もしも魔王がギガでぼのだったら
文・MTS
絵・某テラい人
なんだかわからないが、人間の世界に攻め寄せてきた魔族達。
勇者達は、なんだかわからないがそれを撃退しつつ、魔界へと逆に進入していた。
そして、色々あった末に、魔王の迷宮の一番奥まで来たのである。
勇者のパーティは3名。
万能な力を持った勇者、接近戦に長けた剣士、遠距離戦のスペシャリストの魔法使いという、3人パーティとしては標準的な無個性なパーティだった。
目の前には、最後の扉。
一行の剣士が、無言でそれに手をかけた。
この奥に、魔王が居るはず…
3人が同じ事を考えているから、言葉は必要無かった。
そうして勇者たちが開けた扉の向こうは、大広間だった。
「何だ、この広さは…」
今までの迷宮の道のりを全て合わせた以上に広さを感じる広間だった。
その広さも異常だったが、勇者達は、さらに気になる事があった。
「誰も…居ないのですか?」
魔法使いが呟く。
そう、迷宮の最後の部屋、魔王の大広間は無人だったのだ。
一体、魔王はどこに?
姿を隠しているわけでは無い様だ。気配を感じる事も出来ない。
魔王の姿を探して戸惑う勇者達。
その時、迷宮を強い揺れが襲った。
立っている事が不可能な揺れが、縦に横にと勇者達を揺さぶった。
何の前触れも無い大地震。
その次に、勇者達を襲ったのは声だった。
『人間の勇者の皆様、初めまして。アーネルと申します。
皆様、よく、この魔界の奥まで参られましたね。
たかが小さな人間の分際で、とても素晴らしいですわよ』
声は頭に響く。
一体、どこから?
『わたくし、とても感動してしまいました。
なので、特別に私の姿を見せて差し上げるとしましょう』
無機質に近い、静かな声は女性のようだった。
「お前が魔王か!」
姿が見えない相手に対する、勇者の叫び声。
『うふふ…
まあ、似たようなものですわ』
女の声は、肯定も否定もしない。
『さて、人間の勇者の皆様。
そんな狭い迷宮の奥では、窮屈でしょう。
一度、外へと出ていただけませんか?』
…窮屈?
だだっぴろい大広間に居る勇者達は、その言葉に疑問を覚えた。
『ご安心下さい。何かの罠ではありませんわ。
外に出た瞬間に、数万の魔族の軍勢の魔法が皆様方を襲ったりするような事は、ありませんから』
少し、女の声は楽しげに聞こえた。
明らかに怪しい。
だが、相手の姿が見えない以上、言う事を聞くしかない。この大広間にいつまで居ても仕方ないのだ。
勇者一行は、魔王の迷宮を後にして、外へと出た。
迷宮の外は一面の闇だった。まだ、壁にランプが灯る地下の迷宮の方が明るい位だった。
「お、おい、今、夜だっけ?」
「いや、そんなはずないぞ…」
剣士の言葉に、勇者は首を振った。
時空の狭間にでも迷い込んでない限り、今は昼間のはずだが…
『おや、皆様、出てらっしゃいましたね?』
うふふ、少々お待ち下さい。
今、明るくして差し上げますわ』
無機質だった女の声が、少しだけ喜んでいるように思えた。
彼女の言葉と同時に、辺りが少しづつ明るくなり始めた。
『いくら勇者の皆様方でも、いきなりわたくしを見ては驚いてしまいますわ。
ですから、ゆっくりとご覧になって下さいね』
一体、どういう事なのだろうか?
