妖精の指先2
作.WEST(MTS)
※この文章は巨人が小人を様々な手段で弄ぶ表現が含まれています。
残酷な表現等が含まれますので、18歳未満の方は読まないで下さい。
2.古代妖精の謝罪
女の子が少年で遊んでいた時間は、10分にも満たない時間だったが、ひとまず満足した女の子は、少年と同じサイズの体に戻り、彼の話を聞く事にした。
「じゃ、じゃあ、約束した通り、お話、聞いてあげてもいいよ?」
と、女の子は少年に言った。
「はあ…そうですか」
少年はベットに寝ている。
彼は、大きな傷こそ負っていなかったが、巨大な女の子の指で散々いじられて、体力の限界だった。
女の子は少年をベッドに寝かせた後、少年と同じ位の体のサイズに戻り、今は彼の枕元に居る。フードを外して、黒髪を肩までなびかせている。
「だ、大丈夫。休んでれば治るよ!
そうだ、後でご飯でも作ってあげるね!」
女の子は、多少、恥ずかしそうに言った。
ごめんなさい。
という一言が、なかなか言えない人なんだな。と、少年は女の子の事を思った。体中が痛い…
ともかく、少年は、自分の冒険について、女の子に説明した。
体長50メートル程の巨大な竜が少年の国に現れるようになったのは、ある日の事だった。それは竜にしても大きすぎるサイズで、少年の住む国を好き勝手に荒らし回った。
そこで、竜対策の一環として、見習い騎士の少年が、竜を倒す手助けを求める為に魔女の洞窟に派遣されたというわけだ。魔女の機嫌を損ねれば、殺される事もあるだろう。万が一、情報を持って帰ってくる事が出来れば、ラッキーという任務だった。
少年は国を荒らしている巨大な竜の魔物の事を女の子に話し、力を貸して欲しい事を伝えた。
「ねえ…それって、君、もしかして捨て駒にされてるんじゃない?」
「そうかも…知れないですね」
少年は否定しなかった。実際、そうなのだろう。見習い騎士なんてそんなものだ。
「こうして、人を人形遊びのおもちゃにして喜ぶような、子供みたいで、心無い、ひどい妖精さんの所に一人で行かされたわけですからね」
もう限界です。と、少年は言った。
「…君、ちょっと怒ってる?」
「はい、怒ってます」
少年は即答した。
「そ、そっか…
でも…うーん、どうしようかなぁ…」
あ、やっぱり怒ってるんだね。と、女の子は少年に答えた後、考え込んだ。
「僕の事をおもちゃにする代わりに、力を貸してくれるって約束でしたよね?
あなたは、ちょっと馬鹿っぽいですけど、古代種の妖精で、伝説の魔女なんですから、何かご存知なのでしょう?」
少年が女の子に詰め寄る。
「うー、まじめに悩んでるのに、馬鹿っぽいとはなによぉ。
そんなに怒らなくても、いいじゃない」
女の子は怒ったように言いながら、少年の頬に指を伸ばした。逆切れである。
女の子の細い指が、少年の頬をつつく。
そうして、何かと指で人をつつくのが、彼女の癖なんだという事が少年にもわかった。
「ふふん、体が同じ位の大きさだったら、全然怖くないですよ。
ほら、いくらでも指でつついて下さい。
あなたが力加減を間違えたって、僕が潰される事は無いですもん」
「ぐ、き、君、意外と性格悪いんだんね…」
「あんな目に合されれば、文句の一つも言いたくなりますよ。
申し訳ありませんが、僕、そこまで大人ではないです」
確かに、怒らない方がおかしい。
30メートルサイズの女の子には、色々な事をされた。
まず、紙くずのように蹴っ飛ばされた。
その後、肋骨が折れるまで指で地面に押し付けられた。
それから、体を力づくで押さえつけられて、強制的に話をさせられて、さらに、女の子の気が済むまで指でいじり回された。
これで怒らないのは、そういう趣味がある者だけだ。
「ちぇ…」
女の子はすねたように舌打ちをした。何とか、少年に言い返そうと必死になっているようだ。
「…はいはい、そういえば、そうだったよねぇ」
女の子は、反撃の手を考えたようで、にやにやと嫌な笑い方で笑った。
「『お願いです、命だけは助けて下さい』って、私の足元にすがりついて、泣いてたよね、君。ちっちゃい体で、一生懸命暴れて…さ?
