虫かごの賢者

 MTS作

1.新しい玩具の世界と小鳥

ある晴れた昼下がり。一面に広がる畑。
所々に家が建ち、おそらく家畜だろうと思われる羊の群れが歩いていたりする。
のどかな、田舎の村の風景である。
地平線の彼方から歩いてくる少女の姿も、そんな光景に溶け込んでいて違和感が無い。
静かに地面を揺るがしながら、彼女は歩いてくる。
悪戯っぽく微笑む少女の表情は、よほど村に来るのが楽しみである事を示していた。
ごく自然に微笑み、軽やかに歩く少女の姿だったが、その目線は村の家々よりも遥かに高い場所にあった。
ずしん…ずしん…
彼女の足音が地面を揺るがしている。
可愛らしい装飾の入った網サンダルは、村に並ぶ家々と同じ位の大きさだった。
その細い身体と指先は、村に並ぶ家を摘み上げるのに充分な大きさだった。
悪戯っぽく微笑む少女は、そんな大きさの巨人なのだ。
しかも、胸と腰の辺りだけを布で覆った姿と、少し尖った目と耳は、彼女が妖精である事も表していた。
…えへへ、今日は何して遊ぼうかな?
彼女の足は、人が転落したら大怪我をしてしまいそうな深さの足跡を地面に残しながら進んでいく。
田舎の村の村人は、その足音だけでも彼女がやってくる事に気づいたが、特に慌てた様子は無い。
村人達は、ごく自然に、遠くから歩いてくる巨人を眺めていた。
太陽が昇ったり沈んだり、潮が満ちたり引いたり。
彼らの視線は、そうした自然現象を眺めるのと似ていた。
巨大な妖精の姿が村のすぐ側までくると、村人達は仕事の手を止める。
大体、人間の100倍程の大きさだろうか?
彼女の足の指の厚みと背比べをすると、人間達は良い勝負が出来る。
細身で小柄な妖精の少女が、その体型を維持したまま巨大な姿になっているのだが、それが『妖精』というものなのだから、村人たちは誰も気にとめなかった。
むしろ、人間など指先一つですり潰せるような巨人の可憐さに、若い男たちは見惚れてしまう位だ。
いつの間にか、妖精の周りには村人達の輪が出来る。
ゆっくりと地面に腰を降ろし、悪戯っぽく小人達を見下ろす妖精の少女。
のどかな、村の光景である。
「ロミーヌ、早いじゃねぇか。暇なのか?」
白髪に白髭。いかにも長老風の老人が、妖精を見上げて声をかけた。
「あ、マティス、まだ生きてたんだ?
 あはは、しぶといね」
「さすがに、まだ死ぬほどの年じゃねぇよ。全く…」
ロミーヌは、昔馴染みの老人がを見て、からかうように言った。
昔馴染み…彼女の50年程前からの知り合いである。
ほぼ毎日会っているが、彼の方だけ随分と年を取ってしまったものだ。
50年程前は若かったのに、たった50年程で、人間はこうして年を取ってしまうのだ。
その代わり、50年位前は小人達と同じ位の大きさだった自分は、体の大きさだけは、すくすくと育ったわけだが…
「サンダル、磨いといてやったぞ」
マティスがあごで示すと、その先では村の若い男達が数十人がかりで巨大なサンダルを運んでくるのが見えた。ロミーヌの履物である。
「えへへ、ありがとうね」
言いながら、ロミーヌは小人達が一生懸命運んできたサンダルを軽々と摘み上げる。
村人にとっては巨大なサンダルも、彼女にとっては軽くて履きやすいサンダルだ。
小人達の小さな手によって、サンダルは隅々まで手入れされていた。
他にも、妖精にとっては小さく、また、小人達にとっては巨大な身の回りの物が、村人からロミーヌに手渡された。
その一つ一つの状態はロミーヌを喜ばせた。
「なんか、変わったことある?」
ロミーヌはマティスに問いかける。
「んー…特に無ぇよ。
 うちの孫は、まあ、相変わらずだがな」
苦笑いするマティス。
それを聞いたロミーヌは、大きな顔を不機嫌そうに歪ませた。
「えー、また私のサンダル磨き、さぼったの?」
「うむ。今も、お前になんて会いたくないって言って、家に篭もってる」
言われて見れば、周囲にマティスの孫の姿は無かった。
「うー、あたし、もう怒ったよ?
 妖精を怒らせるとどうなるか、グリフィーに教えてあげるよ!」
巨大な口が空気を震わせながら声を発した。
それから、大股に歩き、マティスの家…孫のグリフィーも住んでいるを跨いで立った。
約3歩程である。
足音で小人達を脅かさないよう、もちろん踏み潰さないよう、気を使って歩く。
もう、50年にもなる。
幼い頃、まだ体が小さい頃、しばらくの間、この村で小人と一緒に暮らしていた。
妖精のお姉さん達の気まぐれで、小人の村で一緒に育てられた結果である。
だから、まだ50年程しか生きていない、妖精にしては若いロミーヌだが、こんな風に小人の村を歩くのは手慣れたものだった。
マティスのように、ロミーヌが幼い頃から知っている者も、まだまだ村には残っている。
「こら! 出てらっしゃい、グリフィー!