明かりは空ではなく、地面の方、水平線の彼方から差し込んでくる。
徐々に地面に近い所から明るくなるにつれ、勇者達は気づいた。
この暗闇は、何かが空を覆っていたのだという事に。
地面に根を張り、空までを覆いつくして光を遮ったいた物が、徐々に上昇していく。
だから、地面の方から段々と明るくなるのだ。
何か、異様な空気の流れを勇者達は感じた。
空を覆っている物は、とてつもなく大きな物なのだ。それが動いたから、大気を震わせている。
やがて、辺りが大分明るくなった頃に、空を覆っていた物の全容が明らかになってきた。
「手…じゃないよな…」
剣士の声は、カラカラに乾いていた。
何千メートル…いや、何十キロメートルか上空まで登ったであろう、その物体の形を見て、剣士は呟いてしまった。
『あら、剣士殿が、最初に気づかれましたのね。顔に似合わず、随分と賢いのですね。
うふふ、そうですわ。空を遮っていたのは、私の手のひらですわよ?』
言われてみると、上空を覆っている物体が人の手のひらの形をしている事がわかる。
大きな円盤状の物体から、どこまでも伸びた5本の柱は、確かに指のように見える。
それが百キロメートルを越える上空まで上がると、確かに手のひらだという事が、誰にでも理解できた。
『わたくしの手のひら、そんなに魅力的ですか?
あんまり見つめられると照れてしまいますわ。
でも、宜しかったら、わたくしの顔もご覧になって頂けませんか?』
女の声で、呆けたように巨大な手のひらを見上げていた勇者達は現実に戻った。
恐怖に震えながら、手のひらから手首の方へと目線を移した。
それから、その先の方へと、ゆっくりと眺めていく。
平らな世界のどこまでも、女の手が続いているのでは無いかと思った。
だが、手があるという事は、その手の主が居るのである。
「う、嘘だ…そんな巨人が居るわけが…」
水平線の彼方には、上半身すら全容が見えなかった。
数百キロは離れているであろう水平線の彼方に、女の姿がハッキリと見えた。
ブラジャーを付けた、胸から上だけが見えた。
『あら、やっと、わたくしの体をご覧になって頂けましたのね?』
にやにやと、見下すように笑う顔は魔族の女の顔だった。
おそらく女は、魔族の世界の周囲を覆う、混沌の海から上半身だけをだしているのだろう。
だから、胸から上だけしか見えないのだ。
『本来ならば、わたくしも、皆様がいらっしゃる大陸に登って差し上げたいのですけれど、ごめんなさいね…』
全く悪びれた様子も無く、女は言った。
慇懃無礼に、からかうような口調に、勇者は怒りを覚えた。
『わたくしが足を下ろすには、その大陸は小さすぎますの。
うふふ、わたくしの体重で、大陸ごと混沌に沈めてしまっては、皆様に失礼ですものね』
怯えている勇者達を見るのが楽しいのだろうか。女は声を出して笑った。
遥か数百キロメートルの彼方から、かなり遅れて、女の笑い声は轟音となり、勇者達を襲う。
『あら、ごめんあそばせ。あんまり面白かったので、つい、声を出してしまいましたわ』
あまりにも、魔族の女は大きすぎるのだ。
胸から上しか露になっていないが、それだけでも、女は数百キロの大きさがある。
勇者達を笑っている魔族の女は、おそらく、この大陸よりも大きい。
「幻術では…ありません。
これは…これは、事実です」
最初に、肩を落として戦意を喪失したのは魔法使いだった。
大陸よりも大きな姿をした女が、現実の存在である事を、彼は真っ先に認識した。
『では、自己紹介をしますわ。
わたくしは、アーネル。
魔族の女王ですわ』
誰もそんな事は聞いていないが、アーネルと名乗る魔族の王は淡々と自己紹介をした。
勇者達は、名乗りを返す余裕も無く、水平線の彼方にそびえるアーネルの姿を見上げている。
「畜生…
無理だ、こんなデカイ奴」
戦意を喪失したのは剣士だった。
剣を投げ捨て、アーネルを苦々しげに見上げた。
吐息だけで街を吹き飛ばせるような巨人相手に、勝ち目など一切無い事は明らかである。
魔族の王が、自分達の想像を遥かに上回る存在だった事が誤算だった。
「俺は…諦めないぞ!」
手は震えているものの、戦意を残しているのは、やはり勇者だった。
剣を握り締めて、水平線の彼方の巨人に突きつけるように向けた。
途端に、アーネルが満面の笑みを浮かべた。
『あら、さすが勇者殿ですわ。
わたくしと戦うおつもりですの?』
アーネルの問いに、しかし、勇者は答える言葉が無い。
戦うといっても、一体どうすれば良いのだ?
