虫かごの賢者

 MTS作


4.ヒトノヤリカタ

別荘…というよりは、隠れ家に近い。
人里を離れているから不便だし、周囲に観光地になるような場所があるわけでもない。
ただ、何も無い荒野に、突然小屋が建っているのだ。
場所を知らなければ、訪れる事も困難だろう。
ラウミィは、そんな場所に居た。
…私は何をやってるのかしら?
ラウミィは機嫌が悪かった。
「お前…何かしゃべりなさい」
不機嫌そうに、目の前の赤いローブの男に言った。
すると、目の前の赤いローブの男も不機嫌そうに返事をする。
「お前が、何かしゃべればいいだろう」
それから、また、不機嫌そうに2人で沈黙の時間を過ごす。
テーブルが一つと、それを囲んで椅子が数個あるだけで、特に飾り気も無い、つまらない木の部屋だ。
虫けらの世界の片隅のそんな部屋。
一体自分は何をしているのだろう?
フレッドに理不尽な八つ当たりする位しか、ラウミィは思いつかなかった。
大体、何という冷たい返事だろう?
話すことが無いから『何か話せ』と言っているのに、『お前がしゃべれ』と言われても困る。
こんな風に聞かれた時、自分だったら…
と、そこまで考えたら、ラウミィは少し笑ってしまった。
自分で自分を嘲笑う、自嘲という笑い方だ。
「なんだ?
 また、悪さでも思いついたのか?」
急に笑顔を見せたラウミィを見て、フレッドは怪訝そうに聞いた。
また、大きくなって街でも壊しにいくつもりだろうか?
妖精の考える事は、さっぱりわからない。
「馬鹿みたい」
ラウミィは、独り言のように言う。
「私が、『お前がしゃべれ』って言われたら、多分、『うるさいお前がしゃべれ』って言ったわ。
 …馬鹿みたい」
馬鹿みたいと呟いて、ラウミィは自嘲気味に笑い続けた。
考えてる事が、どうやら目の前の虫けらと自分では大差が無いようだ。
自嘲するしかないだろう。
「なるほど…
 お前なら、そう言いそうだ」
フレッドはため息をついた
それから、また少しの沈黙。
ラウミィはフレッドに横を向くように座りなおすと、ほおづえをついた。
不機嫌そうな横目をフレッドに向けるようにして、口を開く。
「よくも、あれだけの小鳥を殺したものね。虫けらの分際で」
地面を埋め尽くすような鳥の死骸に、少し驚いたのは事実だ。
興味がある。少し、聞いてみたかった。
それを聞くとフレッドは、さらに少し不機嫌な顔になる。
「ああ…ベヌールの街には大昔、巨大な化け物の娘が来た事があってな。
 それもあって、うちのご先祖様の頃から1000年位かけて、あの街の周囲には色々と魔法の罠なんかを仕掛けてあったんだ。
 後は、ベヌールに居た騎士やら傭兵やらが、俺の代わりに鳥に食われてくれたからな」
フレッドの言葉を聞いて、大昔にベヌールの街を襲った化け物の娘本人は、逆に機嫌が良くなった。
「ふーん…じゃ、私のおかげって事ね。
 襲って欲しくなったら、いつでも言いなさい。
 あんな虫けらの街、いつでも踏み潰してやるわよ?」
本当に、小さくてもろい虫けらの街だ。
元の大きさに戻れば、数分程。さらに巨大化の魔法を使えば、2歩か、せいぜい3歩だろう。
それが、ラウミィがベヌールの街を踏み潰すのにかかる時間だ。
長さが数百メートルある靴を履く巨人の少女が歩けば、ベヌールの街なんて、すぐに彼女の靴の下に消えてしまう。
機嫌が良くなって、横を向いていたラウミィは正面を向くように座りなおすと、両手でほおづえをつき、フレッドの顔を覗き込む。
そういえば、思い出した。
確かにベヌールの街の周りには、神話の時代にも色々と魔法の罠が仕掛けてあった。
あの頃、当時のフレッドと殺しあった時、よく魔法の罠にかかったものだ。
「あはは、何なら今から試してみる?