可愛かったなー、あれ。もう一回やってみせてよ。あたしの足元で…さ?」
へへん。どうだ。と、女の子は言った。
「さすが、伝説の魔女様ですね。
性格の悪さでは、僕なんか足元にも及ばないみたいです。参りました」
少年は彼にしては最高にキツイ目線で、女の子をにらんだ。
一瞬、沈黙。
「えーと、何て言うか…その…」
女の子が口を開いた。
「ごめんなさい…
あたし、調子に乗りすぎちゃいました。反省してます…」
結局、女の子は素直に謝った。
「わかって頂けると、嬉しいですが…」
憮然として、少年は言った。
でも、多分、一晩寝たら、けろっと忘れて同じような事をするんだろうな、この人は。と、少年は心の中でため息をついた。
それから、女の子は、また少し真面目に考えた。
「…うーん、それでね、君の事を助けてあげたいのは、山々なんだけどね…」
女の子の言葉は、歯切れが悪い。
「どうして、だめなんですか?」
少年は女の子に尋ねた。一応、助けてくれる気は、あるらしい。
「んー、言いにくいんだけど、何をしても無駄…っていうのかな」
「無駄って…それ、どういう事です?」
「うーん…何て言えばいいのかなー…」
少年の質問に、女の子は戸惑っているようだ。
「…そうだ、君、騎士団の見習い騎士って言ったよね」
「はい」
「ちょっと嫌な話なんだけど、想像してみてくれる?
君の所の騎士団が全員集まってね、本当の姿になったあたしと戦うの。
あたしに勝てると思う?」
「…嫌味ですか?」
「うー、嫌味じゃないよぉ。真面目な話なの。
…で、まあ、言いにくいんだけど、多分、君たちが何人集まっても、あたしに勝てるわけないでしょ?」
「はいはい、そうですね、全員、虫けらみたいに踏み潰されちゃうんじゃないですか?
あなたは、大きくて可愛くて強いみたいだから」
「いじけないでよ…」
「気のせいです。続けて下さい」
「…うん。
で、問題なのがね、君たちの国を襲ってる竜の魔物って、多分、あたしと同じで古代種の生き物だと思うの」
「あなたと同じ?」
「そう。強さも…ね」
女の子が言いにくそうに、言った。
なるほど。
少年は、女の子が悩んでいるわけがわかった。
女の子は少年に言葉を続ける。
「もちろん、君達が使うような魔法の剣とかアイテムとか、いくらあげてもいいし、その魔物の特徴とかも、教えてあげたりできるんだけど…」
「僕達じゃ、そもそも弱すぎて話にならない…と?」
「うん…言いにくいんだけど」
女の子が、すまなそうに言った。アリが何をしても、象には勝てない。そういう事か。
「じゃあ…いいですよ、別に。
あなたは、魔法の剣をくれたり、魔物の特徴とかを教えたりしてくれれば。
後は…僕達、人間の問題ですから」
少年は女の子に答えた。
仕方ないな。と、少し開き直った気持ちだ。
魔物の強さは、リアルにイメージが沸く。少年は、さっきの巨大な女の子の事を思い出した。
少年は、自分の体より大きな彼女の靴を見ただけで戦意を失った。
簡単に彼女に蹴っ飛ばされて、その細い指で地面に押し付けられ、骨を砕かれて死にそうになった。
結局、彼女に悪意は無く、ただ、小さな女の子が子猫に悪戯をするような感覚で行っていた、他愛のない遊びだったのだが、それでも少年は死にかけた。
もし、女の子が悪意を持っていたら?
