妖精の指先 その4
WEST(MTS)作
※この文章は巨人が小人を様々な手段で弄ぶ表現が含まれています。
残酷な表現等が含まれますので、18歳未満の方は読まないで下さい。
6.古代妖精の楽園
夕暮れの出来事である。
街道を少し離れた所に小さな泉があった。その傍らに女の子が1人、寝転がっていた。
女の子は10代の半ば位に見える幼い顔を、ぼんやりと幸せそうにしている。体を黒いローブで隠していた。ただ、少し体が大きくて、泉の周りに生えている5メートル位の高さの木が、彼女の膝よりも低かった。
今は寝転がっているが、彼女が立ち上がると、30メートル程の身長になる。人間に比べると、少し体が大きい。だから、彼女は、その気になれば人間を踏み潰したり、口に入れて飲み込む事も出来るだろう。
丁度、女の子は、人間を口の中に入れたところだ。幸せそうに、口に含んだ人間を転がしている。
こくん。
やがて、女の子は、口の中の小さな生き物を飲み込んで喉を鳴らす。それから、満足して、小さく息を吐いた。
古代妖精のリーズが、連れの剣士の少年…ファフニーを食べた所である。
「ファフニー、おいしかったよ…」
小さな生き物を飲み込んだリーズは、うっとりとした顔で呟いた。
約1000年振りの食事である。快感を感じた。
人間は、食べるとおいしい。
1000年振りに思い出した快感だった。
次の瞬間、彼女は起き上がる。
「や、やだよ!ファフニー!何やってるの!?
ねえ、出てきてよ!ファフニー!」
自分のお腹を叩きながら、叫んだ。人間を丸呑みにした女の子の叫び声は、森に響き渡った。
人間は、食べるとおいしい。でも、食べたら居なくってしまう。
1000年振りに思い出した恐怖だった。
叫んだ後、彼女は泣き出した。
「やだ…いなくなっちゃ、やだよ…」
彼女が飲み込んだ、ちっちゃいけど大事な友達がこの世から居なくなるまで、多分、それ程の時間は、必要無いだろう。
正気に戻ったリーズは、泣きながら、おろおろとした。それから、すぐ側にある泉に顔を沈めた。
ごくごく。
泣きながら、水を飲んだ。巨人の女の子が水を飲むと、小さな泉の水は、目に見えて水位が下がっていく。
急に水を沢山飲んだから、リーズは苦しくなった。
ごくごく。
苦しいが、飲んだ。
やがて、限界を越えて水を飲んだ彼女は、吐き気を感じた。
ふらふらと立ち上がって、2、3歩程…100メートル程…歩くと、苦しそうな顔でひざまずき、飲みすぎた水を地面に吐きだした。
彼女は1000年も何も食べていなくて、お腹の中が空っぽだったから、飲みすぎた水が、ほとんど飲んだ時と同じままに吐き出された。
もちろん、彼女が本当に吐き出したかったのは水ではなく、その前に飲み込んだ物である。
「ファフニー!」
リーズは泣き叫びながら、飲み込んでしまった友達の姿を探す。夕暮れで周囲の光は少なくなっていたし、涙で目が霞んでいたので、地面がよく見えない。
それでも、自分が吐き出した泉の水の中に、全く動かない小さな生き物の姿を見つけた。
彼女は泣きながら、動かないファフニーを手のひらに乗せる。そのまま泉に戻ると、手のひらに乗せた彼の体をきれいに流して、回復魔法を使った。
幸い、ファフニーがリーズに飲み込まれていたのは1分にも満たない短い時間だ。
ファフニーの命の光は、まだ十分に残っていた。
「あ…リーズ?」
リーズの泣き声で、彼は目を覚ました。
地面に両膝をついたリーズが、すぐ側で泣いている。
よくわからないけど、自分は助かったらしい。お腹の外の空気って爽やかだな。と、ファフニーは深呼吸した。
…それより、この子は大丈夫かな?、
彼の側で泣き喚いている女の子を見上げた。彼女が地面にひざまずいていても、その顔を見ようとするなら、彼は見上げなくてはならない。遥か上の方で泣き声を響かせている口に、先程、飲み込まれたのだ。
まず、何よりもリーズの事が心配だった。かなり落ち込んでいるように見える。
彼が目を覚ました事に、彼女もすぐに気づいた。
「ファフニー!?
ねぇ、大丈夫なの!
生きてる!?」
彼女は泣き喚いて半狂乱のまま、ファフニーに両手を伸ばした。彼女の手が、ファフニーの胴を掴んで握りしめ、顔の前まで持ち上げる。
「リ、リーズ、落ち着いて、本当に死んじゃいます!」
目の前にある半狂乱の表情のリーズの顔を見ながら、ファフニーは苦しそうな悲鳴をあげた。
正気でない表情の彼女に握りしめらると、飲み込まれた時よりも身近に死を感じた。
彼女に悪気があろうと無かろうと、彼女が少し力の加減を間違えたら、握りつぶされてしまうからだ。
ファフニーは、リーズに握りしめられている胸が、ひどく痛かった。骨にひび位は入ったかもしれない。
「ご、ごめんなさい…」
リーズは、あわてて彼を地面に降ろした。それから、苦しそうにしている彼の体にもう一度回復魔法を使った。そーっと彼の様子を見守り、元気そうなのを確認する。
「ファフニー、ごめんなさい…ほんとに、ごめんなさい…」
それから、また、泣き始めた。地面に手をついて、頭をすりつけるようにしてファフニーに謝る。
ファフニーは、こんなリーズを見るのは初めてだ。
…うーん、どうしたら良いんだろう?
