った。
「あら、さすがにリーズのお気に入りね」
ラウミィは感心した。
さすがに、1回舐めただけじゃ、平気みたいね。
…でも、いつまで耐えられるかしらね?
にやにやと、ラウミィは笑みを押さえられなかった。
それだけ、楽しみが長く続く。
「うふふ、いいのよ。
1日に100回づつ、口に入れて舐めてあげるつもりだから、がんばって抵抗しなさいね」
ラウミィにとっては、飴玉でも舐めるように、適当に舐めまわすだけの行為だ。それが、ファフニーにとっては、人間としての自分を維持するために必死で抵抗する行為に値する。
「そんなの、ずるい…」
あまりにも不公平だ。ファフニーが弱音を吐いた。
リーズに舐められた時と似ている感覚だ。
少し舐められた位なら、困惑した心も時間が立てば元に戻る事は、彼女に舐められた時にわかった。
ただ、休みも無く、心が完全におかしくなるまで、何度も舐められたら、どうなるだろうか?
ラウミィの住処に居る人間達、彼女に握り潰されても楽しそうにしている、心を完全に壊された人間の姿を、ファフニーは思い出した。
踏み潰されたり、握りつぶされたりした方がマシだと思った。
もし、そんな姿になった僕を見たら、リーズは、どういう風に思うだろう?
「人間に気高い心があれば、何度舐められても全然平気でしょ?
うふふ、可愛い女の子に体中を舐めてもらえるんだから、喜べば良いじゃない」
言いながら、もう一度、ファフニーを口に放り込んだ。飴玉のように、舐めまわした。
しばらくして、また、彼を口から出す。
ファフニーは、さっきよりもまた少し、ラウミィの事を可愛いと思うようになった。
このまま、彼女の体や靴を舐めて、きれいにしてあげたい。という気持ちが心の中で強くなる。
「そうだ、一人で気持ち良くなるのは、ずるいわよ?
私の事も…気持ち良くしてくれない?」
ラウミィはファフニーを摘んで、胸の柔らかい膨らみに押し付ける。
「さ、舐めなさい。
どこを舐めたら良いか、わかるわよね?」
胸を覆っている布を外して、彼に乳首を見せた。
「さあ、さっさと舐めなさい」
ラウミィはファフニーを摘む指に、少しだけ力を入れた。
「わかりました…」
ファフニーは言われるままに、それを口に含んで舐め回した。とても気持ちいい。
「どう?
気持ち良いでしょ?
これが人間よ」
嘲るように、ラウミィは言った。
「…じゃ、また舐めてあげるね」
そう言って、ラウミィは彼を口の方に運ぶ。
「そうね、もし、一週間しても、お前が屈しなかったら、その時は認めてあげてもいいわよ」
ラウミィは言った。
「一週間しても、まだ強がる事が出来たら…握りつぶして食べてあげる。
うふふ、敬意を表して、他のゴミとは違う風に、しっかり噛み砕いてあげるわよ?
他の人間と、違う味がするかしらね?
がんばってね。お前が一週間持ちこたえるの、楽しみにしてるわ」
ファフニーが誘惑に耐えた場合の報酬を彼に提示した。彼の顔に絶望が浮かぶのを、ラウミィは見た。
…まあ、本当に食べたら、多分、リーズが絶対許してくれないだろうから、食べるわけにいかないんだけどね。
リーズの事が無ければ、本当に食べるつもりだった。
ただ、彼女の様子を見た限り、このゴミに対する入れ込み方は普通ではなかった。
殺してしまったら、リーズは、二度と自分を友達と言ってくれないだろう。
リーズが入れ込んでいるこのゴミが、他のゴミと変わらずに貧弱である事を、彼女に示さなくては意味が無い。
…殺したくても殺せない。本当に、腹の立つゴミだ。
ラウミィは、再びファフニーを口の中に放り込んだ。
…まあ、あわてる事は無い。少しづつ、壊せば良いんだ。
もう一度、にやにやと笑った。
耐える事の報酬が死。
それは、真偽はともかく、ファフニーの心を砕くのに十分な言葉だった。
ラウミィは何度も彼を口に入れて舐め回し、彼が壊れていく様子を確認する。
ファフニーも、舐められる度に、確実に心を壊されていくのを感じた。
やがて、ラウミィの舌が股間に触れると、彼は快感に耐えられなくなった。
…リーズ、ごめんなさい。
彼は快感に身を任せて、リーズに謝った。
口の中に、少年が誘惑に屈したという証が放出されたのを、ラウミィは感じた。
…あと、少しみたいね。
彼女は白い液体を飲み込み、ファフニーを口から出すと、地面に置いた。
「さ、私の靴を舐めなさい」
彼女が冷たく言うと、ファフニーは小さく微笑んで、彼女の靴を舐めた。嬉しそうにしている。
ラウミィは、ひざまずいている彼の上に指を伸ばし、大理石の床に押し付けた。ファフニーは苦しそうな顔をする。指を離すと、それは再び、靴を舐め始めた。
…ふーん、まだ、少しは心が残ってるみたいね。
潰されても笑っているようになれば、正しい人間の完成だ。
…まあ、ゴミは、ゴミね。
時間の問題だと思った。
何故、人間は自分が心を持っているなんて考えるんだろう?
ラウミィには不思議だった。
確かに、心みたいなものが、少しはあるかもしれない。でも、こうして舐めてやれば、すぐに消えてしまう程度のものだ。
…なんでリーズは、それがわからないんだろうか?
