攻城戦
 MTS

 ※この話は残酷な描写と排泄行為等の下品な描写を含んでいますのでご注意下さい。
 ※不快な気持ちになるかも知れませんので、本当にご注意下さい。

 0.女子中学生と騎士と魔道士

 彼女は基本的に普通の女子中学生である。
 女子にしても少し背が低めで140センチ程しかなく、顔も童顔だったから小学生に間違えられる事が多かったが、今年から間違いなく中学校に通っている学生だった。
 特に何も考えず、普通に家に歩いて帰る途中である。
 2、3歩程先の足元を見た。
 アリが行列を作っていた。
 彼らが、どこから来て、どこへ行くのかわからない。
 …あ、このままだと踏んづけちゃうかな?
 自分の歩幅だと、丁度踏んづけてしまうかもしれない。
 …どうなるかなー?
 踏み潰してしまうか、それとも避けてしまうのか。
 助けようとも踏み潰してしまおうとも思わない。
 ただ、彼女は、アリの運命を楽しみにした。
 プチ。
 黒いソックスを履いた足が納まった、黒い靴が、蟻の行列の上に落ちた。
 …あ、やっぱり踏んじゃった。
 小さな命が数匹、足元で消えたが、特に気にせず彼女は歩き続けた。
 アリの運命がどうなってしまうのかという事を、ただ、ゲームとして楽しんだ。
 静流(しずる)は、そんな女子中学生だった。
 一方…
 彼は基本的に騎士である。
 誇り高くて、任務と君主に忠実な男だった。
 幾つもの厳しい戦いを乗り越えてきた。
 仲間を得たり、失ったり。
 …今回も、勝ってみせるさ。
 厳しい戦いだったが、勝利は段々と近づいていた。
 彼が城主を務める国境付近の城は、隣国の厳しい侵攻にさらされている所だ。
 500人程の城兵に対し、数千の軍勢が攻めてきた。
 だが、司令官である彼は有能だったし、城兵の士気も高く、国境付近の城は長年に渡って敵の侵攻を食い止めてきた名城だった。
 もうすぐ、援軍が来るはずだ。それまで何とか耐えれば自分の任務は達成される。
 まだまだ厳しい戦いだったが、どうにか耐えてやろうと彼は決意していた。
 18歳の若さで一城の主を務めるティクは、世界でも有数の騎士だった。
 一方…
 彼は基本的に悪の魔道士である。
 誇りも何も無い。
 勝てばいい。殺せばいい。手段は問わない。むしろ残酷な方が良い。
 一国の軍師を務めるエルレーンは、そんな男だった。
 彼の国は隣国との国境付近にある城を攻めていた。
 何の大義名分も前触れも無い、完全なる奇襲だった。
 ティクという若くて有能な騎士が守る名城だったが、圧倒的な数による奇襲で、難なく落とせるはずだった。
 …はずだったのだが、ティクの守る城は、なかなか落とす事が出来なかった。
 名将の率いられた勇卒と、その立てこもる城の防御力を侮っていた。
 追い詰められた彼は、最後の手段を取ろうとしていた…



 1.降臨

 ティクの守る城から数キロ離れた所に、エルレーンの数千の軍勢は陣を張っていた。
 一度、ティクに夜襲を仕掛けられて手酷い損害を出したので、今では万全の備えで夜も守っている。
 エルレーンが、陣から少し離れた場所で大規模な召還魔法を使っていたのは、そんなある日の昼間であった。
 禁断の召還魔法がある。
 それは、普通の悪魔や精霊を呼び出すのではない。
 神を呼び出すのだ。
 降臨魔法と呼ばれるそれは、呼び出した召還主でさえ制御出来るかわからないと言われていた。
 エルレーンの知る限り、今まで実際に使われたという例は無かった。ただ、魔法の存在だけが噂されている禁断の魔法だった。
 一昼夜をかけた詠唱の末、エルレーンは降臨魔法を唱え終えた。
 成功だった。
 神が姿を現した。
 エルレーンの軍勢の野営地より少し…数キロ程離れた所に、神は姿を現した。
 それは、彼の想像を越える姿をしていた。
 「め、女神よ、私の声が聞こえますか?」
 神が女に見えたから、それに向かって女神と呼びかけた。
 遥か上にある、女神の顔を見上げる。
 女神は異様な風体をしていた。
 神の衣装であろうか?
