処刑される者

 MTS

1.解放

昔々、ある所に金属とガラスで出来た道具がありました。
油で満たされたガラスの器の中には、火を付ける為の芯が通っており、
油を注ぎ足す事で、いつまでも火を灯す事が出来ます。
そのガラス製の容器を金属で補強し、人が手に取る為の取っ手を付けたこの道具は、ランプ、ランタンなどと、遥か西の国では呼ばれていました。
遥か東の、この国では、そんな名前の由来も知られていません。
火を付けて、明かりを灯すという、ランプの素晴らしい役割すら、この国では理解されていませんでした。
使い方がわからなければ、どんな素晴らしい道具も単なる飾りに過ぎません。
よくわからない、怪しい道具。それが、この国でのランプの認識でした。
粗末な服を着た少年が、地面に置かれたランプの前に跪いていました。
穴が開き、擦り切れた彼の衣服は、まともな人間が着るような服ではありません。
彼の表情に生気はなく、もう、長い事、笑った事は無いようにも見えました。
貧しいか…それとも、自分で着る服を選ぶ事を許されない身分の者なのでしょう。
少年の周囲を見ると、大勢…少なくとも数十人以上の人間が、彼を囲んでいます。
多くの者は、金属で出来た鎧を着て、長い槍を持っています。彼らは兵隊なのでしょう。
その中に一人、兵隊とは違った格好をした者が居ました。
粗末な服を着た少年とは違い、宝石が付いた豪華な服を着た男です。腰には長い刀を一本、ぶら下げて居ました。
男は、明らかに兵隊ではありません。もちろん、少年のように身分の低い者でもありません。その衣装にふさわしい、身分高い者なのでしょう。
跪いた少年に向かって、男は言いました。
「仇(きゅう)よ、ランプに火を灯すのだ」
跪いた少年に向かって、立ったまま男は言いました。
『仇』とは、『あだ』、『かたき』とも言い、この国の言葉で、恨みがある相手という意味です。
少年は、彼を囲む兵士達と身分が高い男にとって、好ましくない存在のようです。
仇と呼ばれた少年は、身分が高い男の言葉を聞いて、微かに表情を変えました。
…怯え、恐怖。
粗末な衣を着た、彼の体が震えています。
ランプに火を灯す事…
それは、彼が死ぬかもしれない事を意味していたからです。
みすぼらしい服を着ていました。何の望みも無く生きています。それでも、少年は死にたくはありませんでした。
昔々のお話です。
もう、昔の話なので、詳しい事はわかりません。
ランプ…と呼ばれる怪しい道具に、遥か西の国の魔物が封じ込められたと言います。
その時、ランプに封じられた魔物は、怒ったと言います。
『このランプから解放されたら、魔神の国に帰る前に、最初に見た者を殺してやる』
国中に響く声で、魔神は言ったと言います。
古びたランプに伝わる、昔々の言い伝え。
…そんな怖い物、放っておけば良いのに。
自分の目の前に置かれたランプを見て、仇は震える体をどうする事も出来ませんでした。
「それとも、槍の穂先を望むか?」
身分の高い男は、仇に向かって言いました。動かない仇に、少しイライラしているようでした。
怖い言い伝えがあるランプですが、言う事を聞かなければ、代わりに兵隊達の槍が彼の体へと突き刺される事になります。
それは、彼がより確実に処刑される事を意味していました。
しばらく震えていた少年は、あきらめてランプに手を伸ばしました。
細い手が、力無く伸ばされます。
彼の手は、手首から先が、まるで糸が切れた人形のように、ブラブラとしています。それは手の腱を切られている為でした。
力を入れる事が出来ない彼の両手には、ランプのスイッチを押す事さえ、難しい事でした。
不器用に…手首の部分から押し付けるように、仇はランプのスイッチを押しました。
…カチッ
無機質な機械の音が響き、同時にランプに火が灯りました。
油を吸って、ランプは少しづつ燃え広がります。
それだけでした。
ランプは、スイッチを押されて、火を灯しただけでした。
…なんだ、つまらん。
身分が高い男は、落胆のため息をつきました。
やはり、古い言い伝えは、単なる言い伝えに過ぎなかったのです。仇の処刑は失敗でした。
それでも、仇は、まだ怯えた顔でランプを見ています。まだ、自分が助かった実感が沸かないようでした。
…まあ良い。
身分が高い男は、そんな仇の様子を見て、少し機嫌を良くしました。
今回も、充分に恐怖を感じさせる事が出来ました。
急ぐことは無いのです。仇が死ぬまで、何度でも同じような事を繰り返せば良いだけの事です。
いずれ、恐怖に耐えきれず、勝手に死ぬ事もあるでしょう。
…次は、どの伝説を試そうか?
それは、宝探しと処刑を兼ねた遊びでした。
身分が高い男は、すでに次の伝説を考え始めていました。
周りの兵隊達も、やれやれ…と、気を抜き始めました。
だが、仇だけは、まだランプの灯りを見つめていました。
…キレイだな。
油を吸って次第に大きくなる光が、何故か彼の心を捕らえました。
赤い表面に覆われた、内部の青い炎。
それは炎と呼ぶにふさわしい位、大きくなって、ガラスいっぱいに広がっていきました。
…パリン。
やがて響いたのは、ガラスが割れる音でした。
封じ込めていたガラスが無くなった為でしょうか?