 早く出てこないと、おうちごと握り潰しちゃうよ?」
ロミーヌはその巨大な体を屈めて、家の外壁に手を伸ばしながら怒鳴った。
小人達の家は、ロミーヌが手のひらに乗せて遊ぶのに丁度良いサイズだ。その言葉通りに握り潰す事も、大して難しい事じゃないだろう。
雷鳴のような巨人の少女の声と、家ごと握り潰してしまうという脅し。
だが、小人の家の中からは返事が無かった。
「おい、俺の家を壊す気かお前!」
代わりに、足元に居るマティス老が怒鳴った。
「うぅ、そっか…
 そ、それじゃあ…」
ロミーヌは、頭を抱えて少し考える。考える事は、あまり得意では無い。
それから、にっこり微笑んで、小人の家を指差した。
「ラウミィさんに言いつけちゃうよ!」
ロミーヌは妖精のお姉さんの名前を出した。
その言葉を聞くと、近くで笑っていた村人まで、ざわざわと騒ぎ始めた。
「ば、馬鹿野郎!
 お前、この村を滅ぼすつもりか!」
マティス老が顔色を変えている。
それから、小人の家のドアも開いた。
マティス老の若い頃によく似た、生意気そうな少年が姿を現した。
「お、おい!
 ふざけんなよ! ラウミィは反則だろ!」
グリフィーは、家を跨ぐようにして屈んでいる巨人の娘を見上げて怒鳴った。
「う、嘘じゃないもん!
 ほんとに呼んじゃうもん!」
口を尖らして、小人を見下ろすロミーヌ。
しばらく、小人達とにらみ合う。
短い沈黙の後、ロミーヌは口を開いた。
「ごめんなさい…あたしも怖くて呼べません…」
恥ずかしそうに、右手の人差し指と左手の人差し指を付き合わせながら、ロミーヌは素直に謝った。
確かに、呼べない。
だって怖いもん。
10年ほど前、まだグリフィーが幼い頃である。
一度だけ、本当に、ラウミィが呼ばれた事があった。
村で泥棒事件があったのだ。
泥棒に入ったよそ者の男が、ネギを三本盗んだのである。
犯人を捕まえた村人は、せっかくなので何かおしおきしてくれと、妖精…ロミーヌを呼んでみたのだ。
それほど大した事件でもないし、無邪気なロミーヌをからかう意味もあって、マティスが呼んだのである。
案の定、ロミーヌは困ったが、困ったあげくに妖精のお姉さんを呼んだのである。
「う、うむ。
 あの妖精さんも悪い妖精さんじゃないのかもしれんが、お前とはちょっと違うしな」
マティスも、ラウミィの事となると歯切れが悪かった。
彼も、ラウミィの事はよく覚えている。
あの時の、ラウミィの笑顔。
彼女と会ったのは、その時が最初で最後のマティスにとっても、多分死ぬまで忘れないだろう。
それ程までに、印象的な笑顔だった。
胸と腰の部分だけを赤い布で覆った女の巨人の姿は、ロミーヌよりも落ち着いていて、気品すら感じられたものだ。
あの時、ラウミィは笑って言った。
「ふーん、殺せばいいのね。わかったわ」
地面にしゃがみ込んで話を聞いていた彼女は嬉しそうに言うと、泥棒を摘み上げた。
泥棒の男を摘み上げた指が、迷う事無く彼を締め上げた。
彼女にとっては、この世界の人間はアリのような大きさである。
指の間ですり潰すのに、物理的には何の問題もない簡単な作業である。
ぐしゃ…
すぐに、骨が砕ける音と肉が潰れる音が響いた。
はるか上空…巨大な女の指の間から、血がこぼれ落ちてきた。
ラウミィは、迷う事無く、泥棒の体を指で潰してしまった。
それから、何度も指の間ですり潰すようにして泥棒の残骸を粉々にすると、舌を這わせて舐め取ってしまった。
村はパニックになった。
…違う。
同じ妖精でも、このラウミィというのはロミーヌとは違う。
楽しそうに人間をすり潰して食べてしまう巨大な妖精の姿は、村の人々を恐怖に陥れた。
ある者は、パニックなって逃げ出す。ある者は、腰が抜けて動けなくなる。
「…ねぇ、他に殺していいのは居ないの?」
ラウミィが物足りない様子でロミーヌに言った。
その巨大な目が、獲物でも探すように地面を向いたから、村人達の恐慌は最高に達した。
ロミーヌとは子供の頃からの付き合いであるマティスすら、妖精がこんな事をするなんて知らなかったから、呆然としてしまった。
ずしん!
