妖精の指先 その5

WEST(MTS)作

 ※この文章は巨人が小人を様々な手段で弄ぶ表現が含まれています。
  残酷な表現等が含まれますので、18歳未満の方は読まないで下さい。


5.古代妖精の唇

 巨大な竜の魔物に国土を荒らされている国の、辺境の街である。
 辺境とはいえ、街だから、人や物の出入りが多く、冒険者などと呼ばれるような者達も頻繁に出入りしていた。
 今日も、剣士の少年と、黒ローブを着た魔道士スタイルの女の子という二人連れが、街に入ってきた。
 剣士の少年は普通に街を歩いていたが、女の子の方は、大きな街に来るのが初めてなのか、目を輝かせながら少年に色々と話かけていた。
 「わー、ちっちゃいのが、いっぱい居るなー…」
 女の子は街に人が多い事に驚いている。少年の背中で、彼の両肩を掴んで隠れるようにしていて、少し挙動不審だ。
 「リーズ、人間の街って初めてなんですか?」
 「前も来た事あるけど…その時は、こんなに人間居なかったよ?
  それに、建物も…こんなに大きい建物、無かったなー。
  …ねえ、あそこの平べったい建物の屋根だったら、あたしが座っても大丈夫かな?」
 女の子が、街の中心付近にある、兵舎と思われる建物を指差していった。
 街を守る兵士達が寝泊りする兵舎は、飾り気のない無骨な作りで、雨を流すために多少は傾斜をしているものの、比較的平べったい屋根が10メートル程続いていた。
 「リーズは、見かけより、お尻が大きいですからね…どうでしょう?」
 微妙な所だ。とファフニーは思った。
 「む、し、失礼な…
  …まあ、でも、本当に人間がいっぱいだね。
  踏み潰さないようにするの、大変そうだよ、これじゃ」
 女の子は改めて辺りを見渡した。
 先程から、女の子の言動が少し怪しい。
 まるで、ミニチュアの街でも歩いているかのように、『人を踏み潰さないようにするのが大変』、『建物に座っても平気かな』などと言っている。だが、別に、彼女は頭が可愛そうな人というわけではない。彼女の本当の姿は、身長30メートル程の妖精なのだ。その感覚で考えると、普通の人間の街は、小さな生き物達の街という事になる。
 二人は、ファフニーが所属する騎士団の詰め所に、リーズと会って竜の魔物を倒しに行く事を伝える手紙を預け、路銀や衣服等の支給を受けた後、街を歩いていた。
 リーズが、人間の街がどんな感じなのか見たがっているので、ファフニーは彼女を案内しようと思ったのだ。今日は一日、街を歩いて、明日、出かけるつもりだった。
 「こうやって、みんなで集まって街を作ったりするのってすごいね。
  人間って…進歩したんだね。
  あたし達なんて、1万年たっても、全然変わらなそうなのに…」
 と、1000年振り位に、自分の住んでいるダンジョンの外に出て、人間の街にやってきた妖精の女の子はつぶやいた。
 彼女が知っている人間の世界は、まだ人間もあんまり多くない、神話の時代だった。
 「ファフニーも、何だか元気そうだね。
  やっぱり、人間の仲間が居る所って落ち着く?」
 「まあ…そうですね。
  あと、ここなら、体が大きいのをいいことに、人を玩具にして服まで剥ぎ取ろうとするような、気まぐれで頭がおかしい、変な妖精さんに襲われる心配も無いですから」
 「…ファフニーって、結構、根に持つよね」
 ここぞとばかりに皮肉をいうファフニーに、リーズはカチンときた。
 「…ファフニー、わかってないなぁ?」
 言いながら、リーズはファフニーの頬をつついた。
 「何が…ですか?」
 「君は、『気まぐれで頭がおかしい、変な妖精さん』が、元の姿になるのに、時と場所を考えると思ってるの?」
 リーズはファフニーに、にっこり微笑んだ。
 すると、辺りが薄い光に包まれた。
 それは、リーズが身長30メートルの姿に戻る時に放つ薄い光だと、ファフニーは思った。
 「ちょ、ちょ、ちょっと、リーズ!?
  何、考えてるんですか?」
 こんな街のど真ん中で、その姿に戻った日には…
 ファフニーは大慌てでリーズに言った。
 「…どう?灯りの魔法だよ。
  この姿でも、これ位の初歩の魔法だったら使えるんだよ?あたし」
 リーズが言った。
 彼女の手のひらが、薄い光を放っている。初歩中の初歩の魔法で、小さな明かりを灯す魔法だ。
 ファフニーの大声に驚いた周囲の人たちが、二人の方を見ていた。
 「リーズ…殴ってもいいですか?」
 「そんな事したら、本気で元の姿に戻るよ?」
 「…ごめんなさい。
  頭がおかしいとか、変とか、言いすぎました。ごめんなさい」
 ファフニーは、リーズに謝った。
 …えへへ、別に元の姿に戻らなくても、その気になればファフニーで遊ぶのなんて、簡単だもんね。
 そんな風にして、リーズはファフニーに連れられて人間の街を歩くのを楽しんだ。
 「甘い物でも、何か食べますか?