 この前の大きさだと可哀想だから…そうね、お前達の300倍位の大きさ位で許してあげるようかしらね。
 私の足の指位は、吹き飛ばせるかしら?」
いや、片足位は覚悟した方が良いかもしれないわね。と思いつつ、ラウミィは言った。
昔のフレッドの罠は、痛いが死ぬほどでは無かった。
あの頃、1000年位前、フレッドという小人と、よく殺し合った。
でも、結局、お互い殺す事は無かった。
相手を殺さないという暗黙の約束のうちに、殺し合いという遊びに興じていた。
懐かしい…
1000年という時間は、妖精にとって長すぎる時間ではないが、短い時間でもない。
…いや、違うわ。私は考えているのかしら?
ラウミィは、目の前の虫けらから顔を背けた。
あのフレッドは1000年も前に死んだのだ。寿命が短い虫けらだから仕方ない。もう、どこにも居ないのだ。
今、目の前に居るのは、同じ姿をして同じ声をして、同じ名前をして、同じような事を考えているけど、別の虫けら。
あの時のフレッドとは別人だ。
でも…どうしても思い出してしまう。
虫けら達の中で、唯一、友達になった人間の事を。
あの頃に感じた事を。
思った事を。
悩んだ事を。
それから、ラウミィは口を開いた。
「ねえ…
 今から殺し合う?」
そんな気分だった。
あの頃は、フレッドをその気にさせる為に、わざと街を襲ったりもした。小人を殺すとフレッドが本気で怒るから、なるべく踏み潰さないようにして。
もう、他のほとんどの妖精達が小人を玩具にして遊ばないようになってからも、自分だけは、そうやって遊んでいた。
…楽しい茶番だったわね。
また、そんな茶番を演じたくもなった。
だがフレッドは、淡々と答えた。
「すまん。また今度にしてくれ」
つまらなそうに、ラウミィから目を背けた。
その態度が、ラウミィを思い出から現実に引き戻した。
…やっぱり、この男はフレッドじゃないんだ。
似ているけど、完全に同じではないのだ。
フレッドだったら、こんなに素っ気無くは言わなかった。
「そう…ま、いいわ」
でも、あまり、悪い気はしなかった。
目の前の男がフレッドの姿をした別人だという事に、少しづつだが慣れてきた。
「で…一つだけ教えてくれないか?」
目の前の男が、また口を開く。
「お前は、何をしに来たんだ?」
不思議そうにフレッドは言った。
ラウミィは胸の奥が、熱くなってきた。
さっきまでとは質の違う不機嫌さを感じた。
…やっぱり、殺してやろうかしら?
殺すなら、どうやって殺してやろうかと、ラウミィは考える。
椅子を蹴るようにして立ち上がると、机を回り込んでフレッドに近づいた。
「お…おい…」
戸惑った様子のフレッドを見ていると、少し楽しくて、怒りが少し和らいだ。
ラウミィはフレッドの横に立つと、そのまま背を向けて、彼の膝の上に横向きに腰を降ろした。
ぐいぐいと、容赦なく体重をかけて座る。
「あら…忘れてたわね」
呆気に取られるフレッドの首に腕を回しながら、ラウミィは言った。
「今、小さくなってるんだったわね。
 お尻に敷いて潰してやろうかと思ってたのに…」
精一杯、不機嫌そうにフレッドの耳元でささやいた。
だが、まだ機嫌が悪いラウミィは、そのままフレッドの首を締め上げた。
はあ…
と、フレッドのため息が聞こえた気がした。
「事情は、よくわからないんだが…
 まあ…助けに来てくれたんだよな?」
何やらフレッドが呟いている。
「…うるさい」
ラウミィは答えた。
「いや、本当によくわからないんだが…
 実際、お前には、もう会う事も無いと思ってたからな…」
フレッドが何やら呟く。
「黙れ…うるさい」
ラウミィは答えた。
何故だろう?