辺りに轟音が響き、地面が揺れた。
ロミーヌが、怖くて地面に座り込んでしまったのだ。
小人の村人達と同様…それ以上に、ロミーヌはラウミィの様子を見て怖がっていた。
ラウミィはロミーヌの様子を見ると、不機嫌そうな表情になる。
口の中で、小人を噛み砕きながらため息をつく。
「…なんだ、つまんないわね」
一言、呟いた。
ラウミィは、ロミーヌに悪い事をしてしまったかなと、少し後悔した。
どうも、最近の若い妖精達とは趣味が合わない。
古い妖精の仲間なら、こうして足元で震えている無力な小人たちを、どうやって虐め殺そうかと盛り上がる場面のはずなのだが…
涙さえ浮かべて怯えているロミーヌを見ると、ラウミィは自分と若い妖精達との感覚の違いを実感せざるを得なかった。
「あの…ごめんなさい、ラウミィさん…」
ロミーヌは、とりあえず謝った。
「あなたが謝る事じゃないわ…
 じゃ、私、帰るわね」
ラウミィは首を振ると、光で出来た羽根を広げて飛び去っていた。
ロミーヌは何を言っていいかわからず、ラウミィを見送った。
ラウミィが嫌いなわけじゃないが、趣味が違いすぎる。
その時、ロミーヌはラウミィを呼んだことを後悔したものだ。
…などという事が10年ほど前にあった。
特に、それを幼い時に目撃したグリフィーにとっては、さすがにトラウマである。
人が巨人の手によって楽しそうにすり潰されるのも、食べられるのも、もちろん、見たのは最初で最後だ。
「じゃ、じゃあ、とりあえずラウミィさんは無しって方向で…」
ロミーヌが言った。
「当たり前だ、馬鹿!」
グリフィーが怒鳴った。
家のドア越しに、巨大な妖精と人の攻防は続く。
決め手を欠く両者に言ったのは、マティスだった。
「いいから出て来い!
 約束を破ったんだから、ちゃんとロミーヌに謝れ!」
どちらかと言うと、マティスは50年位前から、いつもロミーヌの味方だ。多分、これからもマティスはロミーヌの味方だろう。
「わかったよ…出てけばいいんだろう」
渋々と、グリフィーが外に出てきた。
山のようにそびえるロミーヌの姿を見上げる。
彼にとっては幼い頃から見上げてきた、可愛らしくも巨大な妖精の姿だ。
今日は、少し口を尖らせて怒っている。
さすがに少し怖いな…
「グリフィー! 今日は許さないよ!」
甲高い妖精の声で、家の窓が震えていた。
グリフィーが耳を塞ぐと、空から巨大な指が近づいてきた。
「な、何だよ!」
思わず悲鳴を上げてしまう。
こんな風に指を近づけられるのは初めてだ。
人の100倍程のサイズの巨大な妖精。
その指は、当然100倍サイズ。
その上に寝転んで寝返りを打つことさえ出来るような、細くて巨大な指だ。
そんな妖精の指が、左右から体を挟みこんできた。
潰される…!?
身の危険を感じて、グリフィーはロミーヌの巨大な指を振りほどこうとするか、無駄だった。
初めて…
少年は妖精の巨大な指に触れ、その力の大きさを体験した。
…あ、グリフィーがビックリしてる。
あわてて抵抗しているグリフィーの様子が、上から見下ろすロミーヌからは丸見えだ。
虫みたいな大きさの彼がどんなに抵抗しても無駄なのだが、何で抵抗するのだろう?
ロミーヌはよくわからない。
現に、自分の指の間でグリフィーはもがいているようだが、ロミーヌは特に何も感じていない。
…もしかして、怖がってるのかな?
でも、確かに、こんな巨人の指でいきなり摘まれたら怖いかもしれない。
「あはは、大丈夫だよ?
 潰したりしないから」
ロミーヌは、グリフィーに優しく声をかけた。
そうすると、グリフィーは少しだけおとなしくなる。
…確かに。
グリフィーも頭ではわかっている。
ロミーヌがそんな事するわけ、ないけど…
グリフィーは、幼い頃から見慣れてきた妖精の無邪気な笑顔を、彼女の指の間から見上げていた。
彼女の指の厚みと、自分の身長が同じ位なのだ。可愛いけれど、信じられない大きさの巨人だという事を思い出した。
こうやって、その体に初めて触れたグリフィーは、その大きさに相応しい彼女の力を、怖いと思った。
急に体が浮き上がるような感覚を感じた。
しゃがみ込んでいたロミーヌが立ち上がったのだ。
ロミーヌは、ゆっくり立ち上がったつもりでも、彼女の指に摘まれているグリフィーにとっては、100メートル近い距離を一気に上った事になる。
一瞬、気が遠くなった。
「うふふ、おしおきしちゃうよ?」
ささやくような…それでいて、地面の底から響いてくるような妖精の声を聞いて、グリフィーは彼女の方を見た。
悪戯っぽく笑う、妖精の巨大な顔が目の前にあった。
「な…何する気だよ」
怖くて、声がかすれてしまう。
遠くで見ている時には、わからなかった。
その可愛らしさと、不釣合いな体の大きさが、男の子にとっては興味の対象だった。
こうやって摘み上げられてみると、その圧倒的な力を実感してしまった。
だけど…
幼い頃から見慣れていた、妖精の無邪気な笑顔は今もこっちを見ている。
「じゃ、ちょっとグリフィーを借りてくね!」
それから、ロミーヌはマティスに言うと、ゆっくりと村から離れるように歩き始めた。
ずしん…
ずしん…
足音が彼女の体を通して、地面から響いてくるようだ。
ロミーヌは何十歩か歩き、村から大分離れた所まで移動した。
何という大きさ…何という力だろう?