  お金ならありますので」
 ファフニーが言った。
 見習い騎士の少年の小遣いにしては多すぎる金額を、ファフニーは所持していた。
 彼が伝説の魔女…と思われているリーズ…への貢物として、騎士団から与えられていた金品は、結果的に、そのまま彼の物になっていたからだ。『お金とか、よくわからないから、ファフニーにあげるよ』と、リーズがファフニーにもらった物を、そのまま返したからである。
 なので、本来は騎士団の方に旅費等の請求をしなくても彼らが旅費に困る事は無いのだが、それは要領というものである。ファフニーはその辺りはクールな男であった。
 「あ、食べ物?
  んー…あたし、いいや。
  妖精って、あんまり食べなくても平気だから」
 リーズは、食べ物の話になると、何故か少し顔を曇らせて首を振った。
 「そうなんですか。
  …そういえば、リーズが何か食べてるのって、見た事無いような気がするんですが?」
 彼女が水を飲んでいるのも、そういえばファフニーは見た事が無かった。
 「うん。別に食べなくても、ある程度、力を集める事って出来るからね。
  …ま、あんまりずっと食べないと、さすがに死んじゃうと思うけど」
 リーズがファフニーに答えた。
 妖精と人間だから、体の作りも違うのだろうか?
 まあ、別に彼女が何も食べたくないというなら構わないが…
 「じゃあ、少しお店でも見てみます?
  人間の町ではお金を使って、色々な物と交換するんですよ」
 「へー…
  そういう物なのね」
 リーズが感心している。
 それから、二人は、また街を歩いた。
 幾つかの店を見て回った後、リーズが言った。
 「ねー、この前ファフニーに返したお金、やっぱりあたしに返してよ!」
 お金の使い方を覚えたリーズである。
 「…じゃ、1日10ゴールドづつ返します。
  全部返すと、リーズ、絶対無駄遣いしますからね」
 「んー…じゃ、それでもいいや」
 子供にお小遣いを上げるような感じで、ファフニーは答えた。
 そうして、街で一日休んだ二人は、翌日、街を後にした。
 次の目的地は決まっている。
 竜の魔物が今までに現れた場所から、その住処の大体の場所は推測がついた。
 『あの辺り、古代種の生き物がよく住んでて遊んでたから、多分あそこだよ』
 心当たりがあるよ。とリーズは言った。彼女も神話の時代に何度か行った事がある場所だという。
 二人は、のんびりと街道を歩いて、その近所の村へと向かった。ファフニーが騎士団に打診した路銀も、そこに届く事になっていた。
 人通りのある街道だけに、あまり危険ある旅でも無く、二人は村へ向かって歩く。
 それから数日が過ぎた。
 「ねー、ファフニー、つまんないよー。
  もう、ずっと元の姿に戻ってないよー…」
 安全な道で、やる事が無いので、リーズは退屈だった。
 「平和が一番だと思います」
 ファフニーはリーズに取り合わない。
 「でもさー、もうやだよ…
  だって、考えてみて?
  あたし、元の体の20分の1位大きさで、ずっと過ごしてるんだよ…?
  ちっちゃい生き物と同じ大きさになって暮らしてる気持ち、君にわかる?」
 リーズはファフニーに食い下がる。
 「あ…なるほど…
  リーズは、今の姿の方が、普通の姿じゃないんですよね
  本当の姿より小さな姿で、ずっと居るんですよね…」
 そういえば、そうだな。と、ファフニーは少しリーズに同情した。確かに1/20サイズになって、ずっと暮らすのは、ストレスが貯まりそうだ。
 もし、僕が1/20サイズで旅を続けたらどういう風になるだろう?ファフニーは自分の場合について想像する。
 …とりあえず、リーズに、常に玩具にされるだろう。それは間違いない。まあ、彼女は喜ぶだろうけども。空想の結論は、すぐに出た。
 「…うん、やっぱり、ずっと小さな姿で居るって、辛いですよね」
 小さな姿でずっと旅を続けるなんて、とても耐えられないよね。と、ファフニーはリーズに言った。
 「ね!そうでしょ!
  だから、今日は、元の姿に戻ってもいい?」
 「そうですね、じゃあ、ちょっと街道を離れて、人が通らない所で…」
 「わーい!
  …えへへ、そろそろ、ファフニーで遊ばないと、退屈で死んじゃうもんね」
 ふふ、かかったな、ファフニーめ。
 と、リーズは横を向いて邪悪な笑みを浮かべた。何でもいいから理由をつけて大きくなっちゃえば、こっちのもんだしね。と、彼女は思う。
 大きくさえなってしまえば、もう理屈は関係無い。ファフニーなんて、人形みたいに摘んでしまえば良いのだ。
 「今…何か言いました?」
 「んーん、何にも言ってないよ!」
 リーズは、にっこり微笑んだ。
 …どうせ、僕をどういう風に玩具にするか考えてるんだろうな。と、ファフニーは思った。
 「…で、元の姿に戻ったら、今日は、僕をどうするつもりなんですか?」
 思ったので、聞いてみた。
 「…あ、やっぱり、玩具にされると思う?」
 「はい、思います」
 ファフニーは迷わず答えた。
 段々、リーズと以心伝心が出来るようになってきた。実際、こんな調子で竜の魔物を本当に倒せるんだろうかと、少しだけ不安にもなる。
 ただし、今回は、ファフニーにも少し思うところがあった。
 「まあ、殺さない程度に、何でも好きにして下さい。
  …でも、お尻を振るのは、変な人に見えるから、やめた方がいいですよ?」
 ファフニーは淡々とリーズに言った。
 「う、お尻は…確かに、あたしもちょっと後悔してるの…」
 以前、調子に乗って、卑猥な事をしたのをリーズは思い出して、恥ずかしかった。やってる時は楽しいが、後で冷静になると恥ずかしくなるという事もある…
 「…ていうか、ファフニー、いじけてる?平気?」
 リーズはファフニーの方を見た。『君を玩具にする』って言ったのに、あんまり拒否反応をしないファフニーが気になった。
 …もしかして、怒ってるのかな?と、ちょっと不安だった。
 「え?