炎は、より一層燃え上がり、仇の体を包んでしまいました。
悲鳴を上げる暇さえ無い、出来事でした。炎に包まれた仇は何も見えなくなりました。
…あれ、熱くない?
仇は不思議に思いました。
一瞬、目の前が炎でいっぱいになった事を感じましたが、熱くはありませんでした。
やすらぎ…温かさ。心地良さを、仇は感じました。
さらに次の瞬間には、炎は消え去りました。地面に跪いた仇の前には、壊れたランプだけが転がっていました。
…何が起こったんだろう?
目を開いた仇は、段々と正気が戻ってきました。
周囲を取り囲む兵隊達が騒ぐ声と、彼らの着ている鎧の金属の鎧がガチャガチャと音を立てるのが聞こえてきました。
それから、辺りが少し暗い事に気づきました。
暗闇…という程ではありません。
晴れた空が、曇りになったという程度。
…そうだ、空が覆われているんだ。
仇は、周囲を見渡して、何が起こったか、ようやく理解しました。
薄く透き通った、ピンク色のガラスの塊が自分を挟んで置かれていました。
高価な西方の品物…ガラスの靴。昔、見た事があります。
色つきのガラスを表面に使った、身分が高い西方の女の子の為の履物です。
ですが、そのガラスの靴の大きさは、彼の体…この国の人間の体よりも遥かに大きな物でした。
巨人の靴…靴の全容を見るのに、見上げなければならないような、ピンク色のガラスで覆われた巨人の靴です。
透き通ったガラスの内側では、まるで靴と同じように透き通るように白い足が、それを履いていました。
彼の左右に、対称に置かれた巨人の靴。
可愛らしいピンク色のガラスで覆われたそれは、置かれているわけではありませんでした。履かれていたのです。
白い足の女の子が、巨人の靴を履いて、仇…いや、それどころか、彼を取り囲む何十人もの兵士達全てを、跨いで立っていました。
透き通った絹のような彼女の衣装は、仇が見た事が無い物でした。
ひらひらとした薄いピンク色の衣装は、確かに女の子の為の物です。あまりに薄い為か、それともそういう素材なのか、彼女の白い肌が透き通って見えていました。
こんなに大きな人間…女の子を、仇は見た事がありません。
ガラスの靴を履きこなす女の子の足の指ですら、仇よりも背が高いのです。
彼女の巨大な足は大きく広かれ、大地を踏みしめていました。
背筋を伸ばし、少し胸を反らした立ち姿勢は、女の子には余り似合わない尊大な立ち方です。
豊かな女の子の胸の辺りで腕を組み、目だけを動かし、遥か地面の下に居る仇や兵士達を見下ろす姿は、文字通り、小さな人間達を見下ろしていました。
大きな瞳を細めて、少し不機嫌そうにしたその顔は、大きさを別にすれば仇と同じ位の年頃に見えます。
…なんて美しいんだろう。
仇は、自分達を跨いで仁王立ちした巨人の女の子の姿に、見とれてしまいました。
堂々と地面を踏みしめる姿。可愛らしい体のライン。不機嫌そうだが意志の籠った目。
多分…この女の子が、ランプに封じられていた魔物なんだろう。
仇は事情を大体理解しました。
魔物…遥か西の国に住む彼女たちは、魔神とも呼ばれていました。
不機嫌そうな目は、きっと自分を解放した主を探しているのでしょう。長い間、小さなランプに閉じ込められた恨みを晴らすために。
こんなに大きな身体を小さなランプに入れるのは、大変だったんだろうなと、仇は魔神の女の子を見上げて他人事のように考えてしまいました。
しばらくの間、魔神の女の子は微動だにせずに、目だけで地面を見下ろしていました。
巨大な足で地面に仁王立ちする姿は、生き物というよりは、山のようでした。
しばらくすると、やっと、彼女は口を開きました。
「私をランプから出したのは、誰ですか?」
巨大な口が空気を震わせて、轟音が地面に降り注ぎます。
冷たいけれど、よく響く女の子の高い声でした。
一瞬の沈黙。
それから、仇を取り囲む兵士達の槍が、一斉に仇を指し示しました。
確かにその通りです。彼女をランプから解放したのは仇でしょう。
それに応じるように、魔神の女の子の瞳が仇の方を向きました。
「私を解放したのは、お前ですか?」
低い声が、地面を震わしました。
巨大な瞳が、じっと仇を見つめています。
仇は魔神の女の子を見たまま、怖くて体が固まりました。
段々と、彼女の巨大な顔が近づいてきました。
魔神の女の子が、身を屈みはじめたのです。
ずしん…
彼女が両膝を付くと、地面が揺れました。
開いた股の間に、仇と兵士達を挟むように、魔神の女の子は両膝を付くと、もう一度、仇を見下ろして言いました。
「私を解放したのは、お前ですか?」
先ほどと同じく、低い声。その言葉は、機械的に繰り返され、仇へと向けられました。
ただ、地面が近い分、その巨大な声と顔の迫力は段違いでした。
「はい…私です」
元々、逆らう気力など仇は、震える声で答えました。
…少し幸せかもしれないな。
地面を撫でる彼女の息を浴びながら、仇は少し冷静に考えました。
兵士達に槍で刺されたり、苦しい呪いをかけられるよりは良いのかもしれません。
魔神の女の子は、何十人もの兵士を跨いで立つような大巨人ですが、瞳はとても可愛らしい女の子です。
その細い指で、虫のように摘ままれて八つ裂きにされるのであれば、まだ良いんじゃないかと、仇は思いました。
ばち!