遥か下に地面を見下ろして、グリフィーは呆然とする。
この世界は妖精達が作った玩具の世界。
妖精達は、人間の手が及ばない神にも等しい存在。
そんな風にグリフィーは聞かされていたが、確かにその通りだと思った。
もしもロミーヌがその気になったら、村ごと踏み潰してしまうのも容易い事だろう。
そんなグリフィーの事など知らないロミーヌは、面白そうに舌なめずりをした。
「んー、どうしちゃおうかな。
 あ、そういえば、小人さんは美味しいって、ラウミィさんが言ってたよ?」
わざとらしく言いながら、摘み上げたグリフィーを口元に近づけた。
巨大な唇から伸びている舌が、獲物を探して蠢いていた。
「ふ…ふざけ…」
ふざけるな。と言おうとしたが、グリフィーは言葉にならなかった。
ずっと前から大好きだった、妖精の可愛らしい唇が目の前にある。
この薄く開いた唇の間に、自分は飲み込まれてしまうのだろうか?
やがて、自分の唇を舐めて遊んでいた妖精の舌が、こっちに向かってくるのが見えた。
いくら可愛らしい妖精の舌でも、数十人の人間を乗せられる位の大きさである。
薄いピンク色の巨大な舌が、それ自体が化け物のようにも思えてしまった。
唾液を滴らせながら、それはグリフィーの体に近づいてきた。
ロミーヌの指に腰の両脇を摘まれながら、巨大な舌先を体の前面に押し付けられてしまう。
巨大な舌は容赦なくグリフィーの顔に触れると、そのまま足先まで舐め下ろした。
グリフィーが嫌がって身をよじろうとしても、ロミーヌの指は彼をしっかりと捕まえている。
たちまち、グリフィーの体は生温かい女の子の舌の感触と唾液に包まれてしまった。
…な、何これ?
耐え難い心地良さを感じた。
女の子の舌の感触を想像してドキドキとした事はある。
だけど、妖精の舌の温かさと心地良さは、男の子の想像以上だった。
何度目かにロミーヌの巨大な舌先がズボン越しに股の辺りに触れた時、グリフィーは耐え切れずにそのまま射精してしまった。
ロミーヌの指に摘まれたまま、もうグリフィーは抵抗する気力も無かった。
…あはは、グリフィーも喜んでるね。
彼が射精した事に気づいたロミーヌは、舐め回すのを手加減してあげる事にした。
人間が妖精の誘惑に逆らえるはずがないのだ。
ゆっくりと、舌先で彼の体を弄ぶ。
注意しないと、舌で彼の体を押し潰してしまいそうだ。
特にグリフィーをいじめるつもりもないロミーヌだったが、面白かったので、しばらく彼を摘み上げたまま弄び続けた。
「ふっふっふ…グリフィー?
 今日の事、内緒にしてて欲しかったら、ちゃんと言う事聞いてよ」
一通り弄んだ所で、ロミーヌはグリフィーに声をかける。
「こ、こら、ずるいぞ!」
「ふっふっふ、そんな事言っても、気持ち良かったんでしょ?」
確かにグリフィーが何を弁解しても、体は正直である。
だが、彼は言った。
「じゃ、じゃあ、俺もロミーヌがどんな事したか言っちゃうぞ!」
「だ、だめだよ! 恥ずかしいじゃない、みんなにばらしたらだめだって!」
ロミーヌはあわててグリフィーに言った。
そういえば、ばらされたら恥ずかしいのはこっちも同じだ。ロミーヌは困ってしまった。
こんな風に何度か村の若い男の子におしおきしているロミーヌだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。何とも成功率が低く、効率が悪いおしおきである。
仕方ないので、やっぱり今日の事はお互いに内緒にするしかないかなと、ロミーヌは思った。
…まあ、面白かったから何でも良いかな。
ずーっと、こんな風にして、この世界で遊んできたのだ。
ロミーヌは、あまり深い事は考えない。わからない。
自分の指の間で不満そうにしているグリフィーの事が、ロミーヌは愛おしくて仕方ない。
ロミーヌの幼馴染の人間達…グリフィーの祖父のマティス達は、年を取ってしまったから、そろそろ死んでしまうだろう。
少し寂しい。
妖精は長い間を生きて、やがて光に帰る。
だけど、人間は短い間だけ生きて、土に帰ってしまう。
妖精と人では帰る場所さえ違う。
土に…
帰るべきところに早く帰れる人間が、ロミーヌは少し羨ましかった。
「まあ、サンダル位洗ってやるよ。
 ロミーヌは馬鹿だから、自分で洗えないんだもんな」
グリフィーが何か言っている。
多分、グリフィーも、その子供達も、自分より早く年を取って死んでしまうんだろう。子供達からその子供達へと、知識と経験を受け継いで。
そうやって、人間達の村はずっと続いていくのだ。
少し嬉しい。
自分は当分の間、それを見つめている事が出来るのだ。
いつまでも、ずっと楽しく遊ぶ事が出来る…
ロミーヌは、あまり深い事は考えないし、わからない。だが、満足していた。
そろそろ村に帰ろうかなと、村の方を見た。
50年も見慣れた、村の景色…
これからも、まだまだ100年も1000年も、見続けていく事になるのだろう。
…あれ?