  別にいじけてないですよ」
 ファフニーは、きょとんとしている。
 「そう?
  なんか、あんまり嫌がらないから、どうしたのかなーって…」
 ファフニーが嫌がってくれないと、つまらない。とは、さすがに言わない。
 「嫌がらないというか…まあ、結構、慣れました。
  別に、リーズも僕を玩具にしても、僕を殺すわけじゃないのは、わかってますからね」
 「ま、まあ、そりゃそうだけど…」
 「だから、僕が、ちょっと我慢して…
  それで、リーズが機嫌良くなってくれるなら、それで良いんじゃないかって思いますよ?
  リーズは、ちっちゃくて弱い僕達の為に、わざわざ戦ってくれるんですから」
 ファフニーは言った。
 「う、うん、そうだけど…さ。
  どうしたの、急に?」
 なんだか、ファフニーが妙に良い子なので、リーズは気味が悪かった。
 「なので、リーズ、少し、剣術でもやってみないですか?」
 「…はい?」
 「リーズは、もうちょっと、体を動かす事を修行した方が良いんじゃないかと思うんです。
  言いたくないですが、妖精なのに、なんだか動きも重そうですし…
  …だから、剣術でも、どうかなーって思いまして。どうせ、次の村へ行くまで暇そうですしね」
 「…ちぇ、なんかファフニーが良い子になったと思ったら、そんな事だったのね」
 優しい声には裏があるのね。と、リーズは不機嫌になった。
 確かに、次の村までの道のりは退屈そうだし、暇な時間を使って習い事っていうのは、理に適っているという気もするが…
 「つまり、ファフニーの言いたい事は、
  『僕の事を玩具にさせてやるから、少し修行でもしろ。この怠け者のダメ妖精』
  て、事ね?」
 「そうです」
 「…踏み潰してやろうかしら、本当に…」
 リーズは悩む。
 まあ、ファフニーが考えている事がわかって、良かった。
 「うーん、剣術ねー…
  ま、ファフニーみたいに剣を使えたら、カッコイイよねぇ。
  そうだね、ちょっと剣術教えてよ。あたしが強くなった方が、都合いいわけだもんね」
 ファフニーを玩具にし放題というのも、魅力的な条件だ。ファフニーが、かなり体を張っているのもわかる。
 「じゃ、そういうわけで…」
 と、ファフニーは腰に指していた小剣を一本、鞘に収めたまま、リーズに投げた。
 「わ、いきなり投げないでよ」
 あわてて受け止めた小剣を、結構重いな。とリーズは思った。
 「鞘から抜いても抜かなくてもいいから、僕に斬りかかってみて下さい。」
 と、半身になって構える。
 「む…なんか、ファフニーなのに、自信たっぷりね。」
 「ふふん、僕の得意分野ですからね。さ、どこからでもどうぞ」
 …あれ、何かカッコイイな?
 リーズはファフニーの姿に、少し見とれた。
 ファフニーなのに、カッコイイわね。と、不思議だった。
 「んー…でも、ファフニーの得意な事って、あたしの足元で、
  『踏み潰さないでよ、リーズ…』とか言いながら、泣いてる事だと思うけど…?」
 別に皮肉でなく、リーズはそう思っているそういうファフニーが大好きだ。
 「というわけで、元の姿に戻って修行って事でいい?」
 リーズは微笑んだ。
 「だめです。僕が死にます」
 身長30メートルの女の子が振り回す剣なんて、技術がどうとかでなく、受け止めた剣ごと真っ二つにされます。修行になりません。とファフニーは言った。
 …ま、いいか。
 とりあえず、毎日ファフニーを玩具にしていいわけだしね。リーズはファフニーの提案に乗る事にした。
 彼女はファフニーから受け取った小剣で、彼に斬りかかってみる。あっさり避けられた。それなり以上の剣技を持っているファフニー、リーズの剣が届くはずも無い。
 不器用に剣を振り回すリーズに、ファフニーは色々とアドバイスを送る。
 そうして、リーズの剣術の稽古をしたりしながら、二人は歩いた。
 夕暮れが近くなった頃、二人は、人目を避けるように、街道を少し離れて歩き始めた。小さな泉を見つけたので、そこで休む事にした。
 「ファフニー…剣術の修行って、明日から、もうちょっと楽にしようよ…?」
 言いながら、リーズは地面に寝転んだ。
 泉で体を流して、ローブを着替えて洗濯をして、そのまま寝てしまいたいとも思った。剣術の稽古が疲れる事だというのがわかったのが、今日の収穫だった。
 「かなり楽にやってるつもりなんですけど…まあ、そうですね」
 黒いローブに包まれて、地面を転がっているリーズは本当に疲れているようだ。相変わらず、体力が無い子である。
 「じゃあ、疲れてるみたいなんで、今日は、もうこのまま休むという事で…」
 と、ファフニーは言ったが、
 「何、ふざけた事言ってんのよ?」
 リーズが目の色を変えて、彼に詰め寄った。
 「何のために、こんなに頑張ったと思ってるの!?」
 本気で怒ったように、ファフニーを怒鳴りつける。
 目の前にぶら下げられた人参の為だけにがんばった、妖精の女の子である
 …泣きたくなるから、こんな事で真面目な顔して怒らないでよ、リーズ。
 ファフニーは、少し寂しかった。
 「じゃ、煮るなり焼くなり、好きにして下さい…」
 ファフニーは大の字に寝転んで、天を仰いだ。
 「うん!