何のドラマも無く、女の子に虫けらのように潰されるだけだったのは明らかだ。戦いではなく、ただのいじめ、虐殺だ。
今、少年の国を襲っている魔物は、まさにそういうものなのだ。
「…何だか理不尽な気がしますけど、仕方無いですよ。
やれるだけの事はやってみますから」
僕達は、この女の子や魔物から見れば、虫けら同然…なのかな。少年は、少し寂しく思った。
どうせ虫けらみたいに潰されるなら、魔物に潰されるより、この女の子に潰されたいな…とも少し思ったが、それは、さすがに口には出さなかった。そんな事を言えば、
『えへへ、じゃ、潰しちゃおうかなー』
などと、悪乗りされる事が目に見えている。
ともかく、虫けらなりにがんばってみるしかないのかな。前途は多難なようだけど。と、少年は浮かない顔をしている。
女の子は、そんな少年の様子をしばらく見つめていた。
「君、可愛いだけじゃないんだね…
うーん、そこまで言うんじゃ、仕方ないかなー…」
やがて、観念したように口を開いた。
「一つね、それなりに勝ち目がある方法があるの」
女の子は、何かを決心したように言った。
「何です?何でもやりますよ」
少年は、強く言った。虫けらには虫けらの意地がある。
「あたしがね、直接戦ってあげるの。そいつと」
女の子が言った。
「…あ、それなら、確かに」
盲点だった。
気まぐれな幼い魔女が、そういう風に言うとは、全く考えていなかった。
「でもね、それでも、あたしとそいつって同じ位だと思うから勝てるかどうかわからないの。
あと、もう一つ、問題があってね…」
そこで、女の子は言葉を切った。少年は、女の子の次の言葉を待つ。
「これね、絶対内緒の事だからね、絶対、誰にも言っちゃだめだよ。
もし、言ったら…」
女の子は、そこで一度言葉を止めた後、少年をじーっと見つめた。
「いくら君でも、許すわけにいかないの。
しゃべったら…本気で君の事、踏み潰すよ?
弱い者いじめで…酷いと思うけど」
女の子は低い口調で最後まで言った。冗談抜きで、本気で言っているようだ。
どうやら、彼女にとっては、かなりの問題のようだ。
「僕の事が信じられませんか?」
少年は静かに言った。
「僕も、もちろん、あなたに踏み潰されて死ぬのは嫌だけど、もし、僕の事を信じられないなら、そういう大事は言わない方がいいと思います。
僕は…まあ、あなたの事は、正直、馬鹿っぽくて小さな妹みたいだって思ってますけど、信じてますよ」
少年は女の子に言った。
女の子は少年の言葉を聞いた後、恥ずかしそうに目を逸らして、自分の頭を軽く叩いた。
「…なんか、あたし、本当に馬鹿みたいだね」
ため息をついて、下を向いて、うなだれてみる。
少年は何も言わないで、女の子の髪を撫でた。
「踏み潰すなんて、怖い事言って、ごめんね。
あたし、君の事を踏み潰すなんて、絶対しないからね。
うんうん!
君が、私の秘密をばらすなら、それでもいいや!
私も君の事、信じるよ!」
女の子は、ふっ切れたように言った。そういう風に言われて、少年は悪い気はしなかった。
それから、途切れ途切れに彼女は言った。
「あのね…あたし…人間の世界だと…1日に10分間しか元の姿に戻れないの。
そしたら、しばらくエネルギーを集めないと…だめなの」
女の子は言った。
「10分…ですか」
たったの10分。ずいぶん短いと、少年は思った。
「でね、あたし、元の姿に戻らないと、魔法も大したのが使えないの。
せいぜい…そうね、低俗な…今、人間の世界に居るような…普通の妖精並みにしか…ね。
もちろん、力も無いし、剣とかも全然使えないし。
これ…どういう事か、わかるよね?
…あーあ、言っちゃった。内緒の事」
もう、どうにでもなれ。という様子で、女の子は言った。
女の子が巨大サイズで無敵なのは10分だけ。10分が過ぎれば、彼女は、文字通り、ただの女の子…
「聞いちゃいけない事を聞いてしまったみたいですね…」
やっぱり、内緒話は聞くもんじゃないな。と、少年は思った。
「ね?
もし他の人にばらしたら、踏み潰すなんて言っちゃったの、わかるでしょ?」
「確かに…こんな事ばらしたら、踏み潰されても文句は言えないですね」
悪意を持つ者に知られれば命に関わるような、そんな弱みを聞いてしまった事は確かだ。
「でもね、他の人にばらされたら嫌だけど、君の事、踏み潰したりなんて、絶対しないからね…」
女の子は、小さな声で言った。
「やっぱり…可愛いな」
「…もー!