体が震えて、顔が真っ赤になる。
「すまないな…
 俺はフレッドなのに、フレッドの代わりになれなくて…」
フレッドが何やら呟く。
ラウミィは背中の上の辺りに何かが触れた事に気づいた。
多分、フレッドが肩越しに腕を回してきたのだろう。
「ふーん…
 これが今の人間のやり方なの?」
強く抱きしめてくるフレッドの事を、ラウミィは笑った。
「昔の人間は違ったのか?」
フレッドは少し不思議そうにラウミィに尋ねた。
「あの頃のフレッドは、殺し合いしか教えてくれなかったわよ?」
ラウミィが言うと、また、フレッドのため息が聞こえた気がした。
「まあ、いいわ。
 少し話を聞きなさい…」
ラウミィは言いながら、フレッドの首に回している腕に力をこめた。
「若い妖精が一人、鳥に喰われて死んだわ。
 優しい子だったのにね…」
フレッドに八つ当たりするかのように、ラウミィは妖精の世界で起きている事を話し始めた。
そうやって話していると、幾らかラウミィは気が楽になった。

5.ヨウセイノヤリカタ

…ああ、やっぱりこれね。これだわ。
ある日の朝、妖精が地面に立っていた。
朝日が彼女の背中から差していて、その影を数キロ先まで作っていた。
…良い気分ね。
ラウミィは、とても気分が良かった。
細い目を吊り上げて残酷に笑う彼女の目の大きさが、数メートル程。まばたきの風圧だけで、人間位を吹き飛ばせるだろう。
胸の辺りと腰の辺りだけを、赤い布で申し訳程度に覆った妖精の姿…この世界の人間達の600倍程の大きさの巨人の娘の姿は、少し離れた街からも良く見えていた。
…きっと、私の姿を見て怖がってるわよね。
相手は文字通り、山のように大きな娘なのだ。成す術も無く踏み潰される事を考えれば、怖くないはずがないだろう。
そうやって、自分の足指よりも遥かに小さな虫けら達が怯える姿を考えると、ラウミィは楽しくて仕方が無い。
左手を何となく腰に当て、右の手のひらを上に向けて、ラウミィは大地にそびえ立っていた。
…どうやって、虫けら達を虐め殺してやろうかしら?
妄想するだけで、ぞくぞくと気分が良い。
「おい…何か妙な事を考えてないか?」
小さな声が聞こえた。
見れば、右の手のひらの上に、虫けらが一匹居る。
「ああ、居たの? 忘れてたわ。
 どうやって虫けらを殺すのが楽しいか考えてただけよ?」
悪びれもせず、ラウミィはフレッドに正直に答えた。彼が耳を押さえているのが見える。少し声が大きかったかもしれない。
まあ、手のひらのしわに埋まってしまうような虫けらに何を言われても、怒る気にもならない。
「全く…」
何故だか、フレッドがため息をついているのが聞こえた気がした。
「しかし…お前…何をした?
 全然気づかなかったんだが、一体、何をいつの間に…」
フレッドが、ぶつぶつと呟いている声が、妖精の鋭い耳に聞こえる。
手のひらからは、彼が震えているのも伝わってきた。
顔を近づけて、彼の様子を伺う。
「あら、どうしたの?
 怖いのかしら?
 うふふ…フレッドなのに面白いわね」
手のひらの上の虫けらに囁きかけると、楽しくて仕方が無かった。
目の前の虫けらは、何が起きているのがわからないらしい
「あの頃のフレッドは、すぐに気づいたわよ?」
彼が尊敬するご先祖様と比較してやるのが、一番フレッドが気にしている事なので、ラウミィは言ってやった。
フレッドが怯えているのが、伝ってくる。楽しくて仕方が無い。
ラウミィが特別に何かをしたわけではない。
「結局、お前も単なる虫けらに過ぎないということよ」
ラウミィは、彼女の手の平の上で怯えた表情を隠しきれない小人を笑った。
実際、あまりやりたく無い事だった。
この手を使えば、多分、今のフレッドでも怖がらせることが出来るだろうし、文字通りに手のひらの上で玩具にする事も出来るだろう事は、わかっていた。
それでも、避けたい手段だった。
「何だ…?