一太刀浴びせるにしても、巨人は数百キロの水平線の彼方に居る。
それだけの距離があっても、はっきりと姿が見える位の異常な大きさだが、何日も旅をしなくてはたどり着けないような距離に居るのである。
『そうですわね。貴方が思ってらっしゃるように、剣で切るにしても、わたくしの所まで来るのも難しいですわよね。
わたくしの指だって、百キロ以上の上空ですものね』
言われてみれば、勇者達の頭上には、相変わらずアーネルの手のひらがあるのだ。
『残念ですけど、塵のように小さな勇者殿が、わたくしを傷つけるのは難しいと思いますわよ』
淡々としたアーネルの言葉は事実である。
『それに、勇者殿は、わたくしの攻撃をどのように防ぐおつもりですか?
わたくしは、勇者殿の上空にある手のひらを地面に擦り付けるだけで、大陸全体を更地にして差し上げる事もできましてよ?』
そうだ。
さっきは、あの手のひらで地面を覆い、全ての光を遮っていたのである。
あの手のひらを地面に押し付け、擦り付けたら…
いや、手のひらなどと言わず、指一本でも十分だろう。
「確かに勝てないかもしれないけれど…俺は…勇者なんだ!」
上空を覆うアーネルの手のひらと、彼女の顔を交互に睨みながら、勇者は言った。
『あらあら、聞き分けのない勇者様ですこと。
どうしてもっておっしゃるなら…まあ、お相手して差し上げてもよろしいですわよ?』
アーネルの首が、小ばかにするように傾いた。
細い魔族の目が、勇者の事を見下ろしていた。
それから、百キロほどの上空にある手のひらの向きと形を変える。
人差し指を立て、地面に向けるようにした。
『では、そこまでお望みでしたら、特別にわたくしが直々にお相手をして差し上げますわ。
魔族の王たるわたくしが、人間を相手にして差し上げるのです。
感謝するんですわよ?』
言いながら、ゆっくりと直径10キロはある人差し指を勇者達の方に向かって下ろしてきた。
剣を構えたまま、勇者は何も出来ない。
『そうだ、降参したくなったら何時でもおっしゃって下さいね?』
女の言葉。
「降参します!」
「あ、僕も!」
間髪入れずに答える、剣士と魔法使い。
「こ、こら、お前ら!」
根性の無い二人を勇者は叱るが、巨大な女の指をどうにかする手が、彼にある訳でもない。
『ほらほら、他の二人は素直ですわよ?
わたくしにとって、勇者様たちがどういう存在であるか、貴方も理解していらっしゃるはずですわよ?』
そんなの事、言われなくてもわかっている。
相手は、おそらくは、千キロメートルを越える大きさの巨人の女なのだ。
そんな巨人…アーネルにとって、自分たち人間は塵以下の存在のはずだ。
勇者の剣技と魔術の奥義を尽くした所で、せいぜい城や山を崩せる程度である。
大陸…いや、それよりもさらに大きな巨人の女が相手では、いくら勇者の力でも足りはしない。
例え、1万人の勇者が力を合わせたところで、まとめて彼女の手のひらで潰されるだけだろう。
『それでは、こうしましょうか』
アーネルは指を止めて、勇者に提案した。
『貴方が降伏なさらないなら、貴方の勇気に免じて貴方の命は助けて差し上げます。
その代わり、お仲間二人をわたくしの指で潰させて頂きます』
「な、なんだと!」
勇者の抗議の声を無視して、アーネルは続ける。
『もし、貴方が降伏なさるのなら、貴方を潰す代わりにお仲間を助けて差し上げましょう。
これなら、いかがですか?』
「…この、悪党め!」
巨人の女の、卑劣な提案に勇者は激しい怒りを覚えた。
にやにやと笑って、勇者の返事を待っているようだ。
「さすがに、仲間を売ってまで助かりたいとは思わないな」
降伏しろとは、剣士も言わない。
「そうですね。
みんなで、彼女の指で潰されてみますか。
あのように美しい魔族の指ですり潰されるなら…まあね」
魔法使いも、勇者に降伏しろとは言わない。
「わかった…」
勇者は二人の態度を見て、ため息をついた。
「俺の負けだ」
苦笑しながら、剣を捨てた。
「さあ、潰せよ。虫けらみたいに…」
勇者は空から狙っている、巨大な指を見上げて言った。
確かに、魔法使いの言う事にも一理ある。
性格は最悪だし、大陸よりも大きな巨人だが、アーネルと名乗る魔王の姿だけは美しい。
こんな女に虫のように潰されるのも一興というものだ。
「なるほど、皆様は茶番がお好きなようですわね」
決意を決めた勇者に、アーネルは満足気に微笑んだ。
「ですが、申し訳ありません。わたくしは、茶番は嫌いなのです」
それから、微笑んだまま、上空から勇者たちに突きつけていた指を胸元の方へと戻してしまう。
…潰さないのか?