大きくなったリーズが、足元に居る僕に土下座して謝っている。
こんな事、二度と無いんじゃないだろうか?
実際、リーズに食べられた彼だったが、今は、それ程には動揺しておらず、彼女の事を怒ったり嫌ったりする気持ちも無かった。
彼女が自分の事を力づくで口に放り込んで食べたわけではないからだ。また、リーズに飲み込まれた時には、自分も頭がぼーっとしていたし、すぐに気を失ってしまったので、怖かったけど、よく覚えていない。というのが、正直な所だった。
なので、目の前で泣き喚いて、落ち込んでいるリーズを見ると、むしろ心配になった。
リーズは大きな顔をして、ぼろぼろと泣いている。吐き出すまで水を飲んだから、苦しそうな顔をしている。
とりあえず、リーズが泣き止むまで、待とうかな…
大きな体のリーズに泣かれると、泣き声を聞いているだけで気が狂いそうでもあった。
ファフニーは耳を押さえながら、気分転換をしようと、辺りを見渡してみた。
そうすると、リーズが飲んだせいで、泉の水が明らかに減っている事が、まずは目についた。少し泉から離れた所には、大きな水溜りが出来ているのも見える。また、自分の服が特に溶けたりしていない事にも気づいた。
そうした光景を見ると、彼はリーズが何をしたのか大体わかった。
…苦しくなるまで、沢山の水を飲んで、僕と一緒に吐き出したんだね。と、水溜りを見る。吐きだした物にしては、きれいな水溜りだな。と、ため息をついた。
リーズのお腹の中で、何だか溺れたような気がするけど、あれは、リーズが飲んだ水だったのだ。てっきり、もっと危ない液体かと思った。まあ、溶かされなくて良かった…
やれやれ。それにしても、よく、生きていたもんだ。もう一度、ファフニーはため息をついた。
あの子のお腹に入れられたのかと思うと、さすがに、少し怖くなった。
ファフニーは、泣きじゃくっているリーズを見上げてみる。
幸いだった事は、1000年以上、何も食べていない彼女のお腹の中が空っぽだった事だろうか。
わーわーと泣き続けている、リーズ。
立場的には、泣きたいのは、僕の方だと思うんだけどな…
下を向いてリーズが泣くから、彼女の涙が地面を濡らし、ファフニーの周りは沼みたいになっている。
ファフニーは濡れた服を着替えると、少し離れた所に寝転んで、リーズが泣き止むのを待つ事にした。
彼女は泣き続ける。時間が経って、ファフニーと同じ位の大きさに戻った後も泣いていた。
泣いているリーズの傍らで、ファフニーは、ぼーっとしながら寝転んでいる。少し、眠くなってきた。
小一時間泣いた後、ようやくリーズは顔を上げた。
「ファフニー、ごめんなさい…」
彼女は飲み込んでしまった事を、ファフニーに謝った。
「リーズ、謝るのは、もういいですから…」
そんなに泣かないでよ。と、ファフニーはリーズの肩を撫でた。
彼女が泣き止むのを待つだけで、ファフニーは疲れた。
「でも…一つ聞きたいんですけど」
ずっと泣いていたリーズが可哀想だと思ったけど、ファフニーは尋ねた。
「リーズって、正直…僕の事をどう思っているんですか?
僕の事を虫けらか玩具、気に入らなくなったら、踏み潰したり捨てたりしてもいい物みたいに思ってるんですか?」
静かにファフニーは言った。
「お願い、いじめないでよ、ファフニー…
いじめたら、嫌だよ…」
よっぽど辛かったんだろう。リーズは、また、泣きだした。
「いじめてるんじゃないです。だから、はっきりと言ってください」
ファフニーは、優しく言った。
「ファフニーの事…お友達だって思ってるよ。ずっと言ってるでしょ?
お友達だから、玩具にして遊ぶんだもん。
…でも、もうしないから、ごめんなさい…」
泣いたら、謝る。謝ったら、泣く。リーズは、その繰り返しだった。
「友達だって思ってくれるなら…少し、話を聞かせてくれませんか?
リーズ、僕に話さないといけない事が、何かあるんじゃないですか…?」
ファフニーは言った。誘導尋問みたいで、ちょっとずるいと自分で思う。でも、丁度良い機会だと思った。少し、リーズに話をして欲しかった。多分、彼女は色々と隠している事がある。
「うん…そうだね。
ファフニーの事、食べちゃったしね…」
泣きながら、リーズは頷いた。深呼吸をして、涙を収めようとする。
「先に聞きたいんだけど…
ファフニー、あたしを見ると、可愛い…って思うでしょ?」
まだ、少し泣き声で、彼女はファフニーに尋ねた。
「う、うん。思いました…けど?」
初めてリーズの顔を見た時、彼女を可愛いと思った。悪ふざけで、お尻のラインを見せ付けられた時も、思わず目が釘付けになった。
…でも、何でそんな事を聞くんだろう?。
「それで、あたしに体中を舐められて、口の中に入れられた時も、全然怖くなかったでしょ?」
「…うん。全然、怖く無かったです」
それも、その通りだ。少し、背筋が寒くなる。
何で、自分がそんな気持ちになったのか、ファフニーの方が聞きたい位だった。
リーズは暗い表情で、ため息をついた。
「それ…ね、そういう風になってるからなの」
「どういう意味ですか?」
そういう風って、どういう風?ファフニーには、わけがわからなかった。
「んー…ちょっと待ってね。汚れちゃったし、先にローブを着替えていいかな?