見慣れた景色に違和感を覚えた。
村が暗い。村の中に黒い雲でもかかっているようだ。
…何だろう?
「ロ、ロミーヌ?」
グリフィーも気づいたようで、村の方を見つめている。
何だろう? 何か村おかしい。
こんな事、初めてだ。
ロミーヌはグリフィーを胸元に抱くようにして、村へと歩き始めた。
村に近づくと、黒い雲が蠢いている事にロミーヌは気づいた。
空を舞う無数の群れ…
それが黒い鳥の群れである事が、近づくにつれてわかってきた。
小鳥…とロミーヌが呼ぶには少し大きな、黒いカラスのような鳥の群れだった。
それが、村に群がっているのだ。
ロミーヌに取っては少し大きな小鳥でも、彼女の100分の1サイズの小人達にとっては、巨大な鳥である。
村人達は、何が何だかわからなかった。
突然、空が暗くなったと思ったら、巨大な黒い鳥の群れが降ってきたのだ。
彼らが住む家よりも大きな鳥の群れである。
それは、小鳥が地面を這いずる小虫をついばむのと似ていた。
黒い鳥の群れは、村人達をクチバシで襲い始めたのだ。
村人達は小虫のように、鳥のエサになっていった。
…何やってるの??
村に近づき、様子がわかってきたロミーヌも、わけがわからなかった。
鳥の群れが虫の巣を襲って、虫を食べている。
そういう風にしか見えなかった。
村を見下ろしたまま、がたがたと、怖くて体が震える。
…何? 何なのあの鳥?
こんな怖い鳥、見た事が無い。
それが近づいてきても、ロミーヌは動けなかった。
黒い鳥の群れは、ロミーヌを見つけると、彼女の方にもやってきた。
「ロミーヌ! 逃げろ!」
胸元で誰かが叫ぶ声が聞こえた。グリフィーだろう。
だけど、ロミーヌは鳥の餌場になった村を見つめたまま、何も出来なかった。
彼女の姿が、すぐに黒い鳥に覆われた。
体中をつつかれ、ロミーヌは立っていられなくなる。
丸くなって地面にうずくまった。
…あ、グリフィーは大丈夫かな?
ロミーヌは胸元に抱いていたグリフィーの事が心配になった。
「グリフィー…平気?」
弱々しく声をかけた。
返事が無い。
だけど、胸の間で少し何かが動いているのを感じた。
小人の体温と息遣いが、体に触れている事に気づいた。
「私の下に隠れてたら…きっと平気だよ。
 私を食べたら、きっと鳥さんも満足するよ。私、大きいし」
弱々しく声をかけた。
体中が痛い。
きっと、黒い鳥の群れがクチバシを突き立てているのだろう。
無抵抗の妖精は、鳥たちにとっては大きな餌にすぎなかった。
ロミーヌの体は無数の鳥の群れに覆われて、もう、外からでは見えなくなっていた。
痛くて気が遠くなるまで、ロミーヌは何が何だかわからないままだった。


 2.古い玩具の世界と小鳥

もしも世界に中心が存在するというなら、多分、ここは、その中心に近いだろう。
『七人の子供達』と呼ばれる、大昔から続いている魔道士達の集まりである。
1000年ほど前の大昔、人間が神々や妖精と暮らしていた頃には、『七人の子供達』は神々や妖精と話し合い、この世界を人間の世界として譲り受ける為の調停役を担ったと、彼らの歴史書には書いてある。
もちろん、彼らが自分達自身の伝承として語っているのだから、話は半分に聞いておくべきなのだろうが、それでも、『七人の子供達』が、魔道士の集まりとしては世界で最大の集まりな事は確かだ。
それに、ごく最近…ほんの数ヶ月前の出来事として、巨大な女の姿をした化け物を『七人の子供達』のリーダーの一人、フレッドが退治した事件は人々の記憶に新しい。
それは少女の姿をしているが、膝から上が雲に隠れて見えない程の巨人だったらしい。
その異常な巨体は国中で目撃され、それを退治したフレッドの名声は天井知らずという事になっていた。
これは、真偽のわからない歴史ではなく、目の当たりにした事実として、人々の記憶に残っている。
「全く…
 事実というのは、どうして、こうも歪められるものかな?」
当人のフレッドは、苦笑するしかなかった。
神話の時代の話も、最近の事件の話も、色々と美化されている点が多すぎる。
…俺は、リーズを退治した覚えなど無いぞ?