轟音と共に、魔神の女の子の手のひらが、何故か自分の胸を叩くようにして交差されました。
胸を抱くような姿勢で、魔神の女の子は、さらに頭を下げて地面に近づけました。
それから、唇が開きました。
「ありがとうございます、ご主人様。
 私は、これから魔神の国に帰ります。
 ですが、その前に、助けてくださった御礼に三つの願いを叶えて差し上げますね」
魔神の女の子は、にっこりと微笑んでいました。
それは、彼女の顔つきによく似合った、女の子らしい表情でした。
地面に跪き、手を胸に交差させて忠誠の意志を表した彼女の姿。それは、粗末な衣を着た小さな少年に向けられたものでした。、


2.願い事の前に

地面に跪き、命令を待つ家臣の姿。
仇は、そういう者の姿を見るのは初めてではありませんでしたが、女の子がこんな風に跪くのをあまり見た事がありませんでした。
ましてや、足指の大きさですら人間よりも大きいような大巨人が跪く姿など、考えた事もありませんでした。
魔神の女の子は、穏やかに微笑んだまま、仇に言葉を続けます。
「さあ、お立ち下さい、ご主人様。
 あなたが私の前に跪く必要などありません」
魔神の女の子も、自分の大きな身体がどういう風に見えるのか、少しはわかっています。
目の前に跪く小さなご主人様に向かって、彼を吹き飛ばさないように、小さく優しい声で言いました。
だが、仇は首を振りました。
「私は…立ちたくても立てないのです」
それから、寂しそうに魔神の女の子の顔を見上げて言いました。
「私の手と足は、腱を切られてしまったので動かないのです。
 立つ事も、物を持つ事も出来ません」
そう言って、糸が切れた操り人形のように、ぶらぶらとした両手を魔神の女の子に示しました。
魔神の女の子は、不思議そうにまばたきしながら、彼の体を眺めました。
それから、また不思議そうに首を傾げながら、指を仇に伸ばしました。
兵士たちの輪に囲まれた仇の体に、魔神の女の子は正確に指を触れました。
仇は、柱のように巨大な少女の指が、自分の体に絡みつくのに身を任せました。
視界も全て覆われ、仇の体は巨大な指の間に完全に挟まれました。
…指の間で挟みつぶされてしまうかもしれない。
仇を包む巨人の指は、それ程に力強く、恐怖を抱くのに十分な大きさでしたが、彼を潰してしまう事はありませんでした。
仇は優しく摘まみ上げられ、魔神の女の子の手のひらに載せられました。
…なるほど。
まるで神経が通っていないような、小さなご主人様の手。
そして、小さな体にしても細い足は、長い間、立って歩いた事が無い為、足が弱っているからだと、魔神の女の子は理解しました。
もう一度、彼女は首を傾げ、手のひらに乗せた小さなご主人様に尋ねました。
「何故、そんな事をなされたのですか?
 手も足も使えないのでは、ご不便かと思うのですけど…」
魔神の女の子は、何故、小さなご主人様が手足を使えなくしているのか理解できませんでした。
「い、いえ、自分でやったわけでは、ないので…」
何と答えて良いかわからないまま、仇は巨大な瞳を見上げました。
もちろん、こんな事を自分の望みとしてやったのではありません。
「ご自分でやったのでは、無いのですか…
 でも…ご不便でしたら、何故、治さないのですか?
 その程度でしたら、唾でもつけておけば治るかと思うのですけれど…」
魔神の女の子は、再び首を傾げました。
仇も何と言って良いかわかりませんでしたが、答える事にしました。
「私たちは、手や足の腱が切れてしまうと治せないので…」
治せるものなら、仇だって治したいです。自分の足で立ち、自分の手で物を掴みたいと思います。
「この国の人達は、治す事が出来ないのですか…」
ようやく、魔神の女の子は納得したようですが…
「あれ…?
 そうしますと、もしかして手足の腱を切るというのは、とても残酷な事なのではないのですか?」
新たな疑問を思いついて、再び首を傾げました。
…何だか、ちょっと可愛いな。
巨大な瞳をパチパチとまばたきしながら、不思議そうに首を傾げる巨人の姿を見上げながら、仇は少し呆れてしまった。
頭は悪くないのかもしれませんが、少なくとも、この東の国の事については、全然知らないようです。
「はい、酷い事だと思います」
「そうですよね…」
今度こそ、魔神の女の子は、理解したようです。
首を傾げて不思議そうにしていたその顔つきが、次第に変わっていきました。
目を細めて、眉を少し吊り上げた顔で、仇を見つめます。
魔神の女の子の顔に浮かんだのは怒りでした。
仇を載せた手のひらも、怒りの為に少し震えているようでした。
…こんな顔もするんだ。
口元を噛みしめ、キツイ目線を見せる魔神の女の子の表情ですが、しかし、仇はあまり怖いとは思いませんでした。
巨大な瞳を見つめていると、急に魔神の女の子の顔色が変わりました。
思わず口を開き、怯えたような、あわてたような、表情。
その身体の大きさには、まったく似合わない狼狽した表情です。
「申し訳ございません、ご主人様!