アーネルの意図がわからず、勇者達は微笑んでいる魔王を見上げる。
「わかって頂けましたわね?
皆様たち人間が、わたくしにとっては虫けら以下の存在である事を」
にっこり微笑むアーネルに、勇者達は返す言葉が無い。
例え、一万の勇者を集めてもアーネルに敵うはずがないのだ。
「それ故、わたくしは貴方達の事など、基本的には何とも思っていないという事を理解していただきたいのですわ」
アーネルは微笑んだ後、言葉を止めた。
しばらくの沈黙が、勇者と魔王の間に訪れる。
…?
アーネルの言葉の意図が、勇者達は理解出来なかった。
「わからないんですの? 小さくて無力な勇者の皆様。
貴方たちなど、虫けら以下の存在。
わたくしは、無力な貴方達に、いちいち敵意などを抱いてはいないという事ですわよ?」
微笑んだまま、小ばかにするように首を傾げる。
やはり、勇者達は魔王の言葉の意味がわからない。
敵意が無いと言われても、じゃあ魔王とはなんなのだ。
「そうですわね…
では、証拠を見せて差し上げますわ」
論より証拠とばかりに、アーネルは頷いた。
それから、指で大陸の一角を指し示す。
…指し示したが、アーネルの手と大陸が大きすぎるので、彼女が何を指差したのか勇者達には理解出来ない。
「あちらをご覧下さい。
あそこには、愚かな魔族達の都、オテーコの街が御座います。
あれを、今から潰して差し上げますわ」
アーネルは、さらりと言ってのけた。
…魔族の街を潰す?
魔王の言葉とは思えなかった。
だが、勇者達の返事を待たずに、アーネルは動いた。
大気の流れが風となり、数百キロ先の勇者達へと流れてくる。
何事が起きたのかと、勇者達がアーネルの方を見ると、数百キロの上空にそびえているアーネルが、さらに巨大になるように勇者達は感じた。
胸までしか姿を現していなかったアーネルが、もう少しだけ上半身を出したのだ。
「さあ、ご覧になって下さい。
愚かな魔族共が潰れる様を…」
それから、身体を横にするようにして、大陸全体を上から見下ろすような姿勢にアーネルはなった。
…一体、何をするつもりだ?