顔も洗いたいし…」
リーズが言った。少し、気持ちも落ち着いてきたようである。ファフニーは、彼女を待った。
顔を洗ってローブを着替えたあと、彼女は話を始めた。
「どういう風に話せば、いいかな…
やっぱり、順番に話した方がいいよね…?」
リーズは膝を抱えるようにして、うつむいて座っている。ファフニーも隣に同じようにして座っている。ケンカの後に仲直りしようとしているカップルに、見えなくも無い。
「リーズの話したいように、話してくれれば…いいですよ」
ファフニーは言った。
「うん、ありがと。
じゃあ…そうね…
ファフニー、前、神話の時代がどんなだったか、聞きたがってたよね?
それ、話すよ」
リーズは昔話でも語るように、話を始めた。
「昔々、あたし達、古代妖精は、暇つぶしに『楽園』でも作って住んでみようと思ったの。
それで、世界を一つ作って、色んな生き物を放したりしたの。
まあ、世界を作る事自体、遊びだったのね…
それが、君たちが言う神話の時代だよ。
多分、今、ファフニーの国を襲ってる竜の魔物っていうのも、その時の生き残りじゃないかな?」
リーズは簡単に、神話の時代について話した。
聞いた事の無い話だ。
「僕達が住んでる、この世界は、古代妖精達が遊びで作った世界…て事ですか?」
「…うん」
リーズ達、古代妖精が、この世界を作った。
それじゃ、妖精というより神様じゃないか…
じゃあ、リーズも神様なのかな?神様にしては、面白すぎるけど。と、ファフニーは目の前で神妙にしている、今は彼と同じ大きさの女の子を見る。
「それでね…世界を作るついでに、遊び相手の玩具に、特別に小さな生き物を作ったの。
あたし達の言う事を何でも聞いてくれて…食べると…おいしくて、栄養があるような。
そんな生き物を作ったの。玩具っていうより…奴隷に近いかな?」
リーズは言いにくそうに、言葉を選んでいる。
彼女の言いたい事がわかった。ファフニーは、少し乾いた声でリーズに尋ねようとする。
「それが…人間ですか?」
「うん…」
リーズが頷いた。また、泣き出しそうな顔をしていた。ファフニーも何も言えずに黙っている。
僕達は、リーズ達の言う事を何でも聞いて、食べられる為に作られた生き物…
リーズと旅を始めて、多少の事では驚かなくなったファフニーだったが、驚いた。
「あたし達にとっては、『楽園』…だったよ?
…好きなように遊ぶの。
それで、気に入らなくなったら踏み潰すの。お腹が空いたら、適当に摘んで食べたりしてもいいの…
人間って、そういう風に作ったから、あたし達を見ると、喜んでなついてきて、踏まれたり、食べられたりするの…」
リーズの声は沈んでいる。冗談や作り話をしてるのでは無いのだろう。
「何でも思い通りになる…『楽園』…ですね。リーズ達にとって」
声を絞り出すようにして答えるので、ファフニーは精一杯だった。
ファフニーはリーズが言う『楽園』の世界、神話の時代の光景を想像して、首を振った。
神話の時代が、リーズみたいに、小さい生き物を玩具にして遊ぶのが好きな妖精さんがいっぱい居る時代だったら、怖いな。と、ファフニーは以前に想像した事があったけれど、実際は、それどころでは無かったようだ。
確かに古代妖精にとって、神話の時代は、何でも思い通りになる世界だ。楽園だろう。でも、人間にとっては…
「『地獄』…だよね、君達にとっては。
…酷いよね」
リーズは、泣き出した。また、しばらく泣いた。
でも、そうやってリーズが1人で責任を感じて、泣く必要も無いんじゃないかな?
ファフニーは彼女に声をかけようとも思ったが、しかし声が出なかった。
「でも、段々、人間がおかしくなっちゃったの…あたし達にとってね。
どっちかっていうと、進歩したって言った方が、いいのかな?
人間達は自分で家を建てたり、集まって小さな街を作ったりもするようになったの。
その頃には、あたし達が踏み潰したり、食べたりするのを、嫌がるようになってたわ。
それを、逆に面白がって、街ごと踏み潰したり食べたり…
あたしが生まれたのって、そんな頃ね。神話の時代の、終わり頃かな?」
そこまで話すと、リーズは疲れたのか、一息ついた。
「どうして…人間は変わってしまったんでしょう?」
まるで、人形が急に自分の意思を持ち始めたかのような話だ。
「なんでだろうね…
よくわからないんだけど、世界自体が違う世界に変わっちゃったみたいで、あたし達にとって住みにくくなってきたの」
「どういう事です??」
話が飛んで、ファフニーには、よくわからない。
「うん、あたし達も…古代妖精にも、理由は、わからなかったんだけど、この世界があたし達を嫌ってるみたいだったの。
あたし達、元々は、別に何にも食べなくても、何となく力を集めて生きてられたんだけど、それが出来なくなってきたの。この世界があたし達の世界じゃなくなってくるような感じかな?