 決して、ご主人様の事を怒っているわけではございませんので、怖がらないで下さい」
巨大な唇が空気を震わせ、生温かい息と轟音が仇を襲いました。
それも、仇は特に不快だとは思いませんでした。
…色んな顔をするんだな。
悠然と仁王立ちをしていた時とは違い、色々な表情を見せる巨人の女の子を、仇は面白いと思いました。
少なくとも、彼にこんなに色々な表情を向けた来た者は、手足の腱を切られてからは初めてでした。
自然と、彼の口元から笑みがこぼれました。
魔神の女の子の瞳は、それを見逃しませんでした。
再び、魔神の女の子は穏やかに微笑みました。
「でも…
 一体、誰がそのような酷い事をしたのですか?」
魔神の女の子は優しく問いかけます。
優しく…優しく…
小さなご主人様が、少しでも怖がらないように。
「それは…」
巨人の手のひらの上に居る仇は、はるか下の地面…兵士達を示しました。
彼を取り囲んでいる兵士達。そして、その中に居る身分の高い者こそ、仇を捕え、手足の腱を切って苦しみを与えている者でした。
恨み…憎しみ…
もう、全てをあきらめていた為、忘れていた気持ちを仇は段々と思い出しました。
…僕は、何にも悪い事はしていないのに。
仇は、何も悪い事はしていないのに、捕まって手足の腱を切られてしまいました。
彼が戦争で負けた国の住人である事。
彼の父親が偉い人だったからという事以外に、彼が『仇』などと呼ばれて、蔑まれる理由はありませんでした。
色々な感情を思い出し、仇は魔神の女の子を見つめました。
魔神の女の子は、仇の言葉を待たずに言いました。
「…かしこまりました。
 これは、ご主人様のお願いを聞く前の話でございます」
魔神の女の子は、にっこりと微笑んでいます。
ですが、その目は笑っていませんでした。
「まずは、ご主人様を苦しめた…
 目障りなゴミ屑の皆さまを処刑してしまいましょう」
出来るだけ優しく、魔神の女の子は仇に言いました。
怒りに震える顔を見せては、彼女の指に乗ってしまうような小さなご主人様が怖がってしまうに違いありません。
なので、魔神の女の子は出来るだけ笑顔を浮かべて言いました。
ですが…
…怖い。怖すぎる。
こめかみの辺りを痙攣させながら、引きつった笑みを浮かべる女の子が、これ程恐ろしいとは、仇は知りませんでした。
ましてや、相手は大巨人です。
ただ、仇は言われるままに頷くしか出来ませんでした。
「それでは、少し失礼します、ご主人様。
 少し動きますので、ご主人様は安全な所へ居て頂きます」
魔神の女の子はそう言うと、胸元に手を入れ、細い筒のような物を取り出しました。
「これは、泡の魔法でございます。
 危ない魔法じゃありませんから、身を任せて下さいませ」
そういうと、魔神の女の子は、細い筒…と言っても、筒の穴の大きさは仇が入れる位の大きさはある…の一端を口に咥え、もう一端を仇へ向けました。
魔神の女の子にとっては細い筒も、人間にとっては大砲のような太さの筒です。
彼女の言葉が無ければ、大砲のような細い筒を向けられ、仇は逃げ出していたかもしれません。
魔神の女の子は細い筒に息を吹き込みました。すると、魔法の筒は円形のふわふわとした泡のような物を筒先から放出しました。
西方の玩具を知っているものであれば、それがシャボン玉と言われる遊び道具に酷似している事がわかったでしょう。
無数に噴出された泡の一つが、仇の体を包みます。
そのまま、仇を包んだ泡は魔神の女の子の指を離れ、ふわふわと空に舞いました。
魔神の女の子は、それを見ると、跪いたまま、満足そうに微笑みました。
「ご主人様は、しばらく空でお待ち下さいませ」
それから、彼女は自分の足の間に居る兵士達に目をやりました。
ほとんど空気と化していた兵士達は、空から見下ろす巨人の目で我に返りました。
彼らの目の前には、半透明のピンク色の布で覆われた魔神の女の子の股間。
両脇には、魔神の女の子のキレイな白い太ももが、どこまでもそびえています。
巨人の股の間に、彼らは囚われているも同然でした。
魔神の女の子が彼らを見る目は、とても冷たいものでした。仇に穏やかに微笑んでいた娘とは思えません。
その巨大な瞳は、兵士達を従えている身分が高い者を探し、すぐに彼を見つけ出しました。
「お前が、ご主人様を酷い目にあわせたのですね?」
魔神の女の子は、問いかけながら返事も待たず、人差し指を立てて彼の頭上へと近づけました。
彼女の淡々とした声と迷いが無い動きは、まるで巨大な機械のようでもありました。
身分が高い者の頭上が、巨人の指の影で暗くなります。
思わず彼は周囲の兵士をかき分けて逃げ出しましたが、どれだけ走っても、どれだけ逃げても、魔神の女の子の指は彼の頭上にありました。