 一体、何をした?」
フレッドが、わけがわからずに自分の顔を見上げている。
…このまま、ゆっくりと握り潰してしまおうかしら?
軽く、ラウミィは小さな集落程もある手のひらを閉じるように、指を曲げ始めた。
まるで、昔のフレッドと遊んでいるみたいだ。
妖精にとっても、懐かしさを感じる昔の出来事。
1000年前の思い出を、ラウミィは思い出す。
自分の何十倍も大きな敵でも、勇敢に立ち向かうフレッドの姿は、ラウミィの思い出に残った。
随分と変わった虫けらだと思ったが、でも、そうでもないことに、ラウミィは気づいたものだ。
結局、昔のフレッドも小さな虫けらに過ぎなかった。
昔のフレッドは『敵』を見たから、恐怖をごまかして戦っていただけなのである。
もしも、目の前の巨人の娘が敵でなければ?
息を吹くだけで家を吹き飛ばしてしまうような巨人の姿には、体が震えてしまうのだ。
ある日、殺し合いをせずに普通に手のひらに乗せてやった時、フレッドが妙に怯えていたから、ラウミィは気づいた。
フレッドだって、巨人を見れば怖いのだ。ただ、恐怖をごまかして敵に向かっているだけなのである。
ラウミィは軽く手の指を曲げ、手のひらを握るようにした。
彼女の指の影が、手のひらの上の虫けらを覆っている。。
じーっと、ラウミィはフレッドの様子を伺う。
ふてくされた様子で、立っているのが見えた。
ラウミィはゆっくりと、指を曲げてフレッドに近づける。
手のひらの上の虫けらにとっては巨大な柱が迫ってくるようなものだろう。
「昨日は、人間のやり方で色々してくれたわよね。
 人間の男というのは力が強いんでしょ?
 だったら、私の指を押しのけてみなさいよ」
昨日の夜の事…
フレッドに人のやり方を見せられた時の事を思い出しながら、ラウミィは指の腹をフレッドの目の前まで近づけた。
「そ、それは…
 お前、嫌だったなら、嫌だと言えば良かっただろうが」
何やらフレッドが騒いでいるが、ラウミィは気にしなかった。
だが、一瞬。
1000年前の時代に居るような錯覚をラウミィは覚えた。
フレッドと殺し合いばかりしていた日々、こんなやり方で遊んだ事が確かにあった。
「いやはや…」
 小さな声がもう一つ、手のひらの上から聞こえた。
 何か、色々ばからしくなってくるよね、真面目にやるのが」
フレッドとは違う声。
そういえば、小人をもう一匹、手のひらに乗せていた。
その顔も、ラウミィは遠い昔に見た覚えがある。
「あら、そういえば、もう一匹居たわね」
だが、こちらは興味が無い相手だ。普通に握り潰してしまおうかと、ちょっとラウミィは考えた。
今朝の話である。
ググールという小人が尋ねてきたので、こうしてフレッドと一緒に手のひらに乗せてみたのだ。
「腰が抜けて立てないよ。
 もう、勘弁してくれないか?」
ググールという小人が、呆れたように言った。確かに、言葉通りに手のひらの上でへたりこんでいる。
思わず握り潰したくなる位に、良い表情をしていた。
「まあ、いいわ。
 …それで、お前は何をしに来たのかしら?」
まだ、要件を聞いていなかった。
「いや、普通に心配して見にきただけだよ?」
ググールは首を振った。
「心配?
 うふふ、虫けらが…私の何を心配するっていうの?」
ラウミィは吹き出してしまった。
少し賢いだけの虫けらが、自分やフレッドの何を心配するというのだろう?