だから…元の大きい姿で居るのも難しくなってきて、それで、一番栄養がある食べ物…人間を食べて力を付けたりも…したの」
「それは…酷いですね」
古代妖精達は、人間を摘み食いも出来るおやつでなく、主食として考えるようになってきたわけか。そんな時代に生まれなくて良かった。と、ファフニーは心から思った。
「…神様が怒ったんじゃないかって、そんな噂もあったよ。
あたし達が勝手に世界を作って、勝手に生き物を作って、神様みたいに振舞ったから、本当の神様が怒ったんじゃないかって…
だから、この世界にあたし達が住めないようにしちゃったんじゃないかって」
結局の所、リーズ達妖精も、よくわかってないようだった。
「そうですか…
すいません、急な話で、僕もよくわからないです…
とにかく、リーズ達の玩具だったはずの人間が段々と逆らうようになってきて、リーズ達も、段々この世界が居心地が悪くなってきた…って事ですね?」
「そうね。
それで…もう、この世界は、、あたし達にとって楽園じゃなくってきてたの。
だから、嫌がる人間を食べたりしてまで、この世界に居る事は無いんじゃない?っていう風に、みんな考えるようになってきたんだ…
結局、最後は、人間とも話し合って、この世界を人間達にあげて、妖精達は元の世界に帰る事になったんだよ…」
リーズは、そこまで言うと、話をひとまず終えた。
ファフニーは神話の時代について、『神様や妖精達が人間と一緒に住んでいた時代』程度にしか知らなかったので、急に怖い話をされた気分だった。
「あたし…ファフニーを食べちゃったんだよね。
もう、そういう時代なんてとっくに終わってるのに…んーん、そういう問題じゃないよね。ファフニー、お友達なのに…」
それから、沈んだ声で言って、ため息をついた。また、目に涙があふれ始めている。
「リーズ、それは、もう良いですから。本当に…」
落ち込む彼女を見ていると、痛々しくなってきた。
「あたしが悪いの…
…あのね、食べられたり踏み潰されるのを怖がるようになった人間もね、しばらく口に入れて舐めてあげると、段々、昔の自分達を思い出すの。
自分達が食べられる為に作られたって事を思い出して、気持ちよくなるみたい…
そうやって、人間を改造して遊んでる子も居たな、昔は。
…あたし、そういうのも、ちゃんと知ってたのに…人間を舐めるのは危ない事だって知ってたのに…本当にごめんなさい。
ファフニーとキスしたいなんて言って、ごめんなさい…」
リーズは、また泣いた。
…なるほど。だから僕は、気がおかしくなったのか。
ファフニーは、リーズの口に入った時、恐怖を感じなかった事が不思議で、怖かった。
自分を丸呑みに出来るような女の子にに舐め回されて、口の中に入って、飲み込まれて。
それでも怖いという感情が無かったのは、彼の常識で考えて異常だった。
…人間と古代妖精が、そういう関係の生き物じゃ、仕方ないか。リーズが今まで話したがらないのもわかった。
そういう事がわかっているのに、キスをしたがったリーズは、確かに軽率だ。
ただ、それでも、自分に『キスしたい』と言ってくれた女の子を責める事は、ファフニーには出来なかった。
自分の手のひらに乗るような小さな男の子に向かって、震えながら『キスしたい』と言ってくれたリーズを責める事なんて、出来なかった。
ファフニーがリーズに対して、いつも最初に考えている事。それは、リーズは心が幼いから、彼女は、幼い妹を扱うように優しく扱おうという事。それが、自分の中での約束。
幼い妹にキスして欲しいと言われて、言われるままにキスをするなんて、そんな扱い方が正しいのだろうか?
ファフニーは、安易な誘惑に負けてしまった自分が悪いとさえ、思っていた。
段々、ファフニーも気が重くなってきた。また、もう一つ、気になる事がある。
今の話を聞いたら、当然、誰も聞きたくなるであろう、疑問だ。
リーズも、何も言わずにファフニーの次の言葉を待っていた。
答えを聞くのが怖いが、ファフニーは口を開いた。
「リーズも…やっぱり神話の時代には、妖精さんの仲間と一緒に、嫌がる人間を踏み潰したり、食べたりして遊んでたんですか…?」
ファフニーはリーズに尋ねた。答え次第では、さすがに彼女を見る目が変わるかもしれなかった。
リーズが、ファフニーから目を逸らす。
「…いっぱい、人間を踏み潰したり、食べたりしたよ。
みんなやってたし、楽しかったから…」
下を向いて、震える声で言った。
少しの沈黙。
それから、ファフニーは、微笑んだ。
…やっぱり、リーズは、可愛いな
ファフニーは下を向いているリーズに、微笑みながら言った。
「リーズ…嘘つく時は、本当にすぐ顔に出ますね。
わかりやすくて…可愛いです。
でも、わざと自分を怖がらせて、嫌われようってするのは、やめた方が良いと思いますよ?」
そういえばリーズは、初めて会った時も、そんな風にして嫌われようとしてたな。と、ファフニーは思い出した。
「あたし…そんなに、顔に出てる?」
ファフニーに言われて、リーズは恥ずかしそうに彼の方を見た。
その仕草は、いつものリーズの仕草に見えた。
「うん…
確かに、あたし、人間を踏み潰したり食べたりするのって、可哀想だって思ったからやらなかったよ。弱い者いじめって、嫌いだし。
…嫌がってるのに、本当に心から楽しんで、踏み潰したりしてる子の方が、さすがに少なかったんじゃないかな?