 エルレーンが見た事も無い服を着ていた。
 足を隠す黒い靴下と黒い靴は比較的普通の物に見えた。だが、その靴の大きさが、今、彼が攻めている城よりも明らかに大きかった。
 女神は城を踏み潰せる位の体の大きさをしていた。
 また、その靴の上に広がっている彼女の衣装は、全く見たことも無い衣装だった。
 中学生が着るブレザーの制服というものを、エルレーンが知るはずも無かった。
 その服の上で不思議そうにしているのが、、ツインテールの髪を下げた女の子の顔だった。
 …あれ?
 女神…静流は首を傾げた。
 ここはどこだろう?
 何だか頭がはっきりしない。見覚えの無い所に来てしまったようだ。
 随分と空気がきれいだ。草原がどこまでも続いている。
 ぼーっと歩いているうちに、公園にでも迷い込んでしまったのだろうか?
 いや、それにしても違和感がある。
 …あれ?落し物かな?
 足元を見た。
 数歩程の距離に、小さなお城の玩具が落ちていた。石で作ってあるようだ。
 よく出来ている。
 まるで、中に本当に兵隊でも居そうだ。でも、もしもこの城に兵隊が居るとしたら、それはアリと同じかそれ以上に小さい、小人の兵隊だろう。
 また、自分の足元の草原には、小枝のような木で囲ったスペースが広がっていた。子供がふざけて小枝を並べたのだろうか?
 よく見ると、その間で小さな物が、うようよと動いているようにも見えた。
 うわ、いっぱい居るわね。虫かな?
 ものすごい数の小さな生き物が、うようよとしているので、静流は気持ちが悪いと思った。
 だが、彼女に見られている小さな生き物達は、それ所での騒ぎでは無かった。
 ティクの城砦も、エルレーンの野営地もパニックだった。
 「な、なんだ、あの巨人は!!」
 それは、女に見えた。
 それも、少女のように見える。
 だが、見た事も無い服を着た、見た事も無い巨人だった。
 野営地の兵士達は、目の前に現れた女の巨人を見上げていた。
 数キロ離れた所にあるティクの城も、彼女にとっては数歩の距離だろう。
 自分達の陣地…エルレーンの軍勢、数千の兵達が野営する陣地も、彼女が横になったら、丸ごと下敷きになってしまいそうだ。
 少なく見ても、彼女の身長は1000メートル以上あるだろう。
 そんな彼女の目線が、彼女自身の足元…この陣地の事を見ているのだ。
 巨大な目がこっちを見ている事が恐ろしかった。
 彼らを見下ろす、その瞳の大きさが、彼らが用意していた攻城用の大型兵器…投石器や攻城櫓よりも大きかった。
 生き物としてはもちろん、人間が造った建物にしても、彼女の大きさは異常だった。
 文字通り、彼らから見ると、山のように彼女は大きかった。
 彼女は、ただ立って、野営地を見下ろしているだけである。
 それでも、エルレーンの軍勢に大打撃を与え始めていた。
 「あ、あんな化け物、相手に出来るかぁ!」
 「助けてくれぇ!」
 真っ先に悲鳴を上げて、陣から逃げ出したのは金で雇われた傭兵達だった。
 エルレーンの国に何の義理も無い彼らは、自分達の家より大きな瞳で見られただけで、逃げ出していた。
 また、正規の兵士達も冷静さを保っている者は皆無で、単に足がすくんで逃げ出せ無いだけという者が、大半だった。
 誰もが、こんな山のような巨人に遭遇するのは始めての事だった。
 こんな状態の時、もしも城砦からティクの軍勢が押し寄せてきたら、エルレーンの軍が数千といっても、一たまりも無いだろう。
 しかし、彼らにとって幸いな事に、城砦のティクが軍勢を動かす事は無かった。
 エルレーンの軍勢ほどでは無いが、歴戦の部隊である城砦の部隊も、静流の姿を見て驚いたのは同じだったからだ。
 彼らの城砦から、数キロ先にあるエルレーンの野営地の、さらに少し先に、不思議な服を着た女が立っているのがはっきりと見えた。
 それだけの距離があっても、彼女の顔がはっきりと認識できた。
 幼い女の子が不思議そうにしている顔が見えた。
 城壁で警戒していた兵士の数十人が、彼女に向けて矢を放った。
 それの矢は、彼女まで届かずに地面に落ちる。
 「やめさせろ!届くはずが無い!」
 ティクが部下達に指示を出す。
 確かに、思わず弓矢を撃ってしまった兵士達の気持ちは理解できる。
 あれだけはっきりと人の姿が見えるのだ。撃てば届きそうだと思ってしまう。無断で攻撃をしかけた兵士達を罰するつもりは、ティクには無かった。
 彼らの使う弓矢が相手を傷つけられるのは、せいぜい200メートルまでの距離だ。それ以上は、飛ばす事は出来るが、紙の鎧も貫けない程度の破壊力になってしまう。
 数キロ離れた所に居る彼女に、矢が届くはずも無かった。
 ティクは手を彼女の方に伸ばして、指を立ててみた。
 自分の指の高さと、見かけの彼女の高さを比較し、彼女までの距離を考慮して、彼女の身長を計算してみた。
 身長1400メートル〜1500メートル。
 どう考えても、それ位になる。
 という事は、地面から弓を撃っても、彼女の膝の高さにも届かないというのか?