やがて、巨大な指が、彼と周囲の兵士を巻き込んで地面に押しつけました。
仇を器用に摘まみ上げた指は、やはり器用でした。
その巨大な質量は、力を込めずとも人間を押し潰すのに十分でしたが、魔神の女の子の指は身分が高い者を押し潰す事無く、たまたま周囲にいた兵士数人と共に地面に押しつけました。
「罪には罰を持って報いるべきでございます。
 お前には、ご主人様に犯した罪にふさわしい罰を与えましょう」
そう、淡々と言いました。
兵士達は、恐れおののきました。
間近に迫った魔神の女の子の指…その大きさと迫力の前に、ほとんどの者が立ち尽くすだけでした。
武器を落とす者や、その場に座り込む者も居ました。
また、多少は冷静な者の中には、武器を投げ出して走り出すものも居ました。
正面と左右は、巨人の股と太ももに遮られています。背を向けて、走り出しました。
彼らの頭上には、魔神の女の子のもう一本の指…身分が高い者を押さえつけている指とは反対の指…が迫りました。
「この場から去る事は許しません。
 お前達は全員、罰を受けるのです」
言葉と同時に、彼女の指は容赦なく逃げ出した者達に押しつけられました。
そんなに難しい事をしているわけでは、ありません。
地面に座ったまま、ただ、虫けらのように小さな生き物を指で突いているだけです。
無造作に地面へと押し付けられた彼女の指は、今度は手加減はありませんでした。
地面に数メートルの深さの穴を開けながら、彼女の指は逃げ出した兵士達を次々に押し潰しました。
逃げようとする兵士は、すぐに居なくなりました。
ただ一人…
兵士の隊長だけは、逃げる事もせず、武器を捨てる事もしませんでした。
…我が主君の危機である。
人知を超えた大巨人を前に、恐れを抱いていたのは彼も同じです。
ですが、彼はそれを乗り越えて、長槍を握る手に力を込めました。
周囲の兵士達と比べて二回り程は大きな男です。
その身体は飾りでは無く、実際に戦場で槍を振るった事も、両手の指では数えられない位です。
仇の生まれた国が攻め込まれた時に、兵士達の隊長を務めていたのも彼でした。
隊長としてのプライド…祖国への忠誠心。
他の兵士達とは一線を画している精神力が、彼を動かしていました。
彼は、魔神の女の子の指に捕えられている彼の主君の所まで走ると、槍を突き出しました。
目の前にそびえる、巨大な柱…魔神の女の子の指へ向かって槍の穂先が迫ります。
思っていた程の手ごたえはありませんでした。
柔らかい肉…若い女性の肉に刃を突き立てたのと、同じような感触でした。
あまり、心地よい感触ではありませんでした。
捕えた敵国の姫君を処刑した際の、嫌な気分を隊長は思い出しました。
隊長の槍は、見事に魔神の女の子の指へと突き刺ささっています。
渾身の力を込めて、隊長は槍を巨大な指にねじ込みました。
魔神の女の子の目が、自分の指…槍が刺さった辺りを向きました。
槍を振りかざした武人と思わしき男が、自分の指へと、それを突き刺しています。
少しの間、驚きの表情が魔神の女の子の顔に浮かびます。
それだけでした。
槍で突かれた彼女の指からは、血の一滴も流れていません。
…あまりの手応えが無い。
隊長は槍を抜き、何度も突き刺しましたが、同じ事でした。
巨大な、柔らかくて無機質な肉の塊を突いているような感じでした。
肉の感触こそ若い女性の物でしたが、生き物を刺しているという感触ではありませんでした。
生命の無い、巨大な肉の塊…少なくとも、同じ人間を相手にしているとは思えませんでした。
魔神の女の子は、彼女の指に槍を突き立てた小人に向かって微笑みました。
仇に向かって微笑む時と同じ微笑みです。その笑顔に、悪意はありませんでした。
「貴方は、この国の戦士なのですね」
囚われた主君の為に槍を振るった隊長の行為。
魔神の女の子は、彼を戦士と判断したのです。
「貴方のような勇敢な戦士は、虫けらのように指を押し付けて処刑するわけには参りません」
そう言って、身分が高い者に押しつけていた指を離し、解放しました。
…私は助かったのか?
巨大な指から解放され、身分が高い者は地面に転がったまま、微かに安堵しました。
それから、魔神の女の子の体が動きました。
彼女が巨大な手のひらを地面に突くと、鈍い振動が地面に伝わりました。
手をついて体を支えながら、地面に降ろしていた腰を浮かして、彼女は再び立ち上がりました。
魔神の女の子は、大地を揺るがす大巨人でしたが、身体に纏った布を閃かせながら立ち上がる様は、優雅な女の子そのものでした。
巨大な影が、再び大地に仁王立ちになりました。
ずしん…
ずしん…
地響きと共に、彼女は二歩、後ずさりました。
数十メートル…いや、百メートル以上の距離が、兵士達との間に空きました。
何故、彼女は身を引いたのでしょう?