ちらっとフレッドの方を見ると、口にこそ出さないが、彼も似たように感じているようにラウミィには思えた。
「君たち、何も言わないで、このまま居なくなっちゃうんじゃないかと思ってね…」
呆れたようにググールが言った言葉に、ラウミィは少し不機嫌そうになった。
当たっている。その通りだ。
「…すまん、面倒だし、このまま行ってしまおうかと思ってた」
フレッドが素直に謝っている。
「この前、どこぞの妖精が竜の姿でやってきて世界を荒らしまわった時も、一人で勝手に行ってしまったからね、君は…」
ググールは機嫌が悪そうだったが…
「何なら、また遊んでやるわよ?
 この大きさで遊びまわったら、前の時よりも大変な事になるわよ?」
山のように大きな妖精は、もっと機嫌が悪そうに、少しだけ声を荒げた。
その声の風圧で、小人たちは彼女の手のひらの上で転げまわってしまう。
「ご、ごめん。悪かったから大きな声を出さないでくれ。怖いから…」
ググールが素直に謝った。
「と、ともかく、君たち、黒い鳥の出所を追いかけていく気なんだろう?」
ググールは、慌てて話を逸らそうとしているようにも思える。
「ええ、そうね。
 あれは、人間の住む世界に居るから、私は行くつもりよ?」
ラウミィはググールに答えた。
そこまでの話は、朝、ググールに伝えてある。
「行くのは良いけど、君たち、人間の世界に、あてはあるのかい?」
ググールがつまらない事を聞くので、また、ラウミィは笑ってしまった。
「妖精の仲間は、人間の世界にも居るのよ?」
ラウミィは人間の世界に居るはずの、妖精の仲間達を尋ねるつもりだった。
残酷な遊びを好むラウミィ達の一派は、昔、人間の世界の仲間から離れて新天地へと旅立った。ラウミィが生まれる前の話である。
だが、それはケンカ別れをしたわけでなく、単に新しい遊びを求める一派が、群れを離れて旅立っただけの話である。
妖精の仲間の絆には、何ら影響は無い。
人間の世界に住み続けている仲間たちは、ラウミィ達が知らない事も知っている事だろう。
「ああ、なるほど。
 それは良い考えだね」
ググールは納得したように頷いた。
「ラウミィが言う人間の世界っていうのは、俺たちには未知の世界だからな。
 まあ、他にはあても無い」
フレッドが言う。
「いや、それが、そうでも無いと思うよ」
その言葉を待っていたとばかりに、ググールが言った。
…うっとおしいわね。
小人の思わせぶりな態度は、ラウミィにとっては不快なだけだった。
この虫けらは、好きにはなれそうにない。
「ザールを探してみるといい。
 彼の魂は、今、人間の世界に居るよ」
「…それは、予知か?」
ググールの言葉を聞いて、フレッドが難しい顔をしている。
「…ザール?」
ラウミィは口に出して、首を傾げる。
名前だけは、ラウミィも聞いた事があった気がする。
確か、昔、フレッドの仲間にそんな者が居た。
「うん。
 事情はさっぱりわからない。
 だけどね、僕は知ったんだ。
 彼が、今、人間の世界に居る事だけね…」
ググールの砂粒よりも小さな瞳が、何やら遠くを見ている。
昔のググールという男は、『予知』が出来た。
何かを突然、知るそうだ。
知りたい事も知りたくない事も、何となく中途半端に…
…馬鹿馬鹿しいわね。
ふぅー。
イライラしたラウミィは、軽く息を吹きかけてやった。
また、小人達が、声を上げながら彼女の手のひらの上で舞った。
その様子が面白いから、ラウミィは声に出して笑ってしまった。
予知ですって…?