  それじゃ、お言葉に甘えて…」
 リーズは即答した。
 この為に、一日頑張ったのだ。
 ファフニーで遊ぶのは別腹だ。
 疲れているとか、そういうのは関係無い。
 容赦の無い、彼女の楽しそうな声を聞いて、ファフニーは、ため息をついた。
 リーズは可愛いな。
 と、ファフニーは思う。顔や体といった、肉体的な話だけではない。精神レベルが幼い妹みたいだから、叱りたくなる時もある。ずっとダンジョンに1人で篭っていて、今の人間の世界を知らない彼女に色々教えるのも楽しい。
 …でも、あと数秒もしたら、そういう普通の世界が変わるんだ。
 本当の姿に戻ったリーズに、僕の一般常識は通用しないんだ。
 ファフニーは、もう一度、ため息をついた。出来れば、あんまり痛かったり苦しかったりするのは、やめて欲しかった。
 辺りが薄い光に包まれた。
 光が収まった時、ファフニーは辺りが暗くなった気がした。
 何か大きな物の影が、彼の上を覆っていた。
 女の子の笑顔だった。
 笑顔は10メートル位の高さからファフニーを見下ろしていたが、その高さからでも、彼女の笑顔が作る影は、ファフニーの体を覆っていた。
 リーズは両膝を地面についた女の子の座り方をして、手のひらを地面について、大の字に寝転んでいる小さな生き物を上から覗き込んでいた。
 「さ、ファフニー、起きて!」
 リーズの唇が言葉を発した。その唇の大きさが、ファフニーの体と同じ位の大きさだった。
 …大きな声は、やめて欲しいな。怖いから。
 ファフニーは不機嫌そうな顔をしながら、言われるままに立ち上がる。自分を見下ろしている身長30メートルの女の子に言う事に、素直に従う。こんな大きな相手に逆らっても無駄だからだ。
 「はい。それじゃ、リーズの好きにして下さい…」
 ファフニーは無気力に、リーズの笑顔を見上げる。
 そんな彼の様子が、リーズには、つまらなかった。何にもしないうちから、いじけられては、つまらない。
 「ファフニー、今日は、特にいじけてるね…
  昼間、あたしに剣術を教えてた時のカッコイイ君は、一体どこに行ったの…?」
 リーズが首を傾げた。
 「だって…今のリーズに、僕が剣術とか言っても馬鹿馬鹿しいし…」
 そりゃ、お城でも切り裂けるような非常識な剣技が使えれば、ちょっとはリーズにも強気になれるかもしれないけど。と、ファフニーは、小さなお城より大きなリーズを見上げた。
 「まあ…確かにね」
 確かに、ファフニーが昼間の剣術の修行の時みたいに、格好良く剣を構えてみても、今のあたしにはカワイイ人形にしか見えないけどね。と、リーズはいじけている剣士の少年を見下ろしてみた。
 「それに…僕が何を言っても無駄なんでしょう?」
 「うん。無駄。それは、無駄。絶対、無駄。
  …ま、泣きながら地面を転げ回ったりしてくれたら、ちょっとは考えるかな?」
 ファフニーも、段々わかってきたね。と、リーズは満足そうに頷く。
 「あと、僕が抵抗すると、面白がって、もっと色々するんですよね…」
 「うんうん。ファフニー、あたしの気持ちを良くわかってるね?嬉しいな。」
 リーズが楽しそうに言った。
 なんで、今の話の流れでリーズは気分が良くなるんだろう?ファフニーはわからなかった。
 「でもね、今日は、君が痛がったり苦しがったりする事は、やらないよ」
 「それ以外、リーズが僕に、何かやる事があるんですか?」
 「…そんな事言うなら、手加減無しで、ぐりぐりって、ファフニーが泣くまで、指で押してあげよっか?」
 「嫌です」
 ファフニーは即答した。
 『痛かったり苦しかったりする事はしない』って、リーズは僕をどうするつもりなんだろう?まあ、何でもいいけど。と、ファフニーはリーズの遊びの計画を聞こうとする。まあ、どうせろくな事じゃないだろうけど。
 「んーとね、今日、ファフニーに剣術教えてもらって、思ったんだけどね…
  ほら、あたし達、竜の魔物を倒しに行くんでしょ?