すぐ、そうやって…」
少年の言葉は、女の子の逆鱗に触れたようだ。彼女は得意の指先攻撃を少年の頬に向けた。
つんつん。と、少年の頬をつつく。
「ほんとはね…」
女の子は、少年の頬をつつきながら、さらに言葉を続ける。
「昔、ママやお友達や、古代妖精のみんなで、人間の世界を離れて妖精の世界に帰るはずだったの。
でも、あたし、こんなだから、一人だけ帰りそびれちゃったんだ…
仲良くしてくれた魔法使いの人達も、そのうち、みんな年を取って死んじゃったし。
それで、もう、どうしようもなくなっちゃって、ずっとここに隠れてたんだ…」
少年の頬をつついていた指で、そのまま彼の頬をなぞった。
「神話の時代の終わり頃から、一人で、ずっと…ですか」
気の遠くなる話だ。僕なら、寂しくて耐えられないんじゃないかな。と、少年は思った。
「うん。でもね、いつの間にか、あたし、伝説の魔女とか噂になってるみたいでさ。ちょっと困ってたの。
いつか、あたしの事を退治するんだとか言って、頭おかしい人間がいっぱい来て、あたし、殺されちゃうんじゃないかって、考えたりして…」
女の子は遠い目をしている。
「ものすごい、落ちこぼれだったんですね、あなたは…」
「うん…
…て!大事なの、そこじゃないよ!確かに、すごい落ちこぼれだったけど!」
女の子は少年に抗議した後、
「…ま、というわけでさ、今だったら、君の方が私よりも強いよ。
さっき、いじめた事を怒ってるんなら、仕返しするチャンスだよ」
と悪戯っぽく笑った。
一見すると、さっきまでと変わらずにふざけているように見える。
だが、声が少し震えているのが、少年にはわかった。
…この人は、脅えてるんだ。自分より力が強い者…僕が、すぐ側に居るから。
よく見ると、体も少し震えているのがわかった。
『私も君の事、信じてるよ』
女の子は言ったけど、心の深い所では全然信じていないのだ。僕の事を怖がっている。
それは、そうなのかもしれない。
相手は会ったばかりの男である。しかも、さっきまでは自分の方が体が大きいのを良い事に、散々おもちゃにしていた相手だ。冷静になったら、仕返しが怖くなっても、不思議ではない。
…やっぱり、見かけ通りの子供なんだな。少年は、小さく震えている女の子を見つめた。
「じゃあ…そうですね。
今のうちに仕返しをしましょうか」
少年は、そう言うとベッドから上体を起こして、右手を女の子の方に伸ばした。
女の子はびくっとして、彼の手を見つめた。脅えた顔が隠せていない。
少年の指先が、女の子の額に触れる。少年は、そのまま女の子の額を少しだけ押した。
「…はい。
さっき、あなたに指先で遊ばれた仕返しです。
これで、おあいこですね?」
少年は女の子に言った。女の子は心底、ほっとして微笑んだ。
「…ちぇ、なんだぁ、つまんないな!
もし、ひどい事したら、明日、仕返しに踏み潰しちゃおうと思ったのになー」
女の子は、えへへ。と少年に笑いかけた。
…この人は、幼い妹を扱うように、優しく扱えばいいんだ。
少年は確信した。
「ねえ、ちゃんと、あたしを魔物の所まで護衛して連れて行ってね?
そしたら、戦ってあげるからさ」
「約束します。あなたを魔物の所まで連れていきますよ」
少年は言った。その事に関しては選択の余地は無かった。
何としても、この古代種の妖精を竜の魔物の所まで連れて行って、戦ってもらわなければならない。そうしなければ、彼の国が魔物に踏み潰される。
「うん、頼むね。信じてるよ。
…ま、多分大丈夫だよ。
10分だったら、私も毎日大きくなれるし、君の手に負えないのが居たら、踏み潰してあげるからさ!」
女の子は答えた。
「僕まで一緒に踏み潰さないで下さいね…」
「う、うん、気をつけるよ」
少年の言葉に、出来るだけ注意します。と女の子は答えた。
「そういえば、まだ、君のお名前、聞いてなかったね。
あたし、リーズって言うの。改めて、よろしくね!」
女の子は、指先でなく、右の手のひらを少年の方に伸ばした。
「僕、ファフニーです」
少年は迷わず女の子の手を握った。
ぶんぶん。
と、ファフニーの手を握ったリーズが、そのまま軽く腕を振った。
それから、旅支度を整えた二人はダンジョンを後にした。
剣士の少年と、妖精の女の子が目指すは、もちろん竜の魔物の住処であった。
(2話へ続く)