 見た事も無い巨人を見て慌てる気持ちは、ティクも一緒だった。
 …何とか、あの女の子の巨人と話は出来ないものだろうか?
 見たところ、こちらを襲ってくる様子も無い。
 ティクは、大急ぎで部下の魔道士を呼び出した。
 女の子の姿をしているが、あれだけの巨人だ。味方をしてくれれば心強い。
 だが、もし敵になれば…
 何よりも、まず言葉を伝えようとティクは思った。
 そんな、それぞれの動きをする二つの軍勢の動きは、しかし、小さすぎたから静流には見えなかった。
 しばらく、彼女は城と野営地を見比べてみる。
 何だか、戦争で、お城でも攻めているようにも見えた。だとしたらリアリティの高い模型だ。出来の良さに、静流は少し感心した。
 …うふふ、これ、本当に戦争中で城攻めの真っ最中だったら、私は突然現れた大巨人って所かしらね?
 もし、そうだとしたらどうなるかと、静流は考えてみる。
 一生懸命に知恵と勇気を絞って、兵士達が戦ってる所に、突然、お城なんか簡単に踏み潰せちゃう女の子…自分が現れたのだ。
 女の子は大きいから、圧倒的に強くて…それで…
 …あはは、だめだ、話にならないや。
 どう考えても、馬鹿馬鹿しい。
 こんなの、物語にはならない気がした。
 世界感がぶち壊しだ。
 必死に戦う兵士達の所に、無敵の巨人の女の子が脈絡無く現れる、意味不明のつまらない物語を想像した静流は、一人で大笑いしてしまった。
 「あはははは、ばっかみたい!」
 静流は大笑いした。些細な事でも笑いが止まらない年頃だった。
 彼女の笑い声は、足元に広がる野営地だけでなく、城砦までも響いた。
 …一体、なんなんだ?
 突然現れた、巨人と笑い声。
 彼女の足元に陣を張っていたエルレーンの軍勢は、ますます混乱した。
 逃げずに留まっていた兵士達はもちろん、まだ呑気に気づかずに居た兵士達も、尋常じゃない笑い声で気づいたようだ。
 何がそんなに楽しいのか大笑いしている女の子を、見上げた。
 それから、それまで棒立ちのままで笑っていた巨大な女の子が動き始めるのを彼らは見た。
 膝が曲がって、自分達の方に向かって、かがみこんで来た。
 顔が、野営地に向かって近づいてきた。
 その顔立ちは、やはり少女にしか見えない。その事が更に異様な光景だった。
 …な、なんか、ほんとに人間みたいね??
 かがみ込んで、野営地に顔を近づけた静流には、その中で動いている小さな物の形が見えてきた。
 アリと同じ位に小さな生き物。
 しかし、それは二本の足があり、二本の手があり、人間のように見えた。
 …な、何??小人の群れ?
 ついに、彼女は物凄い人数の小人が、そこに居る事に気づいた。
 数千のエルレーンの軍勢だ。
 顔の造りまでは、小さすぎて見えないが、それは確かに人間のように思えた。手に何か持っているし、本当に兵士なのかもしれない。
 …もしかして、本当に戦争中?