  もうちょっと真面目に考えた方が良いんじゃないかって思ったの」
 「全く、その通りだと思います。
  小さな生き物を虐めて遊んでるばっかりじゃ、だめだと思います」
 ファフニーが深々と頷いた。
 「だからぁ!
  いじけないでよぉ!」
 リーズが、その細い人差し指で、ファフニーの胸をつついた。彼にとっては、自分の体ほどもある大きさの指である。あっさりと地面に倒されて押さえつけられた。
 「つまらない横槍を入れて、ごめんなさい…」
 「やだ。許さない」
 リーズはファフニーを押さえる指を離さない。
 「…でね、今日は、ファフニーの力を見てみたいの」
 彼女は指の下に居る小さな生き物に言った。
 「…ま、もちろん大した事無いのは、わかってるんだけどね。
  ファフニー、ちっちゃいもんねぇ?」
 えへへ、悔しかったら、あたしの指から抜け出してみれば?
 リーズは、にやにやと笑って、ファフニーを地面に押し倒している指に、そのまま力を込めた。
 ぐりぐり。
 あー、満足だ。
 こうやってファフニーで遊ぶために、あたしは頑張ったんだもん。
 指の下で、もぞもぞと抵抗しているファフニーを見ながら、リーズは幸せだった。
 …ねえ、リーズ?これって、いつもと、どこが、どう違うの?痛くて苦しいんだけど?
 リーズの指で体をぐりぐりと地面に押しつけられながら、ファフニーは、彼女に尋ねたかったが、苦しくて声が出なかった。あばら骨を潰される、一歩手前位である。一応、リーズの指をどかしてみようとは、努力だけはしてみた。無駄な努力である。
 …て、違うよ。今日は、こんな事するのが目的じゃないんだ。
 リーズは気を取り直して、話を続けようとした。でも、面白いから、ちょっと力は緩めたが、ファフニーを指で地面に押し付けるのは止めなかった。
 「でも、君もちっちゃいけど、剣術とかは結構出来るでしょ?
  だから、竜の魔物と戦う時、君が何が出来るのか、考えといた方が良いんじゃないかなーって思うの。
  もしかしたら、ファフニーも、ちょっと位は竜の魔物に傷を付けられるかもしれないでしょ?」
 「はいはい。僕、ちっちゃいけど剣術とか出来ますからね。
  ちょっと位は、傷つけられるかもしれないですね」
 「もー!
  あたし、真面目に言ってるのよ!」
 ぐりぐり。
 いじけ続けたファフニーは、さらに地面に押し付けられた。
 …リーズは真面目な話をするのに、なんで僕の事を指でぐりぐりするのかな?やっぱり、わけがわからない。
 「だから、今日は剣で、あたしを斬ってみてくれる?
  あたしにちょっと効けば、竜の魔物にも、ちょっとは効くと思うの」
 なるほど。
 確かリーズの予想では、竜の魔物は彼女と同レベルの存在だと言っていた。
 大きくなったリーズを実験台にして、戦力の確認みたいな事はやるっていうのは、悪い考えではない。
 …でも、多分、あんまり意味は無いよね。僕、リーズの指一本から逃れられないんだし。あーあ、苦しいから、早く指をどかしてくれないかな…ファフニーはリーズの指の下で、ため息をつく。
 「じゃあ…無駄だと思うけど、やってみますね」
 まだ、かなりいじけているファフニーが言うと、リーズは彼を抑える指を離した。そのまま、指を彼の前に置く。
 …リーズの手の指って、厚みが、僕の膝位まであるね?と、ファフニーは彼女の指を見た。
 「さ、いつでも、どうぞ?
  万が一、怪我しても、自分で治すから遠慮しないでね」
 リーズが楽しそうに微笑んだ。
 どうせ、ファフニーじゃ、あたしに大した傷はつけられないよね。と、言いたそうに見えた。
 確かにその通りだろうけど、そういう彼女の笑顔を見ていると、腹が立つ。
 上の方から、玩具を見るように僕の事を見下ろしてるんだ。
 確かに、今はリーズが僕を玩具に出来る時間なんだけど…
 もう、ここは、手加減無しで思いっきり、リーズを斬ってみよう。と、ファフニーは決心した。無抵抗の女の子に本気で剣を振るうといえば、まあ、そうである。
 でも、この場合は、そういう常識を気にする必要は全く無いだろう。
 迷いを捨てたファフニーは剣を抜くと、一歩踏み込み、いつも彼の事を弄んでいる、リーズの人差し指に剣を振り下ろした。可愛いけど憎い人差し指だ。
 気力の充実した、文句の無い一太刀をファフニーは放つ。
 なんだかんだ言いつつ、普段は無力なリーズをかばいながら旅をする事や、元の姿に戻ったリーズの理不尽な力と遊びに抵抗する事で、若いファフニーは短期間のうちに相当鍛えられていた。
 一流と呼べる剣技を、彼は身に着けつつあった。
 トロル辺りになら重傷を負わせられるような一撃が、リーズの人差し指に向けられた。
 ファフニーの剣が、リーズの指に触れる。
 「んー…ま、そんなもんよね」
 リーズがため息をついて、自分の指に伝わってきた小さな衝撃の事を考えた。
 「ちょっとだけ、くすぐったかったかな?