…ま、指でぐりぐりして遊ぶのは、楽しいから、あたしも…やってたけどね?」
泣いているのか笑っているのか、よくわからない表情で、彼女はファフニーの頬を指でつついた。
リーズらしいな。と、神話の時代の事をファフニーは思った。
きっと、その頃も、リーズは小さな友達と遊んで、力加減を間違えたり色々失敗をして、泣きながら回復魔法を唱えたりしたんだろう。
「でもね…
妖精の友達が、人間を踏み潰したり、食べたりしてても…あたしの友達の人間じゃなかったら…別に止めたりもしなかったよ?
別に、妖精の友達とケンカしてまで、人間を助けたいとか、あたし、そんな事は考えてなかったから…」
また、沈んだ声でリーズは言った。
「それは…仕方ないですよ」
ファフニーは首を振った。
「僕だって、騎士団の友達がアリを踏み潰して遊んでたりしてても、可哀想だとは思うけど、ケンカしてまで止めようとは思いませんから」
「そう言ってくれると、嬉しいけど…」
アリを人間に例えて話すファフニーの言葉を聞いて、リーズが複雑な表情をしていた。
「まあ、そういうわけで、あたしは人間を食べたりしなかったから、友達になってくれる人間も居たの。魔法使いの人達ね。
それで、一番仲良くしてた人がね、あたしに革靴とローブをプレゼントしてくれたんだ。嬉しかったな…」
妖精とも人間とも仲良くしてたというのは、それこそ、彼女らしい。ファフニーは微笑んだ。
「それで、その人、言ったの。
『リーズは妖精なんだから、人間を食べないとだめだよ。元気が出ないよ』
…てね。
さっきも言ったけど、その頃には、あたし達は特別にエネルギーを集めないと、元の姿で居るのも難しくなってたからね。
だから、色々とエネルギー…力を集めなきゃいけなかったの」
「それには…栄養がある食べ物、人間を食べるのが、一番って事ですね」
「…うん」
リーズは微笑んだ。微笑んで、泣き出した。
「だからね…あの人が…『僕を食べて』って言ったの。『リーズは人間を食べる事を覚えた方がいいよ』って言ったの。だから、食べたの…
そしたら…すごくおいしかったよ?
人間って、あたし達が食べる為に作ったんだから、当たり前なんだけどね…
…でもね、食べたら、あの人、居なくなっちゃったの…当たり前だよね」
リーズは、また落ち込んで、泣き出した。
「そういうの、ちゃんとわかってるのに、何でだろう…
あたし、ファフニーが口の中に入ってきたら、また食べちゃったの。
ごめんなさい…本当にごめんなさい」
リーズは、また、泣くのと謝るのを繰り返した。
…リーズ、その魔法使いの人が大好きだったんだね。
そういう目つきで、彼女は自分が食い殺した魔法使いの事を話していた。ファフニーは、少し、その魔法使いの人が羨ましかった。
しばらくすると、少し落ち着いたリーズが、言葉を続ける。
「それから、あたし、何にも食べられなくなっちゃったんだ…
何か食べようとするとね、あの人の事を考えちゃうの。
だから、みんなで妖精の世界に帰る時も、力が足りなくて…」
リーズが小さく言った。
「リーズ、『落ちこぼれだから、元の世界に帰れなかった』みたいな事を、前に言ってたのは…」
「うん。あたし、人間を食べる事も出来ない落ちこぼれだよ。
だから、長い時間、元の姿に戻るのも出来なくなってたし、よその世界に行く力も足りなかったし…」
リーズは、妖精が食べるべき物を、食べられなかった。
確かに、それは妖精の落ちこぼれと言えるかもしれないが…
「リーズ…それで、あのダンジョンに、ずっと1人で居たんですか?」
「うん。
仲良くしてた魔法使いの人達しか、あの場所は知らなかったからね。
…あの頃、仲良くしてたみんながね、人間の物になった、この世界で暮らしていくのを見てるの、楽しかったよ。
それが終わったら…後は、あそこでずっと静かにしてようと思ってたんだ…
でも…ファフニーが来ちゃった」
リーズはファフニーの頬をつついた。話すだけ話したら、少し楽になったようだ。
…あ、そういえば?