そんなわけのわからない力を、ラウミィは信用しない。
そんな力よりも、ずっと昔から続いている妖精の絆の方が、頼りになるに決まっているからだ。
「行きたければ、どこへでも行けばいいわ。私は知らない」
やはり、虫けら達の考える事がラウミィには理解出来ない。理解する気も無い。
手のひらの上に居る、砂粒のような虫けら達が転げまわる様を、ラウミィは不思議そうに眺めた。
まあ、ザールという名前位は覚えていようと思った。


6.妖精と小人達は人の世界へ

小人の骨をへし折るようにたやすく、ラウミィの指が小枝をへし折っていた。
それから、彼女の指は地面に生えている草をもぎ取る。
草原にたたずむ彼女の周囲には、彼女がへし折り、もぎ取った小枝や草が散らばっている。
…レティシアさんみたいに、上手くは出来ないわね。
ラウミィは、彼女が着ている衣装と靴の作り主でもある、古い妖精の仲間の事を思い出す。
小物を作る事が得意で、特に妖精達が履くサンダルを作るのが得意な仲間だった。
「お前…異常に不器用だな」
散らばった草の影で、赤いローブをまとった小人が呆れていた。ラウミィは不機嫌そうに舌打ちをする。
もう、昼も過ぎ、日が傾きかけているが、朝からこの調子だった。
世界を渡って、人間の世界にやってきた妖精と小人が、最初に始めた事がこれだった。
小枝と草を材料に、何やら小道具の作成である。
「全く…放っておいたら、このまま次の春になりそうだな」
フレッドの呆れた声をラウミィは聞く。
この世界全体がそうなのかは知らないが、少なくとも、ラウミィ
達が居る周囲は、今、春から初夏の陽気だ。若い草が夏に向かって伸び盛りといったところである。
無駄に寿命が長い妖精の中には、確かに没頭すると、一年位、小物作りに夢中になってしまう者も居るが、ラウミィには、それ程の時間は残されていない。
『多分、次の春を見る事は無いんじゃないかと思います』
妖精王…オペロンの言葉が頭をよぎる。
本当は、もっと急がなくてはならないはずなのだ。
だが、ラウミィは、朝から小枝や草と戯れ続けている。
陽も沈みかけた頃になって、やっと、ラウミィの小物作りは終わった。
「うふふ…どう?
 虫けらには相応しいと思うけど」
満足気に、ラウミィは出来上がった小物をフレッドに示した。
小枝を折り曲げて格子状に配した、フレッドにとってはやや広めの牢屋のような大きさの細工品だ。
格子の中にはクッション代わりに草が敷かれ、少し魔力を込めて全体が固定されている。
小枝と草で作った、魔法の牢獄のような物である。
「虫けらは虫けららしく、虫かごに入るといいわ」
さっさと中に入るように、ラウミィはフレッドに促した。
虫けらに相応しい虫かごが、ようやく完成した。ラウミィは満足だった。
小人の足に合わせて歩いていては、時間がかかり過ぎる。
だから、ラウミィは虫けらに相応しい虫かごを作ってやったのだ。
何とも言い難い顔をしながら、フレッドが虫かごに入るのを、ラウミィは見届けた。
にやにやと、格子越しに小人の様子を伺ってみる。
フレッドが迷惑そうに、巨大な目から目を逸らすのが見えた。
ラウミィは虫かごを手に取って、立ち上がった。
「おい、あんまり揺らすなよ…」
虫けらが、何やら文句を言っているから、ラウミィはかごを揺らしてやった。
「きっと、妖精のみんなは喜ぶわね」
ひとしきり虫かごをゆらしてやった後、ラウミィは言った。言いながら、静かに歩き始める。
「何がだ?」
虫かごに寝転んだまま、フレッドが答えた。
「フレッドの名前は、今でもみんな覚えてる。
 それどころか、フレッドを見た事が無い若い子まで、お前の事を知っているわ」
ロミーヌも、一度フレッドに会ってみたいと言っていた。可愛い妖精の妹達が言うんじゃ仕方ないから、ラウミィは、もう一度、玩具の世界に行こうかと思っていた。
ロミーヌが、鳥のエサになったのは、その矢先の出来事である。
「フレッドの名前…か。
 その名前は、やっぱり俺には重すぎる」
フレッドは静かに言った。
その声が静か過ぎたから、ラウミィはフレッドの方を見てしまう。
「もう…俺をフレッドとは呼ぶな。
 もう、名前も置いてきた」
「何を言ってるか、わからないんだけど?」
ラウミィは虫かごの中に居る虫けらのいう事がわからず、足を止め、首を傾げる。
「フレッドの名前…七人の子供達の名前を世界から絶やすわけには、行かないからな。
 フレッドの名前は、従弟に託してきた。
 もう…俺は、フレッドじゃない」
フレッドは片膝をついて虫かごの中に座りこんでいる。
言い難そうに、ラウミィを見上げて言った。
「それでも…いいか?