  一応、気をそらす位の役には…うーん、無理かなー…」
 ファフニーをからかっているのではなく、素直に感想を述べながら考えている。ファフニーの剣は、弾力のあるリーズの指に傷一つ付ける事が出来ずに跳ね返されていた。
 大体予想通りの結果ではあったが、ため息をつきたいのは、ファフニーの方だった。
 「…今日は、そうやって、僕の無力さを笑う遊びなんですか?」
 「ち、違うよ。本気でやってるの」
 困った顔で答えるリーズを見る限り、彼女は本気のようだ。なので、尚更ファフニーは落ち込んだ。本気で斬ったんだけどな…。少し悲しい。
 「んー、じゃ、じゃあ、目でも突いてみるの、どうかな。
  さすがに目玉を突けば、少しは…うーん、だめかなぁ?」
 と、リーズは横向きに寝転んで、ファフニーの前に顔を持ってきた。彼女なりに、体を張って真面目にやっているのである。
 ファフニーの目の前に、悩みながら横になっているリーズの顔がある。ファフニーの顔と同じ位か、それよりも大きい彼女の瞳が、彼の目の前にあった。
 「い、いや、目を突くのは、さすがに…」
 リーズのきれいな瞳を見て、ファフニーは戸惑う。この瞳に剣を突きたてるのは、さすがに気が進まない。それは、ファフニーの中の常識が許さなかった。いくら、相手が指一本で自分を潰せるような非常識な女の子でも…だ。
 「ま、心配しなくても大丈夫よ。
  ていうか、ほら、君、あたしの玩具なんだから。
  言う事を聞かないとだめだよ?」
 リーズは、からかうように笑った。
 むか。
 ファフニーは腹が立った。
 「じゃあ、もう知りませんよ!」
 ファフニーは剣を抜き、彼女の目に突き立てた。…それでも、かなり手加減をしながら。
 だが、彼の剣は、リーズの瞳に押し返された。
 …いや、それは嘘でしょ?
 呆然とするファフニー。
 少しむきになって、今度は力を入れて、リーズの瞳に剣を突きたててみた。また、跳ね返されるだけだった。
 リーズの傷一つ無い綺麗な瞳が、『なんか、ごめんなさいね』と言いたそうに、気まずそうな色で彼の事を見ていた。
 「んー…目にゴミでも入ったような感じかな…?」
 リーズが、目に感じた衝撃の事を考えている。
 それから、ファフニーは剣を放り出して、再び大の字に寝転んだ。
 「リーズ…
  僕、本気でいじけたいんですけど、そっとしておいてもらえませんか…?」
 目を突いても傷一つ付けられないって、どういう事…?
 剣って、何のためにあるんだろう?何かの役に立つのかな?ファフニーは、彼の剣では傷つける事が不可能な事がわかった、巨人の女の子を見つめた。気まずそうな瞳で、彼女はファフニーの方を見ている。
 「ち、違うの。そういうつもりじゃなかったの…」
 どうしよう、こういうつもりじゃなかったのに。リーズは、あわてている。昼間はファフニーが真面目に剣術を教えてくれたし、あたしも何かしようと思っただけなのに。と、困ってしまった。
 ファフニーが、ここまで無力だとは思わなかった。
 …うーん、困ったな?
 別にファフニーをからかうのが目的では無かったのだ。思い通りにいかないので、リーズはつまらない。
 仕方なく、落ち込んでるファフニーの体を、指先で優しく撫でた。ファフニーは虚ろな目で、空を見ている。
 人間って何だろう?
 剣術の修行をしたりして体を鍛える意味って、何かあるのかな?
 ファフニーは、彼の剣技を全く受け付けないリーズの細い指に優しく撫でられながら、無気力に自問自答してみた。
 「えーとー、ファフニー?明日も剣術教えてよね?
  ほら、えーと、君は、弱いっていうか、ただ、ちっちゃいだけなんだから。
  君の剣、何の役にも立たないけど、でも、すごいと思うよ。
  竜の魔物は元々、あたしが戦ってあげるって話だったし、まあ、いいじゃない。
  あたし、ちゃんとがんばるからね」
 彼女なりに、ファフニーを慰めようとしている。
 そうだよね。僕の剣、何の役にも立たないよね。ほっといて欲しいのになー。
 自分の弱さとリーズの圧倒的な強さを思い知ったファフニーは、ショックでしばらく言葉が無い。
 「うん…いじけてても、仕方ないですね。
  自分の力を確認しただけでも、良しと考えるべき…ですよね」
 やがて、幾らか立ち直ったファフニーが言った。『敵を知り己を知ればあんまり負けない』と、騎士団でも教えられた。
 そもそも、僕の強さがどうというより、古代妖精のリーズが、おかしいだけなんだ。大きさが、そもそもおかしいし。と、自分を納得させようとする。
 「あたし、ファフニーの剣技で戦ってあげるからね。
  そうだよ。あたしを強くするのが、君の役目なんだよ。きっと」
 「はあ、そうですね…」
 リーズの言ってる事もわからなくは無いのだが…
 ファフニーは虚ろに返事をした。
 また、少しの沈黙。
 「じゃ…ファフニー?