 何百人、何千人という小人の兵士が居るようだ。それらが確かに生きていて、戦争をしているという事を考えると、静流は驚いた。
 夢なのだか何だかわからないが、今の自分は本当に巨人のようだ。おそらく、ここの兵士達から見ると1000メートル以上の身長になるだろう。
 …うーん、よくわかんないけど、それにしても小さいわね?
 静流は足元に広がる小人の野営地と兵士を眺めた。
 息を吹きかけたら、何人吹き飛ばせるかな?
 面白いゲームかも知れない。
 静流はかがみ込んで、野営地に顔を近づけたまま大きく息を吸い込み…
 『…女神様!私の話をお聞き下さい!』
 誰かの声聞いて、そのまま軽く咳き込んでしまった。
 コホコホ。
 野営地を覆う柵が、静流の咳が起こした暴風で地面を離れて飛んでいった。
 柵でさえ、それである。人間などは紙くずのようだった。
 彼女の口の近くに居た数十人の兵士が紙くずのように舞い、しかし、紙くずでは無くて人間だから、地面に叩きつけられて動かなくなった。
 その様子が、静流からは小さすぎて見えなかった。
 『誰?』
 小人達の末路を気にする事も無く、静流は地面から顔を上げ、きょろきょろしながら答えた。
 『女神様、私はエルレーン。あなたをこの世界にお呼びした者です』
 エルレーンは心と話す魔術で、静流に話しかけた。
 『巨大な女神よ…私の話をお聞き下さい』
 ようやく、女神に言葉を伝える事が出来た。
 このままでは、ただ、巨大な女神を見ているだけで、自分の軍自体が崩壊してしまうところだった。
 エルレーンは、やっと一息つけた。
 彼は静流に戦争の事について話した。
 「ふーん…
  あの、玩具の城を中に居る兵士ごと壊せばいいのね?」
 城攻めの手伝いをしてくれという魔術師の願いを確かに静流は聞いた。
 『はい…それが終わりましたら、元の世界へとお帰り下さい』
 なるほど…
 何となく状況がわかってきた。
 どうやら、あたしはRPGでいう、召還魔法で呼び出された魔物みたいなものらしい。
 種族は女神だろうか、それとも大巨人だろうか?
 まあ、どっちでもいいや。
 こんな小人の世界にも、あまり興味は無い。
 ただ、言う事を聞かないと、元の世界に帰れないみたいだし、魔道士の言う事を聞こうと思った。
 …うふふ、ゲームみたいで面白そうね。
 もっとも、こんな急展開のゲームも滅多に無いだろう。
 よくわからないファンタジーな世界に召還されて、最初に戦う相手が、その世界で最強クラスの騎士団と、その城砦だ。
 いきなりラスボス戦のようなものである。
 有り得ない。
 …でも、あんまり負ける気がしないなぁ?
 静流は、これから自分が攻め込もうとしている城砦を見下ろしてみた。
 戦う相手は世界最強の騎士団が500人と、その城。
 …ていうかクソゲーよね、こんなの。
 ティクの城砦を見下ろした静流は、自分の体の大きさと、その意味を理解した。
 
 
 2.攻城戦

 ずしん。ずしん。
 地面が揺れる。
 城砦の兵士達が外を見ないようにして現実から逃避しようとしても、静流が歩くたびに、音と振動が地面を伝わってきた。
 だが、それも、一瞬の事だった。
 彼女が居た所は城砦から数キロ離れていなかったから、静流は十歩も歩かないうちに、城砦の目の前まで到着した。
 城壁を守備していた兵士達は、彼女を見上げるが、どうして良いかわからなかった。
 高さが20メートルもある城壁だったが、それを上から見下ろされた事は初めてだった。
 城壁の高さは、彼女の足の親指と同じ位の高さしか無かった。城壁の上から目の前を見ると、城壁よりも幅が広い、静流の靴が広がっていた。
 こんな城壁、この女の子の前になんの役に立つんだろうか?
 城壁の兵士達は、誰もがそう思った。
 …ふーん、石で出来た城って言っても、踏めば潰せそうね。
 高さ2センチ位かな?
 いや、私が巨人になってるから、20メートル位は高さがあるのかな。まあ、どっちでも良いけど。
 さて…どうやって攻めこもうかな?
 静流は、初めて間近で城を見下ろした。
 踏み潰すのが一番楽そうな気もするけど…
 …そういえば、城攻めなんて事をするのは初めてね?