魔神の女の子の突然の振る舞いに、兵士達も仇も見とれるしかありませんでした。
「さあ…武人の方よ」
堂々と仁王立ちした彼女は、再び自分の胸の上で手を組みました。
自分の姿を誇示する時の魔神の姿勢です。
「私と果たし合いましょう。
 貴方のような武人と立ち合える事を嬉しく思います」
魔神の女の子の目線の先には、呆然とする隊長が居ました。
その目には悪意や、彼女より遥かに小さな人間を蔑むような思いは感じられませんでした。
今時、戦場でも滅多に行われない果たし合い…一騎打ちを、彼は申し込まれたのです。
隊長が槍を握る手に力が籠りました。
彼の体が、がくがくと震えました。
全く勝ち目がない、大巨人を相手にした恐怖…それだけでは、ありませんでした。
彼は、武人として果たし合いを申し込まれたのです。
…我が生涯、最大の強敵だ。
隊長は、目の前で仁王立ちする女の子を見上げました。
薄いピンク色の衣装を纏った姿は、およそ武人とはかけ離れた姿で、西の国の娼婦とも思える姿です。
ですが、100メートルを優に超えるその巨体は、それだけで彼女が恐るべき力を持った戦士である事を表しています。
彼の槍を突き刺しても、その身体からは血の一滴も流れませんでした。
恐らく、これが戦いに明け暮れた自分の人生で最後の戦いになるのだろうと、隊長は思いました。
槍を手に、隊長は走り出しました。
長い間、彼と苦楽を共にした槍とも、もうすぐお別れです。
魔神の女の子は、彼女の足元へと、小さな生き物が近づいてくるのを穏やかに見つめました。
それは、遥か東の国の武人。勇敢な男でした。
「では…参ります。
 私は武人ではなく、ただの女子ですので、作法が失礼があったら申し訳ございません」
少しだけ、自身が無さそうに彼女は言いました。
彼女は単なる西の国の魔神であって、武人や武神ではないのです。
「精一杯、全力を尽くしますので…
 さあ、私の力を受け止められるものなら、受け止めて見せて下さい」
言いながら、仁王立ちしていた彼女の片足が持ち上がりました。
数十メートルのサイズがある足が地面に影を写しました。
魔神の女の子の柔らかい体は、膝を曲げて、腰よりも高い所まで足を上げました。
手加減は一切ありません。
それから、薄いガラスで装飾された巨大な靴が地面へと降ろされました。
唇を噛みしめて、体中の力を込めて、女の子を地面を踏みしめるべく、足を降ろしました。
隊長は彼の頭上が暗くなる事も気にせず、槍を手に走っていました。
彼も全力を尽くす事だけを考えていました。それが武人の作法という者です。
東の国の武人と、西の国の魔神は、お互いの持てる力を尽くそうとしていました。
…ぷち。
何かが潰れて砕ける音がしました。
魔神の女の子の足が、隊長が走っていた辺りに踏み下ろされました。音よりも早い速度です。
衝撃波が、隊長の体を着ている鎧ごと粉々にしたのか?
それとも、その足が実際に隊長の体を踏みしめ、その圧力で粉々にしたのか?
それは、わかりませんでした。
ただ、ほんの少し前まで、勇敢だった武人の姿は、もうどこにもありませんでした。
「果たし合いですから、手加減はしません。
 とどめを刺させて頂きます」
低い声で言いながら、魔神の女の子は、さらに地面をえぐるように足を擦りつけます。
踏みつぶしたという感触を、彼女は感じていませんでした。相手が小さすぎてわからなかったのです。
なので、地面を踏みにじって、とどめを刺そうとしたのです。
しばらく念入りに地面を踏みにじっていた魔神の女の子は
「やはり、いくら勇敢な武人と言っても、私には敵わなかったようですね」
淡々と言うと、魔神の女の子は隊長との果たし合いを終えました。
まともな戦いをするには、体の大きさが違い過ぎたようです。
次に、彼女は他の兵士達の方に目をやりました。
どうやら、彼女が地面を踏みつけた際の衝撃で、他の兵士達も大半が吹き飛ばされてしまったようです。
そんな様子は気にも留めず、彼女は言いました。
「では、お前達には罰を与えましょう。
 主君を守る事も出来ないお前達は、虫けらのように踏みつぶされて死ぬのが相応しい事でしょう」
魔神の女の子は宣言すると、吹き飛ばされて虫の息になっている兵士達の上に、容赦無く足を降ろしました。
「お前達より、遥かに体が大きな魔神とはいえ、私は女子です。
 私のような女子に、お前たちは成す術もなく虫けらのように踏み潰されるのです」
淡々と言って、魔神の女の子は兵士達を踏み潰していきました。
空から淡々と踏み下ろされる巨大な足の前に、兵士達は成す術がありませんでした。
仇は、魔神の女の子がそうして圧倒的な力を振るう様子を、シャボン玉の中から見ていましたが、どうしてもわからない事がありました。
…果たし合いで踏み潰すのと、罰として踏み潰すのと、何が違うんだろう?
武人でない仇には、同じように踏みつぶしているようにしか見えませんでした。
そうして淡々と兵士達を処理していた魔神の女の子は、しばらくすると身分が高い者の姿を見つけました。
吹き飛ばされて地面に打ちつけられたのでしょう。もう、意識があるのかもわからない位に虫の息でした。
見えているのかもわからない目が、虚空を見ていました。
その虚空が、巨人の指で覆われました。
魔神の女の子が、虫の息の男を摘まみ上げたのです。
「お前には、ご主人様と同じ苦しみを味わってもらいます」
巨大な指が、身分が高い者の右腕を摘まむと、一気に捻り上げました。
肩の関節が一回転すると、彼の腕は、肩からぶらぶらと垂れるだけの物になりました。
一瞬、彼の体が、びくびくと激しく動きましたが、その後は動かなくなってしまいました。
もはや動かなくなった身分が高い者の体ですが、魔神の女の子は一切構わずに、そのまま彼の両手両足を順番に摘まむと、捻り上げてしまいました。
身分が高い者は、仇と同じように両手と両足が動かなくなりましたが、それ以前に、もう心臓が動いていませんでした。
ゴミ屑となった彼の体は、無造作に地面へと捨てられました。
もう、人の形を留めている者は、彼女の足元には居なくなりました。
魔神の女の子は、にっこりと微笑みました。
「さあ、ご主人様。
 ご主人様を酷い目にあわせていた者達に、罰を与え終わりました」
彼女の穏やかな笑みは、先ほどと変わらずに仇へと向けられています。
魔法のシャボン玉に入っている仇は、魔神の女の子の足元に広がる地獄絵図と彼女の笑顔を交互に見比べました。
彼女が言うように、仇を捕えていた兵士達は全て居なくなりました。
勢いをつけて降ろされた巨人の足は、地面の形を変えてしまう程の衝撃です。そこに居た人間が形を留めているはずがありませんでした。
それ程の力を振るいながら、先ほどまでと変わらず佇んでいる魔神の女の子の笑顔に、仇は何と答えて良いかわかりませんでした。
確かに、彼は復讐を望む気持ちがありました。
ですが、こうして人間が虫けらのように魔神の女の子によって踏みつぶされた光景を見ていると、喜びは、思った程には沸いてきませんでした。
何も言わず、表情を凍らせている仇に向かって、魔神の女の子は言いました。
「ご主人様…?