  落ち込んでる所に悪いんだけど、あんまり時間も無いし、次の遊びに付き合ってくれる?」
 リーズは、落ち込んでいるファフニーを見下ろして、遠慮がちに言った。
 「これ以上、僕をどうするんですか…
  踏み潰すっていうなら、なるべく苦しまないようにお願いしますね…」
 ファフニーは起き上がらずに答える。
 「あのね…」
 いじけるファフニーを無視して、リーズは小さな声で言って、言葉を止めた。
 「キスしてくれない?」
 「…は?」
 虚ろな目をしていたファフニーの目が、今度は点になった。
 「間違えて食べたり、しないから…ね?
  ほら、ファフニーって、あたしの事、可愛いって言ってくれたし、あたしもファフニーの事、カワイイって思うから…いいんじゃない?
  嫌ならいいよ。それなら、普通に指でつついて遊ぶから…ね?」
 リーズは、ドキドキしながらファフニーに言った。元の姿に戻ってる今じゃないと、怖くて言えない事だった。
 ファフニーは、リーズの方を見上げた。
 少し顔を赤くして、恥ずかしそうにしている。小さく体が震えている。よっぽど緊張しているんだろう。
 そんな体で、そんな仕草をされても困るんだけど…でも、本気なんだね?リーズの様子を見たファフニーは悩んだ。
 まあ、リーズがそう言うなら、別にファフニーは嫌じゃない。痛い事や苦しい事をされるよりは、よっぽど良い。
 「リーズがそうして欲しいって言うなら…」
 でも、僕、キスなんて、した事無いからね。ファフニーは立ち上がって、リーズの顔を見つめる。
 リーズは、何にも言わずに、四つんばいになるようにして手をつき、ファフニーに顔を近づけた。彼の体が届く所まで口を持ってきて、目を閉じた。
 …なんだか、僕を食べようとしているみたいだ。
 4本足の大きな化け物が、自分を食べようとして口を近づけてくるようにも見えた。ちょろりと、リーズの口から舌が顔を出し、自分の唇を舐めるのをファフニーは見た。
 …でも、リーズなんだ。大丈夫。
 ファフニーは、目の前にある、自分の体より大きな顔を見る。ドキドキしながら目を閉じている顔は、大きいけど可愛い。
 リーズは目を閉じたまま、唇を少しだけ突き出している。ファフニーにとっては、両手で抱くにしても大きな唇だった。
 キスって初めてだし、しかも、こんなに大きな女の子とキスって、どうすればいいんだろう…?
 ファフニーは、大きな顔をして彼を待っているリーズを見て考える。
 それから、彼女の真似をして目を閉じると、両手を広げて彼女の唇を抱くようにしながら、そーっと、自分の唇を合わせようとした。彼の体と同じ位大きい唇が目標だから、失敗のしようがない。
 ファフニーの唇がリーズのそれに触れる。少しだけ、彼女の唇を舐めてみた。
 柔らかい。
 でも、どうせ僕が剣で斬っても、傷一つ、つかないんだろうな。ファフニーは目を閉じたまま、リーズの唇を舐め続ける。
 ファフニーがリーズの唇に小さな舌を這わせると、それに応じるように、彼女の唇が少し開いた。赤い舌が、少しだけ顔をだし、ファフニーの体に触れる。
 リーズの舌が、ファフニーの顔を舐めた。ファフニーは、リーズの舌を舐めた。
 それから、次第にリーズの舌はファフニーを捕まえて、服の上から体中を舐めまわした。彼女の舌は不規則にファフニーの体に力を加える。彼は立っていられなくなり、膝をついて、リーズの舌を抱くようにして、自分の舌を合わせようとした。
 結局、いつも通り、リーズの大きさと力に弄ばれている。
 でも、痛くないし、怖くない。
 「気持ち…いいです」
 彼女の舌に弄ばれる事は、ファフニーに快感以外は与えていなかった。
 恐怖という感情が抜けていた。
 彼女の大きな力で弄ばれる時、必ず少しは存在する感情が抜けているという事に、彼は気づかなかった。
 リーズは、そーっと目を開けて、ファフニーの様子を見る。小さな舌で、嬉しそうに自分の事を舐めている彼の事が見えた。だから、リーズも、もっと彼の事を舐めてあげた。
 …リーズは大きな舌で僕の体中を舐めてくれるのに、僕は小さいから、少しだけしかリーズを舐めてあげられない。なんだか、リーズに悪いな。ファフニーは彼女の舌に包まれながら思った。
 彼はリーズの舌を押し返すようにしながら体を前に出して、リーズの唇の中に頭を埋めようとした。
 …僕は小さいから、リーズの口の中に入ってあげる。そうして、リーズを楽しませてあげる。
 ファフニーは、そういう風に何の疑問も感じずに考えた。それが異常な考えであり行動である事を意識していない。
 …あれ、ファフニー、あたしの口に入りたいのかな?いいよ…入って。
 リーズはファフニーに逆らわず、唇を少し開いた。彼女の唇の間で、少し、唾液が糸を引いていた。
 ファフニーは目を閉じたまま、リーズが開いてくれた唇を持ち上げて、這うようにしながら彼女の口の中に入っていった。彼が口の中に入ったのを確認して、リーズは唇を閉じた。