勇者達はアーネルの様子を何も言えずに見守った。
大騒ぎになったのは、魔族の都、オテーコの街だ。
10万人の魔族が暮らす街では、急に空を覆った巨人の姿に驚く。
それは、伝説の魔族の王。
この魔族の世界を創ったと言われる、神とも言える存在だからだ。
四つんばいになるようにして、その偉大な姿が空を覆っている。
やがて、アーネルの体が動きを止めた時、オテーコの街の上空には、柔らかい塊があった。
偉大な魔王の、胸のふくらみだ。
突然の魔王の行動に、魔族達はあわてた。
「オテーコの愚かな魔族共よ。
お前達は、わたくしの言いつけも守らずに、少し調子に乗りすぎましたわ。
誰が人間の世界を襲えなどと言いまして?」
声に出して魔族達を叱責するアーネル。
「お前達は粛清する事にしますわ。
せめてもの情けです。
魔王たる、わたくしアーネルの胸ですり潰して差し上げますから、感謝なさい?」
魔族達の返事など待たずに、アーネルは言った。
『さあ、人間の勇者の皆様、ご覧になるとよろしいですわよ。
わたくしの言う事を聞かずに、人間の世界に関わった、この者達の事を今から粛清しますわ』
勇者達の頭に呼びかけながら、アーネルは胸を覆うブラジャーを外した。
ピンク色をした乳首が露になる。
『うふふ、乳首だけで十分ですわね?』
ゆっくりと、オテーコの都に近づけた。
すぐに、アーネルの乳首は、魔族の都の一番高い建物に触れる。
直径数百メートルある彼女の乳首は、その重さだけで建物をへし折った。そのまま、ゆっくりと乳首で地面をなぞるようにして、オテーコの街をすり潰しはじめた。
建物も、わけもわからず逃げ惑う魔族達も、ピンク色の塊がすり潰していく。
オテーコの街に住む魔族達も、ただでは魔王の粛清を受け入れなかった。
力の限りを尽くして、アーネルの乳首を攻撃した。
10万人の魔族の抵抗は、1万人の勇者のそれよりも強力な力であっただろう。
勇者達が居る場所からも、その魔族の魔力のひらめきを見る事が出来た。
『ちょっと…気持ち良いですわね』
それは、アーネルの乳首に刺激を当たえる程の力になった。
痛みと呼ぶには小さすぎる刺激をアーネルは感じた。
10万人の魔族の抵抗とは、その程度の物だった。
やがて、乳首潰しが面倒になってきたアーネルは、胸全体を地面に押し付け始めた。
そうなると、10万の住人が住む魔族の都市も、もう終わりだった。
何度も何度も、体重をかけて胸を擦り付けた。
「あ、あんた、何考えているんだ?」
魔族の都市を自ら破壊する魔王に、勇者は問いかける。
『わたくしにとって、無価値な存在は、この魔族達とて同じ事。
まだ…貴方達の方がマシな位ですわ』
もう、とっくに街など消滅しているが、それでもアーネルは胸を地面にこすり付けるのをやめない。
『言いましたでしょ?
たかが小さな人間の分際で、こんな魔界の奥までやってきた貴方達は素晴らしいと。
貴方達の努力と勇気、わたくし、ほんの少しだけ感動しましたのよ?』
少し恥ずかしそうに言うと、アーネルは身体を起こした。
彼女が自分で胸に敷いていた辺りを見ると、そこにはただの荒地が広がっていた。
魔族の都市も、その住人の死骸も、土に紛れて、もはやわからない。
『貴方達と魔族共の争いなど、わたくしにとっては、本来は取るに足らない事ですわ。
でも…手を貸して差し上げたくなったのです』
にっこり微笑むアーネル。
…本気で言ってるのか?
先ほどまでと変わらない魔王の微笑みが、勇者には信じがたかった。
『それと…此度の人間界への侵攻は、わたくしの言いつけではなくてよ?