リーズが仲良くしていた魔法使い。と聞いて、ファフニーは思い出す事があった。彼女に飲み込まれた時に見た、夢とも現実ともわからない出来事。黒いローブを来た少年の事を、彼は思い出した。
「ねえ、リーズが仲良くしてた魔法使いって…もしかして、マリクって名前じゃないですか?」
「な、なんで知ってるの?」
マリクという名前を聞いて、リーズの顔色が変わった。ファフニーの方を見つめる。
ファフニーは、リーズに飲み込まれた時に見た事を彼女に伝えた。
「それ…間違いなく、マリクだよ。
…マリク、居なくなったのに…居るの?」
ファフニーの言葉を聞いて、リーズは困惑した顔をする。
マリクの名前をファフニーが知っているはずが無いから、彼が嘘をついている事はありえないのだ。
「でも…ファフニーには会ってくれても、あたしには会ってくれないんだね、マリク…」
ずっと遠くを見るようにして、リーズは昔の事を考えている。
「よくわかりませんけど…マリクって人は、今でもリーズの事を見守ってると思いますよ?」
「…どうだろう?あの人、優しかったけど、何考えてるのが全然わからなかったから。
でも…また…会いたいな」
リーズは、嬉しそうな、泣きそうな、複雑な顔をしている。
「…ファフニー、竜の魔物はちゃんと、やっつけてあげるね。
だから、あたしの事、連れていってね…」
彼女は、少し笑顔を見せて、ファフニーに言った。
「リーズ、もう、わかりました…
何も心配しなくて良いですから」
ファフニーには、リーズが、いつも以上に幼く見えた。
捨てられるのを怖がる子猫のように、不安な顔をしているように見えた。とても、弱く見える。
このままじゃ、いけない。ファフニーは彼女の心が心配だった。迷惑な話だけれど、食べられた僕より、食べた彼女の方が傷を負っているようだ。
明日、もう少しだけ、話しましょう。とファフニーは彼女に言った。リーズは彼のいう事に素直に従った。
彼女は毛布をかけて横になると、何も言わず、すぐに眠りについた。ファフニーは、とても眠れなかった。
彼は、リーズに食べられた事や、人間が妖精達の奴隷、食べ物として作られたという話は、それ程、気にしていなかった。神話の時代の話は、あくまで昔話だ。
今、大事なのは、リーズが僕の隣に居て、傷ついている。その事なのだ。
1000年前に仲良しの友達を食べてしまった事。そして、また、大好きな友達…僕を食べてしまった事。リーズは心に傷を負っている。
そして、1000年たった今でも食事が取れない事で、リーズは体も弱っているんじゃないかと心配になった。
そもそも、リーズは妖精らしくない。
体を動かす事が苦手そうで、少し長く歩くだけで、辛そうにしている。妖精らしい軽くて優雅な動きも見た事が無い。そういえば、妖精らしい羽根も無い。妖精だから、女の子だから、体が丈夫じゃないのかなと思っていたのだが、こうして考えると、単に体が衰弱しているように思えた。
何とかしてあげられないものかな…
いつまでも考えていて、ファフニーは眠れなかった。
それでも時間は流れて、夜が明ける。
あんまり良い考えも浮かばない。でも、一つだけ、ファフニーは思いついた。
朝、泉で顔や体を拭いたりした後、彼はリーズに声をかけた。
「リーズ、もう一回、僕を口の中に入れてみてくれますか?
もちろん、食べないように…です」
「や、やだよ」
脅えた顔をして、リーズは首をぶんぶんと振った。
…やっぱり、リーズは僕を食べた事にも相当傷ついている。見ているファフニーの方が辛くなった。
「ちょっと例え話を聞いて欲しいんですけど、良いですか?」
ファフニーの言葉に、リーズは何も言わずに頷いた。
「僕達の騎士団で剣術の修行をする時、何か剣技を失敗をしたら、それを忘れる為に、すぐに同じ事を繰り返すんです。成功するまで…です」
「成功するまでやるの?」
「そうです。
そうやって、すぐに失敗した事を忘れないと、悪い思い出になってしまうからです。
悪い思い出って、時間が経つほど大きくなってしまう事もありますから、すぐにやるんです。
…リーズ、そういうのわかりますよね?」
「うん…」
友達の魔法使いを食い殺した記憶は、今でも彼女の中に強く残り続けている。彼女の心に突き刺さったまま、彼女を傷つけている。傷口は、むしろ大きくなっている位だ。
「…わかった、やってみるね。
でも、もし、また食べちゃったら、ごめんね」
浮かない顔だったが、それでもリーズは言った。
「ごめんじゃ済みません。食べないで下さい」
ファフニーが即答する。
「…あはは、やっぱり、ファフニーだよね。厳しいや。
うん。ちゃんとやってみる」
リーズは乾いた笑いを浮かべながら言った。
辺りが薄い光に包まれる。
光が晴れると、ファフニーの目の前に、身長30メートル程の黒ローブを着た女の子が立っていた。相変わらず大きい。
リーズは、膝をついた女の子の座り方で腰を降ろす。
それから、手のひらを開いて、ファフニーの前に置いた。
「じゃ、本当に口に入れるよ?」
「うん、入れて下さい」
ファフニーは、リーズの手のひらに乗った。彼女は、そのまま彼を持ち上げて顔の前まで持ってくる。
「あ、ファフニー、服…脱いだ方が良いんじゃない?汚くなっちゃうよ。
あたし、目を閉じてるから…脱いでよ」
リーズが言った。やっぱり、いつもの彼女じゃない。
いつもなら、にこにこ笑って、服を剥ぎ取っている場面だ。まあ、いつものリーズなら良いというものでもないが…
裸になって女の子に舐め回されるのは、常識的に考えて恥ずかしいと思ったけれども、でも、確かに服を着たままじゃ、唾液でべとべとになってしまう。リーズが目を閉じてるうちに、ファフニーは彼女の手のひらの上に服を脱いでおく事にした。リーズが大きくなっている時に、あんまり常識を考えても意味が無い。
「じゃ…食べたらごめんね」
「いえ、ですから食べないで下さい」
リーズは目を閉じて、裸になっているファフニーを見ないようにして、口を大きく開けた。ファフニーが痛くないように、彼の胴を親指と人差し指で優しく挟んで、口の中に放り込んだ。
ファフニーを口に入れた時、いつも彼で遊ぶ時の、無邪気な笑顔が彼女には無かった。代わりに、苦い薬でも飲み込むような、我慢をして何かを口に入れる時の顔があった。
そうして、ファフニーは昨日に引き続き、リーズの口の中に入れられた。
昨日と同じく、彼女の舌で口の中を転がされる。飴玉みたいに、柔らかくて生温かい口の中を転がされた。今日は服を着ていないから、リーズの舌が直接体に触れる。
確かに気持ち良い。可愛いと思っている女の子の舌で体中を舐められている気持ち、人間が古代妖精達の食料であるという本能。多分、そのどっちも、ファフニーは感じていた。柔らかくて温かいリーズの舌で、体中を舐められる事自体は、快感だった。
ただ、それ以上に恐怖を感じた。
…昨日は、何で怖くなかったんだろう?