 …あたしの口の中で、小さな生き物がゆっくり動いている。大事な玩具だ。リーズは顎を浮かせるようにして口内に空間を作り、彼を舌で転がしてみる。
 塩の味がした。
 昼間、剣の修行をしたから、汗の味なのかな。なんだかわからないけど、おいしいな。
 リーズが唇を閉じると、彼女の口の中は光が入らなくなったので、中にいるファフニーにとっては、真っ暗である。
 ファフニーは、柔らかい壁に覆われた、暗い洞窟に閉じ込められたようなものだ。空気が生暖かい。リーズの舌が彼にまとわりついて、彼の自由を奪い、体を唾液まみれにしていた。
 ああ…気持ちいいな。
 ファフニーは、ただ、リーズの舌に舐められる快感だけを感じていた。巨大な女の子の口に入れられているのに、恐怖は全く無かった。
 そう、恐怖が抜け落ちている。
 ファフニーは、自分の精神状態が異常な状態になっている事に、気づいていな
 彼が抵抗せず、気持ち良さそうにしている事が、リーズにもわかった。
 気持ちいいな。嬉しいな。こんな風に感じるの、久しぶりだ。
 リーズは、地面にコロンと寝転んだ。
 大好きなファフニーを、飴玉のように口の中で転がしながら、ぼーっとしてみる。
 …そういえば、こうやって小さな生き物を口に入れるのって、1000年振り位だ。
 ぐーっと、小さくお腹がなった。
 前に、物を食べたの…小さな生き物を食べたのも、確かそれ以来だ。
 …お腹、空いたな。
 幸せな気分でファフニーを口の中で転がしていたリーズは、空腹感を覚えた。
 頭がぼーっとする。満ち足りた気分だ。
 こくん。
 ふいに、リーズの喉が鳴った。
 小さな生き物を飲み込んだ音だ。
 彼女の口の中で無力に転がされていた小さな生き物は何の抵抗もせず、リーズの口から喉、その奥へと送られていった。それが当たり前であるかのように。
 …やっぱり、人間っておいしいな。
 喉を抜けて、自分の胃の中に落ちていく小さな生き物…ファフニーが、おいしいものだとリーズは感じた。
 リーズは、小さく息を吐いた。
 ファフニーは、リーズの口の中から奥へと運ばれ、狭い所を抜けて、どこかに落とされたのに気づいた。ぼーっとしていた頭に、急に正気が帰ってきた。
 …何、これ?
 暗くて何も見えない。ひどく、空気が悪い。足元がぬるぬるしている。
 ほんの数秒もしないうちに、ファフニーは気持ちが悪くなって、立っていられなくなった。 
 人が生命を維持できる空間では無い。生き物の体内の匂いがした。それは生き物を殺すための空気だと、ファフニーには感じられた。
 苦しくて立っていられないから、ぬるぬるした床に倒れると、少しづつ足元の床が液体で満たされてくるのがわかった。
 「リーズ…なんで?
  ここから、出して…
  怖い…よ」
 小さく呟くので精一杯だった。
 暗くて、何も見えない。
 空気の悪さで、意識が急速に遠のいていく。
 全く、わけがわからなかった。
 『あはは、本当に面白いな。
  リーズとファフニーは』
 笑い声が聞こえた。
 楽しそうに笑う、男の子の声だ。
 暗くて何も見えないはずだったが、目の前に人影が見えた気がした。
 黒いローブを着た人影だ。
 「誰…?
  リーズ?…違う。男の子?」
 その影が幻だか現実だか判断するには、ファフニーの意識は薄れすぎていた。
 「ふーん、僕の声が聞こえた?
  じゃ…君、もう終わりだね。
  僕はマリクだよ」
 男の子は言うが、『マリク』と言われても、誰だかわからない。
 『ファフニー、良かったね?
  これで、永遠にリーズの物になれるよ』
 マリクと名乗った男の子が言った。
 「そんな…
  …酷いよ…あの化け物め…」
 小さく、ファフニーはつぶやいた。
 『あはは、ファフニー?
  だって、君、自分でリーズの口に入ったじゃない?』
 男の子の声は楽しそうだ。何がそんなに面白いのだろうか?
 それでも、彼の言葉は、ファフニーを混乱させた。
 確かに、彼の言う通りだ。
 僕は何の恐怖も感じず、自分からリーズの口に入ったんだ。それは覚えている。リーズが嫌がる僕を口の中に放り込んで、無理矢理飲み込んだわけじゃない。
 …なんで、僕、そんな事を?
 ファフニーは、また、わけがわからなくなった。
 「君…だれなの?
  助けてよ…」
 ファフニーの声に、返事は無かった。
 もう、目の前には、誰の姿も無かった。
 何でこんな事になったの?
 ファフニーは、わけがわからなかった。
 どうしてリーズが僕を食べるのだろう?僕を殺すのだろう?
 …多分、何か間違えたんだと思う。
 でも、どういう理由があったにしても、現実として、僕はこんな所に居る。
 「死にたくないな…」
 わけがわからないまま、死ぬのは嫌だった。一言、ファフニーは呟く。
 段々、気が遠くなる。
 足元から上がってきた液体が、彼の体をs包んでいく
 ぷかぷか。
 数秒後、意識を失ったファフニーは、リーズの胃の中に浮かんでいた。

 (4話に続きます)