 いきなり踏み潰してゲームーバーでは、つまらない気がした。
 『女神様、僕の話を聞いて頂けますか?』
 城攻めの仕方を考え込む静流は声を聞いた。
 「ん、今度は誰?」
 若い男の声は、先ほどのエルレーンと名乗る魔道士ではないようだ。
 『僕は、この城の城主のティク。僕の話を聞いて下さい!』
 ティクは部下の魔道士を通して静流と話をしようとしていた。
 彼も、戦争についての事情を静流に話した。
 「ふーん、悪いのはいきなり襲ってきた、エルなんとかっていう魔道士の方だって事?」
 『はい、ですから女神様、このまま帰っていただけませんか?』
 どうやら、女神は話が通じるようだ。ティクは彼女を必死に説得する。
 「そっかー、君は立派な騎士さんなんだね」
 静流は微笑んだ。
 「でも、ごめんなさいね…
  私、そういうのに全然興味無いんだぁ?」
 騎士?
 何か、鎧着たり馬乗ったりしてる人だっけか?
 あっはっは、馬鹿じゃないの?
 からかうように語尾を伸ばして言うと、また、笑いが止まらなくなった。
 『そ、そんな…』
 ティクは彼女の言い方に唖然とした。
 「ごめんなさいね、私、君達を城ごと全滅させないと、元の世界に帰れないの。
  だからぁ…悪く思わないでねぇ?」
 城を上から見下ろして、静流は言った。からかうように語尾を伸ばすしゃべり方が気に入った。
 それから、野営地の様子を見た時と同様、かがみこんで上から様子を伺った。
 …へー、確かにすごいお城ね。
 素人目に見ても、城の良さがわかった。
 堀こそ設置されていなかったが、高さが20メートル程もある城壁が3枚連なって、城の外側を守っていた。
 その一枚の幅も10メートル程あり、城兵達は城壁の上で隊列を組んで戦う事が出来る上に、弩砲や投石器といった兵器も並んでいた。
 攻め込む側が、頑張って城壁を登れたとしても、隊列を組んだ兵士が城壁の上でそれを迎え撃つ。
 一方、攻城兵器の飛び道具の撃ち合うという事になると、20メートルの高さを生かせる城壁側の方が有利だ。
 それでも、万が一、一枚目の城壁を越えたとしても、二枚目と三枚目の城壁が待っている。
 それは一枚目の城壁を必死に越えた兵士達にとっては絶望的な壁だった。
 そんな三重の城壁を、統率の取れたティクの軍団が守っているのだ。
 未だに、二枚目の城壁を越えられた事は無かった。
 ティクの城は、常識外の戦力差が無い限り、落城するような事は有り得なかった。
 「三枚も薄い壁を並べて、偉いわね?
  …うふふ、でも、上から見下ろされるって事は考えなかったのかしら?」
 巨大な女の子が、三枚の城壁を通り越した真上から城を眺めていた。
 確かに、こんな状況は想定していない。身長が1000メートル以上ある敵が攻めてくる事など、誰も考えていなかった。
 静流からは、城壁の内側に広がる、幾つかの建物と本城が丸見えだった。
 城の上空が完全に彼女の顔で覆われてしまい、城の中は暗くなる。
 常識外の戦力差が、そこには存在した。
 …まず、戦う前には偵察しないとね。
 情報集めはゲームの基本だよね。と、静流は上空からさらに顔を近づけて様子を伺う。
 城に顔が触れるすれすれ…100メートル位の所まで、静流は顔を近づけて中を見てみる。
 「撃て!」
 そこに、ティクの号令が響いた。
 おそらく、チャンスは今しかない。
 弓矢と攻城兵器が届く距離で、女の顔が無防備に止まっている。
 「目を狙え!」
 城の全ての攻城兵器が、中学生の女の子に向かって放たれた。
 この異常な状況でも、ティクの軍団の統制は崩れていなかった。
 何本もの矢玉が、彼女の瞳を狙って飛んでいく。
 直径10メートルはある、彼女の瞳の周辺に矢が刺さり、投石機の石がぶつかる。
 「わ、な、何?」
 目に何か入った気がした。
 反射的にまぶたを閉じて、静流は立ち上がった。
 目にゴミでも入ったようで、くすぐったい。
 びっくりして、目を擦った。
 何か、糸くずのように細いものが目の周りにまとわりついていた。
 城壁から放たれた、矢玉だ。
 …うわ、気持ち悪いな。
 あわてて、静流は目を擦り続けた。どうやら攻撃を受けたようだ。
 …ふーん、そういう事するんだ?