 気分でも悪くされましたか?」
仇の体よりも大きな瞳が、彼の事を心配そうに見ていました。
「いえ…その…」
彼女に促されるようにして、仇は口を開きました。
「怖いわけじゃないのですけど、魔神様の力に驚いて、頭が混乱しています…」
正直に仇は答えましたが、それを聞くと、魔神の女の子は悲しそうに首を振りました。
「ご主人様が私を魔神様などと呼ばないで下さい…
 呼び捨てにするか、せめて優雅に、魔神ちゃんとでも呼んで下さい」
静かに諭すように、魔神ちゃんの唇が動きました。
「じゃ、魔神ちゃんて呼びます。
 …でも、魔神ちゃんは、お名前は無いのですか?」
仇は逆に魔神ちゃんに尋ねました。
「名前…ですか。
 申し訳ありません、私、長い間ランプの中に居ましたので、忘れてしまいました」
少し考えながら、魔神ちゃんは答えました。
「そうですか…もし良かったら、私が魔神ちゃんの名前を考えてあげます」
そういえば、魔神ちゃんも、自分と同じく、長い間一人で閉じ込められていたのです。
ずっと一人ぼっちで居ると、段々と頭がおかしくなってしまう事を、仇は、よく知っていました。
仇の言葉を聞いて、魔神ちゃんは不思議そうにまばたきをしましたが、やがて微笑みました。
「はい、お願いします。
 そんな事を言って頂けるとは思いませんでした」
魔神ちゃんは嬉しそうでした。
「では、ご主人様、次に体を治させて頂きます」
有無を言わさない笑顔で、魔神ちゃんは続けました。
腱を切られて傷ついた仇の手足は、力なく垂れています。
「え…治るのですか?」
もしも治るなら、それは仇にとっては嬉しい事です。
自分の足で地面に立って歩く事なんて、もう何年もしていません。仇は、歩き方すら、忘れそうになっています。
手を使って物を掴めるようになれば、床にばら撒かれた食事を、犬のように食べる必要もありません。
「はい。この国の人達の体の構造は、よく存じませんが、多分、唾を付けておけば治るかと思います」
「つ、唾ですか?」
「はい、小さな怪我を治すには、それが一番です」
言いながら、魔神ちゃんは仇を包むシャボン玉に指を伸ばします。
彼女が指を触れると、シャボン玉は音も無く割れました。
空に投げ出される仇でしたが、その下では魔神ちゃんが手のひらが待っていました。
仇が思っていたよりも、魔神ちゃんの手は温かくて柔らかい感触でした。
…この手で、さっきは兵士達を押し潰して殺したんだ。
人間の命を簡単に押し潰す事も出来れば、柔らかく受け止める事も出来る、巨大な女の子の手のひらです。
仇はドキドキして、少し胸の鼓動が早くなりました。
「では…多少汚いですけど我慢して下さいね」
魔神ちゃんは少し恥ずかしそうに言いながら、仇を載せた手のひらを顔へと近づけました。
巨大な顔…西方の女の子の可愛らしいですが、大き過ぎる顔が近づいてきました。
眼を閉じて、唇が薄く開かれています。
薄く開かれた唇ですが、その隙間には人間が入るのに十分な広さが開いていました。
仇は彼女の唇の前まで運ばれました。
魔神ちゃんの手のひらが止まると、彼女の薄く開かれた唇がすぼめられました。
唾液を大量に滴らせた舌が、ゆっくりと伸びてきて、仇の体に触れました。
巨大な舌の生温かい感触と、思っていたよりも強い唾の匂いが鼻に届きました。
女の子ってこんな匂いがするんだ…
目を閉じる事も無く、自分の身体を弄ぶ巨人の舌を仇は見つめていましたが、顔が覆われた時だけは、さすがに目を閉じました。
何て気持ち良いんだろう…
舌の根元に広がっている巨大な口…人を丸のみするのに十分な大きさの魔神ちゃんの口ですら、仇は愛おしく思えてきました。
顔を巨大な舌で覆われて少し酸欠気味になったのと、あまりに気持ち良すぎる為、仇は、少し気が遠くなりました。
彼の目の前に広がるのは、真っ赤な唇と薄く開けられた口。
魔神ちゃんが、唇を近づけてきた事に仇は気づきました。
彼女の開かれた口から見える白い歯は、まるで大岩のようでした。
怖いのが半分。女の子の歯の迫力にみとれてしまったのが半分。
仇が呆然としていると、周囲が真っ暗になりました。
魔神ちゃんが、仇を載せた手のひらに唇を押しつけたのです。
彼女の唇の間に、仇は捕らわれてしまいました。
巨人の口に入れられ、仇は思わず暴れて逃げ出そうとしまてしまいました。
ですが、小人の必死の抵抗など、巨人の舌の前では何の役にも立ちませんでした。
魔神ちゃんの舌は、優しくですが、有無を言わさぬ力強さで、仇を口の奥…奥歯の上へと運びました。
ゴツゴツとした岩…巨人の女の子の奥歯の上に仇は乗せられました。
薄く開いた唇の間から入ってくる光で、仇は一瞬、周囲が見えました。
赤く濡れた肉壁が周囲に広がっています。
上を見上げれば、白いゴツゴツした岩…巨人の歯が無数に連なっています。
色々な拷問を受け、手足の腱を切られた仇ですが、魔神ちゃんの口…巨人の女の子の口の中よりも恐ろしい光景を、今までに見た事がありませんでした。
もしも、ここが魔神ちゃんの口の中だという事を思い出さなければ、仇は気が狂ってしまったかもしれません。
しばらく、魔神ちゃんの舌は、仇を歯に押しつけて弄んでいましたが、やがて、舌は仇の体を離れました。
舌に弄ばれ、ぐったりとした仇。
次に、空に並ぶ白い巨岩の列…魔神ちゃんの歯がゆっくりと落ちてきました。
こんなに大きな歯に挟まれては、あっという間に噛み潰されてしまうでしょう。
すぐに、仇は巨人の歯の間に挟まれてしまいました。
何という恐ろしい力でしょう?