わたくしに黙って勝手な事をした罪は、粛清してやりたかったんですの』
少し、アーネルの笑顔が冷たくなる。
なるほど。
この言葉は、少し信用出来る。
『此度の侵攻の首謀者は、申し訳ありませんが、貴方達、小さくて無力な勇者の皆さんには荷が重い相手ですわ。
だから、わたくし、こうして姿を現す事にしましたの。
ほら、貴方達人間を困らせて居た愚か者も、こうして捕まえてありますわよ?』
アーネルは自慢げに言うと、胸元から何かを摘み上げて勇者達に示した。
勇者達から数キロの距離まで、アーネルの指が近づく。
なるほど、彼女の指の間で、小さなトカゲのような生き物がじたばたともがいていた。
…いや、小さくなんて無いんだ。
勇者は冷静に考える。
アーネルの巨大すぎる指に挟まれているので小さく見えるだけの話だ。
数キロの距離があっても、はっきり姿が見える、そのトカゲのような姿をした生き物は、おそらく全長数百メートルはある、魔族の竜であろう。
『この者が、先ほどの地下迷宮に居たのですわ。
わたくしにとっては単なる虫けらですけど…勇者の皆様にとっては、手に余る相手ですわよね?』
確かにアーネルの言う通りだ。
全長数百メートルもある魔族の竜が相手では、勇者達といえども分が悪い。
アーネルは何やら悲鳴を上げている竜に顔を近づけた。
『さて、勇者の皆様…
そろそろ、お別れの時間ですわ』
舌舐めづりをして、美味しい物を見る目で魔族の竜を見た。
『少し動いたら…おなかが空きましたの…
わたくし、お腹が空くと止まらないんですの』
その表情も、邪悪な物に変わっていく。
美味しそうに、指で摘んだ竜を眺めていたアーネルは、それを口元に近づけると舌を伸ばした。
堅い竜のうろこも、アーネルの舌にとっては紙切れのような物だ。
アーネルの口に含まれ、一舐めされる度に、竜のうろこが剥げ落ちていく。
人間の世界を襲った魔族の首領は、成す術も無く魔王に粛清されようとしている。
「あ、あの、ありがとう…ございました」
勇者は呆気に取られながら、アーネルに礼を言う。
理解しがたいが、魔王は魔族の都市を破壊し、人間の世界を襲った魔族の首領を退治してくれたのだ…
「うふふ…お礼なんて…結構ですわよ。
早く…さあ、お逃げになった方が…よろしくてよ?
もう…わたくし、我慢できませんもの。
全部食べてしまいますわよ?」
アーネルの目が理性を失っていくのがわかる。
彼女にとっては虫けら同然の竜を飲み込んだアーネルは、今度は魔族の大陸そのものに手を伸ばした。
身体を動かした彼女は、お腹が空いてたまらなくなったのだ。この燃費の悪さこそ、彼女があまり動けない所以でもある。
理性を失ったアーネルは、正に魔王のように全てを喰らい尽くそうとしていた。
「お、おい、逃げるぞ!」
勇者の言葉に、魔法使いが人間の世界に戻る為の、『帰還』の魔術を唱え始めた。
魔王に、もっと感謝の言葉を述べたかったが、どうも、もう言葉が通じる雰囲気ではない。
『うふふ、それで…よろしいですわよ。
お前達ごとき…いえ、貴方達ごとき人間なんて食べても、腹の足しにはなりませんわ。
さっさとお逃げになって…いつか、機会があったら、またゆっくり語り合いましょう』
かろうじて残っている理性で、アーネルは勇者達に問いかける。
「ああ、約束するよ!」
勇者はアーネルに答えた。
『…まて。卑小な人間よ。
逃がすものか。お前達など、全て食い殺してくれるわ』
最後に勇者の耳に残ったのは、理性を失ったアーネルの声。
…こんな風になる事がわかってるのに、魔王は俺達の事を助けてくれたんだな。
魔法使いの『帰還』の魔法が発動し、勇者達一行の姿が、次元の境目へと消えていく。
彼らの目に映るのは、真の魔王の姿。
パンでもちぎるように、大陸そのものを掴み、ちぎって食べてしまう巨大な女の魔族の姿だった。
正気を失った魔王の姿に、しかし、勇者は感謝していた…
(完)
↓そして、大陸を食べ始めるアーネルさんの図
( ̄_ ̄)ノ あ ( ̄_ ̄)ノ と ( ̄_ ̄)ノ が ( ̄_ ̄)ノ き
なんか、RPGでも特撮物でも、基本的に主人公と戦う敵の体の大きさが同じ位なのは暗黙の了解なのかなーって思います。
悪の怪人が巨大化すると、こっちも巨大化したりロボット持ち出したりしますし。
゜з゜)ノ でも、そんなの関係ねぇ!なんか魔王がやたらデカくてもいいじゃないか!
( ̄_ ̄)ノ お ( ̄_ ̄)ノ し ( ̄_ ̄)ノ ま ( ̄_ ̄)ノ い