自分の知らないうちに、噂は組織の都合の良いように広がっているようだ。
特に最近の事件に関しては、意図的に事実を曲げて伝えた面もあるが、美化されすぎである。
それは、ベヌールの街にある、『七人の子供達』が所有する建物での出来事だった。
赤いローブを着た男と、黒いローブを着た男が、テーブルを挟んで向き合っていた。
赤いローブを着た男は、フレッドである。
黒いローブを着た男は、フレッドの噂を色々と広めた張本人だ。
部屋の空気は、重くない。
テーブルに置かれた淹れたての紅茶の香りが、さらに部屋の空気を軽くしている。難しい話をしている雰囲気では無かった。
「あの時のリーズの大きさ、お前にも見せたかったな。
 はは、あの子の靴の上がな、このベヌールの街を載せても足りない位に広かったんだぞ?」
フレッドは、事件の事を懐かしげに話している。
色々あったが、今となっては笑い話だ。
「全く、よく生きていたものだね。本当に…
 大体、幾ら君でも、そんな巨人の少女が相手では勝負にもならなかっただろう。
 彼女が少しその気になって身体を揺らすだけで、風に飛ばされてしまうだろうしね」
黒ローブを着た男は涼やかに微笑んでいる。
「ググールが言うなら、そうなのだろうな。
 …まあ、よく生きていたものだと思う。
 俺も、あの子も、他の奴も…」
いくら話しても話したりない、フレッドの話。それを、ググールは何度聞かされたかわからない。
『七人の子供達』の幹部の会合といっても、その辺の若者が酒場で雑談するのと大して変わらなかった。
フレッドがその事件で出会った、異世界の住人である二人の妖精の少女達。
その山よりも大きな姿と悲しさは、事件から数ヶ月過ぎた今でも、彼の胸に残っていた。
「マリクの再来の件もあるし、色々と賑やかになってきたね」
ググールは、フレッドの話を何度聞かされても、いつも微笑んで聞いていた。
「ググール…
 君は、どこまで知っているんだ?」
少し真面目な顔で、フレッドは仲間に尋ねた。
「そんなに大した事は知らないよ…
 僕の世間見の力は、マリクの影みたいな物だからね。
 何でも完全に知る事が出来るわけじゃない。
 第一、マリクだって、完全には知る事が出来たわけじゃないんだよ、フレッド」
ググールは相変わらず微笑んでいる。
「だけど、1つ確実に言える事は、君はフレッドだという事だね」
涼やかな顔で、ググールは言った。
「…間違いないのか?」
ここ最近、何度も聞かされたググールの言葉をフレッドは受け止める事が難しかった。
フレッドがフレッドである。謎めいた言葉だが、フレッドにとっては重い言葉だった。
「神話の時代に二人の妖精達と出会った赤い魔法使い。神の弟。
 いつも神や妖精達に取り残されて、それでも彼や彼女達を追い続けた『人間』の代表。
 それが、フレッドだよ」
微笑みと共に語られる彼の言葉は、特に根拠は無い。
強いて言えば、彼の頭にいつの間にか浮かんできたという事が、根拠だった。
彼が話すのは、いつも、彼の頭に何となく浮かんでくる事である。一般的に考えれば、ググールは頭がおかしいのだろう。
だが、大概の場合、ググールの頭に浮かんできた言葉には間違いが無いのだ。
世間見と自分で名づけている、彼のその力は神託のようなものである。
「なあ、ググール…
 俺は、これからも一人で取り残されるのか?」
ため息混じりに、フレッドは言った。
数ヶ月前の事件も、結局、自分一人だけ、色々な事から取り残されるうちに終わった気がしていた。
今では笑い話であるが、その笑いは苦笑に近い。
「さあね?