リーズが唇を閉じると、口の中は暗くて何も見えないし、奥の方からは、彼女の体内の音が低い風のように唸っている。女の子の口の中に入れられて、何の抵抗も出来ずに舌で弄ばれる事は怖い事だと感じた。
彼女には色々と玩具にして遊ばれたけれど、これは質が違う。入り口付近とはいえ、体の中に入れられているのだ。一歩間違えば大変な事になるし、実際、昨日は間違えた…
やはり、昨日の自分は、おかしかったんだろう。全く怖くないというのは考えられない。
正直、昨日は初めてのキスで舞い上がっていた。それで、特に心がおかしくなっていたんだろう。
ファフニーは、現実逃避のような気分で、昨日の自分について考えていた。
それにしても、飴玉って、こんな気分で口の中を転がされるんだろうか?僕は、飴玉じゃないから、舐められても溶けないけれど…
…今日は、本当に食べないでよ、リーズ?
ファフニーはリーズの口の中で、無力に転がされ続ける。
彼はリーズの口の中に居るから、当然、彼女の顔が見えない。ファフニーを口の中で転がしているリーズも、彼に声をかける事が出来ない。
コミュニケーションが取れない。
文句の一つも言えないのが、ファフニーには辛かった。手のひらの中で弄ばれている時以上に、ファフニーは無力な気持ちで、今日こそリーズが間違えない事を祈るしかなかった。
リーズも、ファフニーを口に入れると、とても幸せな気分だった。
…やっぱり、ファフニーって、おいしいな。
ファフニーを舌で弄んで、彼の味を楽しんだ。空腹を感じた。
…食べちゃいたいな。
だって、舌に乗っているのは、あたし達の食べ物として作られた生き物だもの。
それが、人間を舌の上に乗せた古代妖精の、素直な気持ちだった。
…でも、食べたら居なくなっちゃうもんね。居なくなったら、嫌だ。
そういう風に感じるのは、リーズの気持ちだった。
指でぐりぐりしたり、手の中に入れて握ってみたり、その他、色々の方法でファフニーで遊ぶのと、基本的には同じなんだろうと気づいた。
ちっちゃくて無力なファフニーを好きなように弄ぶのは、とても楽しい。何でも思い通りに出来る。面白い。
でも、ちょっと間違えたら、ファフニーは潰れちゃう。壊れちゃう。死んじゃう。だって、ちっちゃいんだもん。
…うん、わかったよ、ファフニー。
彼を口の中にほお張ったまま、彼女は微笑んだ。
ファフニーが居なくなったら、嫌だ。
大丈夫。もう、絶対に間違えない。
昨日、食べてしまった事を、優しいファフニーは許してくれた。それに甘えてしまおうと思う。
もう、これからは絶対に間違えないようにするから…
リーズは、大分、気が楽になった。
…じゃ、そういうわけで、食べないようにして、もうちょっと、ファフニーを味わってみようかな?
心が落ち着いた彼女は、いつものように小さな生き物で遊んでみようと思った。もちろん、絶対に食べたりしないように注意して。
少し口を開けると、リーズは舌を器用に使って、ファフニーを奥歯の方に乗せてみた。
リーズの唇が開くと、外の光が口の中に入ってくる。歯の上に乗せられたファフニーには、彼女の口の中の光景がはっきり見えた。
唾液で濡れた、赤くて柔らかい壁がどこまでも続いていた。見るんじゃなかったと、ファフニーは後悔した。
…とういか、リーズ、どういうつもりなんだろう?歯の上に乗せられたファフニーが上を見ると、上にも当然、リーズの歯がある。
それは、すぐに落ちてきて、ファフニーの事を挟もうとした。何も食べていないせいもあるのだろうか、リーズの歯は虫歯一つ無い、きれいな白い歯だった。ファフニーは彼女の歯に挟まれる。
僕を…噛み潰すの?
そうではないようだ。硬い歯の間で押さえられると痛いが、潰れる程では無かった。
リーズ…遊んでるんだ。
全く、一体、何を考えてるんだろう?僕は、すごい心配してるのに…
ファフニーは腹が立ってきた。
彼女の歯が開いた隙に、彼は唇を押し開けて頭を出し、抗議しようとした。
「リーズ!噛みつかないでよ!