仇は、魔神ちゃんの歯に挟まれ、苦しくて息が出来ませんでした。
…このまま食べられちゃうのかな?
仇は恐くなりましたが、巨人の女の子の力に逆らう事は出来ません。
…いつ、噛み潰されてしまうんだろう?
歯を押し付けられ、仇は苦しくて気が遠くなってきましたが、しばらくすると周囲が明るくなりました。
「失礼いたしました、ご主人様。
 ご気分はいかがですか?」
轟音が、優しく空気を震わせています。
巨大な顔は、それでも自信ありげに微笑んでいました。
仇は、いつの間にか、再び魔神ちゃんの手のひらに乗せられていました。
…あの唇の中に入ってたんだ。
優しく空気を震わす巨大な唇を見ていると、仇は、そんなに悪い気がしませんでした。
でも、身体は、魔神ちゃんの唾液まみれだったので、少し恥ずかしいと思いました。
結構気持ち良かったとは、恥ずかしくて言えませんでした。
「沢山舐めて、歯でマッサージもして差し上げましたが、いかがでしょうか…
 立つ事は出来ますか?」
魔神ちゃんが言葉を続けたので、仇は気づきました。
手と足に、力が戻っています。
もしかしてと思って、地面…魔神ちゃんの手のひらに手をついて、立ち上がろうとしてみました。
「良かった…
 お立ちになれるようですね」
魔神ちゃんは、穏やかに微笑んでいます。
よろよろと、頼りない足回りですが、確かに仇は立つ事ができました。
「あ…
 踏んづけちゃって、ごめんなさい、魔神ちゃん」
嬉しかった仇ですが、魔神ちゃんの手のひらを踏んづけて立っている事に気づいたので、彼女に謝りました。
魔神ちゃんは不思議そうに首を傾げました。
「お尻をついて座るのも、踏んづけて立ち上がるのも、大して変わらないと思いますが…」
ご主人様は、今さら何を言うんだろうと、魔神ちゃんは首を傾げています。
「私がご主人様の体の上にお尻をついて座ったり、踏んづけて立ち上がったりするのとは意味が違います。
 そんな事、気にしないで下さい」
確かに魔神ちゃんにそんな事をされたら、仇は跡形も無く潰れて肉塊になってしまうでしょう。
何と答えて良いかわからなかったので、ただ、恥ずかしそうに仇は魔神ちゃんの手のひらの上に立っていました。
段々と嬉しさが込み上げてきます。
自分を手のひらに載せている巨人…
穏やかに微笑んでいる魔神ちゃんが、魔神どころか神様に思えてきました。
「さあ…それでは、ご主人様のお願いを言って頂けますか?
 もちろん、ゆっくり考えて頂いて結構です」
魔神ちゃんは優しく言いました。
「まずは、こんなゴミ屑が散らばる場所は離れましょう。
 静かな所で、ごゆっくり、お願いを考えて下さい」
魔神ちゃんは、仇を手のひらに乗せたまま、どこへともなく歩き始めました。
…これ以上、何をお願いすれば良いんだろう。
仇は戸惑いました。
魔神ちゃんには身体も治してもらったし、自分を捕えていた者達にもやり過ぎと思える位の復讐をしてもらいました。
これ以上…何を頼めば良いんだろう?
穏やかに微笑む魔神ちゃんの顔と、巨大ではありますが、優雅な彼女の体。
彼女の姿を見ていると、仇は、恥ずかしくて言えない事ばかり考え始めてしまいました。

(完)

( ̄_ ̄)ノ あ ( ̄_ ̄)ノ と ( ̄_ ̄)ノ が ( ̄_ ̄)ノ き

今回は特にありません…

( ̄_ ̄)ノ お ( ̄_ ̄)ノ し ( ̄_ ̄)ノ ま ( ̄_ ̄)ノ い