 怒りで頭に血が上る。少し驚きもした。
 「ふーん、500人がかりで女の子を飛び道具で襲うなんて、君たちは極悪人なのね?
  あはは、でも戦争ってそういうもんだもんね。
  いいわよ。どっからでもかかってきてね?
  私も…攻撃するからね!」
 言いながら、再び静流は城を見下ろして考え始めた。
 城砦のティクも、悩み続けた。
 …だめだ、どうすれば良いんだ?
 次の手を必死に考えている。
 話は通じなかった。
 全力で城中の兵士が放った飛び道具は、目にゴミが入った程度のダメージしか与えていなかった。
 何か、何か手は無いのか…
 良い手は思い浮かばない。
 だが、静流の方も、少し困っていた。
 何だかんだ言っても、ここにはファンタジー世界の兵士が500人も居るのだ。
 魔法だってあるのだし、何をされるか、わかったものではない。
 そもそも、アリだって500匹集まって襲ってこられたら、ちょっと怖い。
 アリに噛まれると結構痛いものである。
 …踏み潰せそうなんだけどなぁ、こんな城?
 でも、石で出来てるし、足が少し痛いかもしれない。
 少しでも痛いのは嫌だ。
 静流は考え続ける。出来れば、城にあんまり体を近づけたくない。
 …遠くから石でも投げてみるか、土でも掘って埋めてみるのはどうかな?
 近づかないなら、そうした攻め方が考えられる。
 だが、彼女のような大巨人の体に合う大きさの石は無かった。土を掘るにも道具が無いから手が汚れてしまう。
 どっちも、あまり良い考えではない。
 遠くから…
 埋めてしまう…
 そこまでは、悪くない考えなのだが…
 パズルのピースが、静流の頭の中で、ぐるぐる回った。
 …あ、良い事を思いついたかも。
 静流は、手段を考えついた。
 「ねぇ、城兵のみんな、何か私を倒す方法思いついた?」
 陽気に問いかける彼女に返事をする者は無かった。
 もしも居たとしても、小さな彼らの声は彼女には届かないが…
 「私もあんまり良い事を思いつかないから、ちょっとトイレ休憩にするね。
  でも、気にしないで、いつ襲ってきてもいいわよ。
  うふふ、チャンスですよぉ?
  私、無防備にトイレしてるんですからねぇ?」
 彼女は一人で話を続けながら、城を跨いで立った。
 500メートルほど、大股に足を開いた。
 城の矢が届かないように、距離を取って足を開いたのだ。
 それから、踵をしっかりと地面につけて、しゃがみ込む。
 これも、あんまり腰を降ろし過ぎると、城の矢が届いてしまうかもしれない。
 なので、あまり腰を降ろしすぎないようにして、地面から300メートルはお尻を浮かせるようにして、しゃがんでみた。
 腰を降ろした所で、ブレザーの制服のスカートを脱ぎ、下着を下ろした。
 城砦の兵士からは、彼女の下腹部が丸見えになった。
 …うーん、こんな姿勢でやるのって初めてかも?
 大股で、腰を浮かせ気味で、変わった姿勢だと思った。手の置き場所が無いから、膝の上に置いてみた。
 「全員、城壁を離れろ!
  城へ…本城へ逃げ込め!」
 彼女はトイレ休憩にすると言った。
 それから、城の上にしゃがみ込んで、下着を下ろしている。
 何をしようとしているのか、誰の目にも明らかだった。
 ティクの判断は決して遅いものでは無かったが、それでも彼女の動きに対しては命令が遅すぎた。
 城壁の兵士達の大半は、呆然と静流の行為を見上げていた。
 そこには、大きな穴が開いていた。
 黒い毛に覆われた、縦に裂けた静流の股の割れ目である。
 遥か上空で、彼女の股がもぞもぞと動く。大きな穴が何かを狙うようにして、角度を変えているのがわかる。
 城内に逃げるようにティクの号令が響く。
 そこで我に返った兵士達は、あわてて城壁から逃げ出した。
 だが、遅すぎた。
 ビクンビクン。
 女の子の股間に開いた大きな穴が少し揺れたかと思うと、ついに、そこから大量の液体が放出された。
 その液体は放射状に落下して、城壁の上をきれいに洗い流していった。
 …よぉく狙ってと。
 城を跨いで排泄行為を始めた静流は、少しづつ腰を動かして小便の放出先を変え、城壁の上を狙って順番に洗い流していった。
 ただ、残念な事に、城兵達が小さすぎるから、どうなっているのかよく見えなかった。
 「な、何て事しやがるんだぁ!」
 城壁の上はパニックだった。
 人の体内と同じ位の温かさの生暖かい液体が、遥か上空から濁流のようにとめどなく流れてくる。
 城壁から逃げ遅れた兵士は、流れに巻き込まれて城壁から叩き落され、少女の小便と共にどこまでも流れていった。
 早めに逃げ出した兵士だけが、本城へ逃げ込む事が出来た。
 「こ、この邪神め!」
 城の屋上に出たティクは、彼女の股を見上げて怒りの声をあげた。
 何なんだ?これは?