そんな事して良いなんて、言ってませんよ!」
そうして怒鳴ってみたものの、口に咥えられた状態で彼女の顔を見ると、まさに食べられているように思えて、ぞっとした。
一瞬、下を向いたリーズの瞳が、にやにやと笑っているように、ファフニーには見えた。
…そうだよね、やっぱりファフニーは、そうやって無駄な抵抗してくれないとね。
昨日みたいに無抵抗のファフニーを口の中で転がすのは、やっぱりつまらない。
彼の文句を心地良く感じながら、リーズは彼の言葉を無視して、抗議する彼を問答無用で口の中に押し込んだ。
優しく、優しく、リーズは彼を噛み続ける。噛むのに飽きると、舌で転がした。何度も何度も繰り返す。食べてしまいたいという欲求は確かにあった。
…落ち込んだり、調子に乗ったり、本当に忙しい子だな。ファフニーはリーズの口の中で玩具にされながら、彼女の気が済むのを待つしかなかった。
しばらくすると、泉のほとりには、ファフニーと同じ位の大きさになって、ちょこんと座っているリーズが居た。その傍らで、荒い息をして死んだように倒れているファフニーの姿がある。もちろん、服は着ている。
…あれ、このパターンは、前にもあったような?
リーズは倒れているファフニーの事を眺める。多分、もう少ししたら、ファフニーに怒られるんだろう。『やり過ぎです。いい加減にして下さい』って言われて。
怒られるの、怖いなー…
ドキドキしながら、リーズはファフニーが元気になるのを待った。しばらくすると、ファフニーが起き上がる。
「リーズ…元気になったんですね?」
彼はリーズを覗き込んだ。少し怒っているが、彼女の事を心配しているようだ。
…あれ、心配してくれるのね?
なんか、あたし、すごい悪い子みたいだ。ちょっと、リーズは恥ずかしかった。
「ファフニー、ありがとう…」
目を逸らして、リーズは答えた。
「それは、良かったです…」
「うん…
…でもね、さっきもファフニーを口に入れたら、そのまま飲み込みたくなったよ…
さすがに口に入れて遊ぶのは、もうやめとくよ。怖いや」
「そうですね…」
確かに、その方が良いだろうとファフニーも同感だった。
「…ついでだから、指でぐりぐりしたりとか、他の事もしないようにするってどうですか?」
「やだ」
一応、ファフニーは提案してみたが、リーズは即答した。まあ、いつものリーズだ。
「そうですか…」
まあ、落ち込んでいるより、多少はマシだ。多少、ファフニーは安心した。
「ファフニーが居なくなったら嫌だから、気をつけるよ。ほんと…
でも…ファフニー、ありがとね。あたし、よくわかったよ。
殺さない程度にだったら、何をしても良いって事だよね?
これからも気をつけるから、いっぱい玩具にしちゃうね!」
リーズは元気に言った。
ファフニーは、にっこリ微笑んだ。
「そうです。殺さない程度にだったら何をしても良い…って、そんなわけ無いです!
誰が…ここまでやっていいって言いました!?
噛まれるのは本気で怖かったですよ…?」
いい加減にしてください。と、ファフニーは怒った。
彼の体は、直径が数十センチもあるリーズの歯型で、あざだらけだ。
一応、彼女が元気になってくれた事は嬉しいが、これは、また別の話だ。
「ま、まあ、いいじゃない。食べなかったんだから…ね?」
あ、ファフニー、やっぱり怒ってる。
でも、いきなり剣で斬ったりしないよね?
今日は、もう大きくなれないから、ちょっと嫌だな…
リーズは少し怖かった。
その後、しばらく続いたファフニーの説教を、早く終わらないかなー?と、リーズは聞き流していた。
「ねえ、ファフニー、今日も剣術、教えてね?」
二人は街道へ戻り、村へ向かって再び足を進める。リーズはファフニーに微笑んだ。
「はい、たっぷり教えます」
ファフニーはリーズに微笑んだ。
彼の背中に、何か黒いオーラのような物を、リーズは見た気がした。
剣術の修行をするのが怖くなった。
…なるほど、剣術の修行の前にファフニーで遊ぶと、こうなっちゃうのね。リーズは一つ賢くなった。
えへへ、でも、ファフニーが調子に乗ってたら、明日ファフニーと遊ぶ時、もっと玩具にして泣かせちゃうもんね。
…あれ?でも、そうすると、また次の剣術の修行が…?
ぐるぐると、頭の中で考えが繰り返される。
これって、悪循環って言うんじゃないの??
あれ?あれ?と、リーズは首を傾げながら考え続けた。
そんなリーズの様子を見ているファフニーは、一応、彼女が少しは立ち直ったようなので安心した。
しかし、根本的に彼女の心の傷が癒えたわけでない事は明らかだ。相変わらず、何も食べる気にならないと彼女は言っている。
どうにか、リーズが本当に元気になってくれないだろうか。
ファフニーは、竜の魔物を退治する事よりも、すでに、そちらの方が気がかりになっていた。
「…そういえば、ファフニー?」
リーズがファフニーに尋ねる。
「あたしに剣術を教えてくれるのは良いんだけど、あたしが使える剣なんてあるの?」
「あ…リーズ、自分で持ってないんですか?」
騎士団に身長が30メートルある女の子は居ないから、そんな剣はありません。とファフニーはリーズに答えた。
「持ってないよ…?
あたし、剣士じゃないもん」
リーズがファフニーに答えた。
剣術を覚えても、リーズには使える剣が無い。
しばらく、二人は何も言わずに歩く。
「ファフニー…あたしもがんばるから、君もがんばってね…」
「はい…」
リーズに、ぽんぽん。と背中を叩かれて、ファフニーは情けなくなってきた。
そんな二人が、竜の魔物と戦う日は、確実に近づいていた…