 フレッドがフレッドである事しか、僕にはわからないよ」
フレッドの問いに、グーグルは首を振った。
少し重くなった空気。二人は、少しの間、沈黙した。
何も言わずに、ググールは紅茶が注がれたティーカップに手を伸ばし、飲んだ。
「それより、今日は、そんな話をしに来たんじゃないよね?」
「ああ、そうだな」
二人は本題に入る事にした。
身長が1000メートルもその10倍もあるような巨人の少女…妖精が世界を騒がせてから数ヶ月後、世界はまた騒がしくなっていた。
また、世界に来訪者がやってきたのである。
「『鳥』達の事は、ググールでも知らないのか?」
「うん…すまないね」
今度の来訪者は『鳥』。残念ながら、可愛らしい巨人の少女では無いかった。黒いカラスのような鳥である。
その事について、フレッドは調べている最中だった。
『鳥』達の体長は5メートル前後。妖精達程に大きくも強くも無い。妖精達にしてみれば、ちょっと大きめの鳥位のサイズだろう。
普通の魔法の剣で目を突いた位では傷1つ負わせる事が出来なかった妖精達と違い、普通の人間が普通に戦っても傷を負わせる事が出来た。
ただ、その数が尋常では無かった。
どこからとも無く現れる無数の『鳥』達は、数十匹もの群れを成して空を飛び街を襲った。
『鳥』達に言葉や深い考えは無く、ただ、人間を食料として襲っているように思えた。
妖精の少女達も人間を食料として考える点は同じだったが、『鳥』には可愛気というのが無いのが異なっている。
「あれは、少なくとも、この世界の存在じゃないよ。
 僕が全く知る事が出来ないと言う事は、そういう事だよ」
ググールがわかる事は、それだけだった。
「どこかの異世界から、化け物達がこの世界を餌場と考えてやってきてるという事か?」
「平たく言うと…そうだね」
無数に現れる『鳥』は退治しても切りが無く、次第にその数を増しているようでもあった。
今、フレッドの頭は、その鳥退治の事でいっぱいだった。
「来週、リーズとマリク…いや、ファフニーと会うんだよね。
 人間の技術と妖精の魔力を併せ持った魔法使いと、神の化身の一部…
 彼らの手を借りた方が良いんじゃないか?」
「いや、それは出来ない」
ググールの提案に、フレッドは首を振った。
「もう、あの子達は、そっとしといてやろう。
 争い事に向いている子達じゃないし、やっと幸せになれたんだ…」
逆らう事を許さない穏やかな表情を、フレッドはググールに向けた。
フレッドはリーズやファフニーを巻き込むつもりは無かった。
こうやってググールの所を訪れたのと同様に、彼らの知識を頼る事が目的である。
巻き込むつもりがなくても、知識だけは借りたくなる位に、フレッドは知識を必要としていた。それ程、『鳥』の素性がわからず、その対処に困ったいた。
君が言うなら、別に止めはしないとググールは首を振った。
それから、二人は今後の事について幾つか話をした。
ひとまず、各地に散っている『七人の子供達』と連絡を取り、『鳥』の駆除と発生源を調査するという位しか、考えは浮かばない。
一つ一つ、地道にこなしていくいしかないが、『鳥』の出所が、この世界の中に無いとすると、それこそ手詰まりである。
こんな事なら、妖精の悪戯に付き合っているほうがよっぽど楽だったと、フレッドは苦笑してしまう。
そうして色々と話しているうちに、少し外も暗くなってきた。
…いや、おかしい。
夕暮れが訪れるには、まだ早い気がする。
フレッドとググールは、窓から空を見上げてみた。
そして、絶句した。
なるほど、空が暗い理由は一目でわかった。太陽が隠れているからだ。
雲…ではない。
もっと暗く、それは空を覆っていた。
「何匹居るんだい、あれ?」
全てを知る者と異名を持つググールが、空を見て呆れていた。
鳥の群れが、太陽の辺りを中心に、空の一角を覆っていた。
数百…いや、千羽は越えるだろう。
「全く、どこから沸いてくるんだろうな、あの鳥達は…」
「僕が知りたい位だ…」
ググールが、ため息をつきながら目を閉じた。
どこからともなく現れ、人を餌としてついばむ怪鳥。
それに対する手段をググールは思いつかなかった。
「あまり…戦いでは君の役には立てないと思うけど、一応、僕も行こうか?」
全てを知る事が出来ても、戦う術は持たない魔道士は、少し力の無い声でフレッドに尋ねた。
フレッドは苦笑しながら、何も言わずに首を振った。
「いや…
 また、何か頭に思い浮かんだら教えてくれ」
色々な事を知っている友人は、しかし、争う事には向いていない。
空の色が変わるような異常事態の時、肩を並べて戦える友人では無かった。
「じゃ、すまないが隠れてるよ。
 …君が帰ってくる事も、帰ってこない事も浮かばないから大丈夫。
 君は、きっと帰ってくる」
ググールは、沈みがちな口調で言った。
いざという時には、力になれない事が悔しくないはずはなかった。
それから、フレッドは建物を出て、空を覆う鳥たちの方に歩き始める。
街は大騒ぎだ。
露店を広げていた商人たちは、ともかく何処かに隠れようとする。
どさくさに紛れて、そうした露店に並べられた品物を盗もうとする者も現れる。
…そんな事をしている場合じゃないのにな。
フレッドは気にせずに歩いた。
空を見上げると、空が暗かった。
鳥たちの目標が、餌が集まっている場所…この街である事は確かだと思えた。
…さすがに、死ぬかな。
空の一角を覆う鳥達の数は多すぎると思えた。
…いや、それでも。
フレッドは、再び苦笑してしまった。
鳥達は黒い絨毯のように空を覆っているが、それでも、それが覆っている広さは、このベヌールの街程では無いだろう。
つまりは、『あの時』のリーズの靴よりも狭いのだ。
…リーズが、もし、ここに居たら?