 城の敷地が、隙間の無い城壁に囲まれていた事が不幸であった。
 もちろん、洪水対策の為に水を外へと排出出来るように設計されていたが、このように大量の液体が城に短時間に流れ込む事は考えていなかった。
 身長が1000メートルを越える女のトイレにされる事など、城砦を造る時には誰も想定しなかった。
 結局、静流の放尿で、本城もほとんど水没寸前になってしまった。
 生暖かい、嫌な匂いが辺りを覆っている。
 生き残ったわずかな兵は、本城の屋上にティクと共に集まっていた。城の敷地が大きな水溜りのようになっている。屋上のすぐ周りまで、水位は上がっていた。
 だが、幸いにも本城が沈んでしまう前に、静流の放尿は終わった。
 「ふー…すっきりした」
 排泄行為が終わると、気持ち良い。
 「…あれ?城兵の皆さん、私を攻撃しなくていいんですかぁ?
  私、とっても無防備ですよぉ?」
 もう、城兵達に逆らう力が無いのは明らかだった。
 「私、ちょっとトイレ休憩してるだけですよぉ?」
 ぺんぺん。
 城の頭上を覆っている、自分のお尻を叩いて挑発してみた。
 でも、城砦からは何の攻撃も無い。もう、彼らは何も出来なかった。
 「さすが、有名な騎士団の皆さんですねぇ。
  女の子がトイレをしている最中に襲うなんて、卑怯な事はしないんですねぇ?」
 自分の排泄物で水没した城を見て、満足だ。
 予想通り、城兵の攻撃を受ける事無く、城を攻撃出来た。
 「じゃ、もうちょっとだけ、トイレしますよぉ?」
 静流は、嘲る様に語尾を延ばして話し続ける。
 小便が終わった後に続けて行う排泄行為というと…
 …うふふ、巨人の女の子のトイレにされて死ぬのって、どんな気持ちなのかな?
 相手が小さすぎて反応がわからないのが、少しだけつまらなかった。
 それから、静流は腰の角度をまた少し変えた。
 城に向ける飛び道具の発射口を前から後ろに変更する。
 股間の前に開いた穴ではなく、後ろの方に開いた穴を、今度は城に向けた。
 しわが寄った、ピンク色の穴が城の上空に開いている。
 何をしようとしているのか、ティクで無くてもわかった。
 ブバッ!
 その穴から、轟音が響いた。
 同時に耐え難い悪臭が降って来る。
 ガスが排泄されたのだ。
 もう、城の屋上で、立ってられる者は誰も居なくなった。
 「く、くそぅ…」
 こんな屈辱は味わった事が無い。
 一矢報いたかった。
 ティクは一人、立ち上がった。
 弓を手に取ると、最後の力を振り絞り、遥か上空に見える穴に向かって矢を放った。
 矢は空まで飛んで、見えなくなった。
 それだけだった。
 ピンク色の穴が少しづつ、中から押し出されるように開き続ける。
 ティクの行動は、彼女の排泄行為に何の変化を及ぼさなかった。
 「こんな…こんなの認めない!」
 何か方法は無いのか?