 俺がフレッドじゃなくても…お前はいいか?」
少し、ラウミィはフレッドの言った言葉の意味を考える。
フレッドがフレッドではない。
…もう、わかってるわ、そんな事。
ラウミィが知っているフレッドは、1000年も前の虫けらなのだ。
「お前がフレッドじゃないなら、お前の事は何て呼べばいいの?」
「カビィって言うのが、俺の本来の名だ。フレッドの名前を継ぐ前のな。
 だから、そう呼べ」
フレッド…カビィという青年は、妖精を見上げたまま言った。
…それも良いわね。いや、その方が良いかもしれない。
「お前がフレッドじゃないっていうなら…
 そうね、それなら、私の事はキーラって呼びなさい」
ラウミィは言った。
「その名は、何だ?」
「…別に?
 今、考えただけよ。名前なんて、そんなものだわ…」
特に意味がある名前ではない。ラウミィは首をかしげた。
名前というのは、ラウミィにとっては大して価値がある物ではなかった。
「お前がフレッドじゃないっていうなら、私も別にラウミィじゃなくていいわよね?」
ラウミィは虫かごを覗き込んで尋ねた。
カビィは、何も答えずに目を逸らした。何も言わないから、反対では無いんだろうと、ラウミィは思った。
目の前の男がフレッドで無いというなら…
「そうね…一つ約束してあげる」
ラウミィは言った。
「これから私が踏み潰すのは、お前と私の敵…
 妖精と虫けらの敵だけにしようかしら?」
どうせ、後1年にも満たない命だ。虫けらの世界に遊びに行く機会も無いだろう。
「お前…」
カビィが絶句して、ラウミィを見上げている。
「お前、約束なんて守るのか?」
それから少し間をおいて、苦笑しながら言った。
「約束って守らなくちゃいけないの?」
不思議そうにラウミィは首を傾げた。
やはり、虫けらの考える事は理解出来ない。
まあ、たいした問題ではない。
あと一年先…
次の春を迎える、少し前が待ち遠しい。
私が光に帰ると知ったら、この虫けらはどんな顔をするかしら?
是非、見てみたいとラウミィは思う。
同時に、胸の奥が少し重い気がした。
死ぬ事…いや、光に帰る事は怖い事ではない。妖精にとっては喜びだ。
だが、もうしばらく…
もうしばらくだけ、この世界で遊んでいたいとも思った。
カビィという青年が居る、この世界で。
小人を連れた妖精は、少し考えながら、人間の世界を歩き始めた。
カビィにキーラと名前を変えた二人が、人間の世界で騒ぎになるのは、この数ヶ月先の出来事である。



( ̄_ ̄)ノ あ ( ̄_ ̄)ノ と ( ̄_ ̄)ノ が ( ̄_ ̄)ノ き

( ̄_ ̄)ノ 約2年半前から宿題になっていた話を、やっと書けました…

( ̄_ ̄)ノ 狼と香辛料の読み過ぎで文体が影響を受けているのは気のせいです

( ̄_ ̄)ノ 妖精の追跡…この先は面白エロく書けるといいなぁ…



( ̄_ ̄)ノ お ( ̄_ ̄)ノ  し ( ̄_ ̄)ノ  ま ( ̄_ ̄)ノ  い