『んー、じゃ、ちょっとまとめて捕まえてくるね!』
などと軽く言って、あの時のような力の使い方をして巨大な姿になるかも知れない。
それから、ベヌールの街よりも大きな掌を空に掲げて、難なく、その掌の中に、空を覆う無数の鳥達を掴みとってしまう。
まるで砂でも掴むかのように、無数の鳥達を握りつぶしてしまう事もリーズには容易いだろう。
そして、その後、彼女は光になって消えてしまう…
この世界の誰よりも大きくなれて、誰よりも優しくなれる妖精の少女は、今度こそ居なくなってしまうはずだ。
何のためらいもなく、リーズは自分の命を投げ出すだろう。消えてしまうだろう。
そんな子だから、彼女とも肩を並べて戦う事は出来ない。
力の有無だけが、肩を並べて戦う仲間の条件とはフレッドは思っていない。
…あの子が、ここに居なくて良かったな。フレッドは、心からそう思った。
また、もう一人。
大昔から彼女に寄り添い続けている少年の方は、彼自身は肩を並べて戦うに値する男なのだが、彼が来るとリーズも必ず一緒に来てしまう。
だから、彼とも肩を並べて戦えない。
…なかなか居ないものだな、肩を並べる事が出来る奴というのは。
こうして、一人で歩いている事を少し寂しく思った。
物思いにふけりながら、フレッドは歩く。これから死ぬんだなと思いつつも、実感が無かった。
ベヌールの街は、ますます騒がしくなる。
パニックになり、逃げ出そうとする者、家に閉じこもろうとする者。騒ぎに乗じて盗みを行う者。
フレッドは、その全てを無視して歩いた。
「フレッド殿!」
だが、自分の名前を呼ぶ声は無視できなかった。
見れば、金属製の鎧に身を包んだ騎士風の男が居た。見覚えのある顔である。この街に駐留している騎士の一人だ。
「これは、どういたしましょう…」
狼狽した様子で、フレッドに尋ねる。
「どうと言われても…俺は、あなたがたに指示を出す立場でも何でもない。逃げるなり何なり、好きにすれば良いだろう」
フレッドは迷惑そうに手を振った。
確かに、『七人の子供達』は、別に騎士団の上位組織でも何でもない。
「では、質問を変えます。
 フレッド殿は、どうされるお考えで?」
どうする気かと言われれば、答えないわけにもいかない。
「まあ…逃げるわけにもいかないだろう」
言いながら、目で鳥達が作っている黒い雲を示した。
物思いにふけっていた所を邪魔されて、少し不機嫌なフレッドである。
「では、ご一緒させて頂きます!」
緊張した面持ちで言う、騎士。
「いや…やめてくれ。
 逃げた方がいい」
顔をしかめて、フレッドはそれを制すが…
「しかし、あなたは、好きにしろと言ったじゃないですか」
騎士に言われると、苦々しげに顔を背けるしかなかった。
止めても無駄だろう…
そういう顔をしている
「じゃあ…行きたい者は東門に集まるように言ってくれるか?
 俺は、すぐに行く。長くは待たないぞ…」
せめて、一緒に行動をした方が、お互いに生き残る確率も高くなるというものだ。
騎士は、フレッドの言葉を伝えるべく、ベヌールの街の喧騒の中へ消えていった。
おそらく、死ぬ為に街の外へ出る者達が集まって来るのだろう。
…どっちがいいのかな。
また、一人になったフレッドは、物思いにふけった。
人を食料や玩具としてしか考えて居なかった、巨大な妖精の少女に蹂躙される屈辱と、知性の欠片も無い鳥達の餌として食われる屈辱。
…ラウミィに踏み潰されてやれば、良かったな。これなら。
同じように虫けらとして扱われるなら、鳥の化け物に食われるよりは、その方がまだマシだと思った。
フレッドが思い出すのは、数ヶ月前の事件。妖精達の事ばかりだった。
…昔の事ばかり思い出すのは、死ぬ間際という事なのかもしれないな。
街の東門で数十人の有志と合流したフレッドは、街を離れた。
しばらく街を離れた所で、フレッド達と鳥の群れは向かい合う。
フレッドが空に手を掲げて魔法を発動すると、数百羽の鳥がこの世から消えて、その場所だけ穴になり、空が少しだけ晴れた。
だが、何事も無いかのように、残った鳥達は、その穴を埋めて急降下してきた。
未だに、ベヌールの街の空は暗かった。

(続く)