足元で自分の靴を舐めている小さな生き物が、やはりラウミィにはゴミとしか思えなかった。
リーズのお気に入りだから、少しは違うのかもしれないという気持ちもあったが、別に、他のゴミと違う気はしなかった。
ファフニーは混濁した意識で、ラウミィの靴にキスをした。おいしそうに、靴を舐める。もう少しで、体も心もラウミィの奴隷になれる。それが、とても幸せな事だと感じていた。
『ファフニー、とても幸せそうだね?』
声が聞こえた。
ファフニーの頭の中に、黒いローブを着た男の子の姿が浮かぶ。
「マリク…ですか?
お願いです、助けて…!」
ファフニーはラウミィの靴を舐めながら応えた。マリクの声は、相変わらず現実か幻かわからなかったが、もう、頼れるものには何でも頼りたかった。
『助ける?何を助けると言うんだい?
僕は君の友達でも何でも無いよ。
…第一、君は、幸せになろうとしてるじゃないか。
人間のあるべき姿、本質に近づこうとしている』
マリクの楽しそうな声が聞こえる。
「嫌だ…リーズに会いたいよ」
『会えるさ。
彼女は、本来の人間の姿に戻った君をリーズに帰してやるのが目的なんだから』
「そんな…
それじゃリーズが悲しむよ…」
『まあ、君がどういう風に考えようと、耐えようとするのは無駄な努力さ』
それ以上、マリクの声は聞こえてこなかった。
…そういえば、マリクの顔って、さっきラウミィに握りつぶされながら笑い続けてた人みたいだ。
ファフニーは気味が悪くなった。
「さ、それじゃ、そろそろ、また舐めてあげるね」
ラウミィの優しい声が聞こえて、上から彼女の手が近づいてきた。
ファフニーには、彼を見下ろすラウミィの顔が、穏やかに微笑む女神様のように見えた。
「リーズ、ごめんなさい…」
ファフニーは、一言、呟いた。
早く、ラウミィの口に頬張られて、体中を舐めまわされたいと思った。
食べられても良い。
踏み潰されても良い。
僕はラウミィ様の物。
彼の顔に、幸せそうな笑みが浮かんだ。
…いや、違う。違うんだ。
まだ、理性は、かろうじて残っている。
『まあ、君がどういう風に考えようと、耐えようとするのは無駄な努力さ』
マリクの言葉が、もう一度、頭に浮かんだ。
確かに、こんな気持ちの良い事をいつまでも耐えられる気がしない。
彼の言うとおりだと思った。
それが、人間だと思った。
ラウミィは、彼女の力に抵抗する手段が無い小人を玩具にし続ける。
ファフニーはラウミィに弄ばれ続けた…
そうして、ファフニーがラウミィに弄ばれている頃である。
村の近くで倒れこんでいたリーズは、ようやく目を覚ましたところだった。
彼女は、一人では無かった。
目を覚ましたリーズの周囲を、大勢の人間達が遠巻きに取り囲んでいた。
…何なの?この人達?
何十人もの人間が居る。よく見ると、見たような気がする人も居る。近所の村の住人のようだ。昨日、ファフニーと泊まった村である。
リーズが目を覚ましたのに気づいた村人達は、ざわざわと騒ぎ始めた。
何…?何なの?
こんなに大勢の人間に囲まれた事など、今までに無い。リーズは、不安そうに辺りを見渡す。すっかり、取り囲まれている。
「この、化け物!」
男の子の声がした。
リーズが声の主を探すと、10歳位の子供だった。リーズの外見よりも、さらに幼く見える。本当に子供だ。
…そっか、あたしがラウミィちゃんとケンカしてるのが、村から見えたのね。
リーズは、彼女を取り囲む人間達から、自分がどういう目で見られてるのか、理解した。
『化け物』
男の子の言葉が、全てを物語っている。
「何で…こんな時に、護ってくれないのよ…」
彼女の事を護ると言って、小さい体でがんばっていた人間が、今は彼女の側に居ない。
「仕方ないか。
あたしが…護ってあげられなかったんだもんね」
一人で納得してみても、彼女を取り囲む村人は居なくなってくれない。
相変わらず、体の具合は良くない。立つのも辛かった。体にも心にも力が入らない。
自分を取り囲む村人達が騒ぎ始めたが、何を言っているのか、よく聞こえない。
…あたし、何でこんな目に会うの?
人間達に取り囲まれ、リーズは泣きたくなってきた。
自分は何か間違った事をしたのだろうか?
…そうか、あたしも人間を食べたんだ。他の妖精の子と同じように。
だから、人間達が怒っても仕方無い。
遠い昔の事を思い出した。
『相変わらず、何にも食べてないんでしょ?』
頭を過ぎるのは、ラウミィの言葉。
『さっさとゴミ共でも2〜3匹食べて、一緒に帰ろうよ…』
ラウミィは言っていた。
確かに、今、人間達に囲まれて、とても怖い。
だけど、無理矢理にでも、もう一度だけ元の姿に戻れば、それで済む話だ。
元の姿に戻って、人間を少し摘んで食べれば良い。
そうすれば、力は戻ってくる。
そのまま、ファフニーの所に飛んでいく事だって出来る。
「何とか言え、化け物!」
さっきの男の子が、また何か言っている。
リーズはうな垂れて、首を振った。
「もう…どうしたらいいのよ!」
下を向いたまま、叫んだ。
「マリク…!
あなたは、あたしの中に、まだ居るんでしょ!
何とか言ってよ!助けてよ!」
彼女の叫び声に返事は無い。
今、彼女にとって大事なのは、もう一度、ファフニーに会う事。
それが全てである。その為だったら、何でもやろうと思う。
後で、ファフニー自信にどういう風に思われる事になっても…
…でも、本当にそれでいいのかな?
「ねえ、マリク!
お願いだから、何か言ってよ!
本当にこれでいいの!?」
リーズは、もう一度叫んだ。
今、彼女は、一人ぼっちだった。