 あまりにも酷い、巨大な女の邪神の振る舞いが、許されて良いはずは無い。
 まだ、ティクはあきらめていなかった。
 上空では、何かの生き物のように、静流の肛門が動いている。
 とても生き生きしている。
 この時の為に、ある穴なのだ。
 体内の要らない物を、必要な時に対外へと排泄するための穴である。
 今、その穴は役割を果たそうとしていた。
 とても生き生きとしていた。
 やがて、茶色い塊が穴の中から顔をのぞかせた。
 それは少しづつ穴から出てくると、やがて大きな塊となり、彼女の体との接続が完全に途切れた。
 巨大な茶色い排泄物の塊が落下を始める。
 ティク達の頭上へと、重力に引かれて落ちてきた。
 それは、城よりも大きな塊だった。
 「こ…こんなぁ…こんなのぉ!」
 見上げるティクの視界に、それは無慈悲に広がった。
 ぺちゃ。
 潰された。
 誇り高い騎士は、女子中学生の排泄物よりも無意味な存在だった。
 少し柔らかめだった彼女の排泄物は、そのまま城全体をすっかり覆って、押しつぶしてしまった。
 今まで一度も攻略された事が無い城砦も、やはり女子中学生の排泄物よりも小さな存在だった。
 「…ま、これなら、誰も生きてないわね?」
 静流が自分の排泄した物の辺りを見ると、すでに城が完全に埋まって見えなくなっていた。
 ポケットから、ティシュを取り出し、前と後ろをきれいに拭き取ると、彼女は下着を上げて立ち上がった。

 3.帰還

 「さ、約束通り、お城を落としたわよ?」
 エルレーンの野営地まで帰ってきた静流は、エルレーンに呼びかけた。
 「ご苦労様でした。どうぞ、お帰り下さい。今から、帰れるように魔法を発動させます」
 エルレーンは答える。
 言われなくても、さっさと帰らせるつもりだった。
 …何を考えているんだ、この化け物は?
 彼女の排泄物に埋もれた城を見たくも無かった。臭いは、この辺りまでも届いている。
 「あ、ちょっと待ってくれる?
  まだやる事があるから」
 静流は言った。
 …この上、何をやると言うのだ?
 だが、彼女に逆らう事は出来ない。逆らえば殺される。
 「わ、わかりました。お待ち致します」
 エルレーンは、おとなしく言う事に従った。
 「野営地に居る小人の兵隊さん、聞こえますかぁ?」
 静流の声が、野営地に響いた。
 語尾を延ばした、嘲るような声。
 両手を腰に当てて、野営地全体を見渡す。
 「君達、私のトイレを覗きましたねぇ?
  悪いんだけど…女神のトイレを覗いたら、死刑って事に決まってるんですよぉ?」
 彼女は野営地に居る数千の兵に死刑を宣告した。
 ずしーん。
 問答無用である。
 彼女の足が野営地の柵を無視して、中に居る兵士達の頭上に踏み下ろされた。
 地響きと大地震と共に、100人程の兵士が、彼女の足の下に消えた。
 両手は腰に当てたまま左足を軸にして立ち、右足で何度も地面を踏みつけていく。
 「あはははは!
  死刑って言ったでしょ?
  逃げても無駄ですよぉ?」
 彼女は、この世界の兵士より1000倍程、背が高かった。
 だから、兵士達は彼女が踏み出す一歩から逃げるのに、1000歩も走る必要がある。
 「戦うのも無駄ですよぉ?
  君達は死刑なんだからぁ、おとなしく踏み潰されて下さいねぇ?」
 そして、彼らが1000歩程走る間に、彼女が一歩しか歩いてはいけないという事も無い。
 兵士達が1000歩程走って逃げる間に、彼らを数百人踏み潰せる足を、彼女は同様に1000回降ろしても良いのだ。
 「何千人も居るのに、情けないですねぇ?
  女の子一人、どうする事も出来ないんですかぁ?」
 1000回、足を踏み降ろしてやろうと静流は思っていた。
 嘲りながら、野営地に狂ったように足を下ろし続ける。
 「君たちよりは、さっき、私のうんちの下敷きになった馬鹿な騎士達の方がマシかなぁ?」
 まあ、どっちも大差は無い。
 それから、大した手間もかからず、野営地は廃墟になった。
 何と言っても、私は女神なのだ。
 偉いんだから、公平に振舞わなくては、ならない。それが神というものだ。
 城を守る兵士を全滅させたんだから、攻めてる兵士も全滅させないとね?
 それが公平というものだ。
 「ふぅ、もういいわ。元の世界に返してね?」
 当然のように言う静流の言葉に、エルレーンは返す言葉が無かった。
 それが、攻城戦の結末になった。
 後には何も残らなかった。
 
 (完)